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(6)剣士たち

 刺さるような視線から逃れるように顔を背けると、今度はその先にいた少年剣士が顔を覗き込んでジッと見つめてきた。


「総長が女の子を連れてくるなんて初めて。きっと、雪が降るね」

「あぁ、そうですね。言われてみれば、確かに今までにありませんね」


 青年剣士も頷く。少年剣士と同じように顔をまじまじと見、何か企むような笑みを返した。


「可愛らしい方ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「えっと……神代アオバです」

「アオバさんですか。私は蕗谷(ふきや)カガチと申します。よろしければ、奥でゆっくりお話でもしましょう。美味しい茶を煎れますので」


 まるで滑るように軽やかに距離を詰め、彼はごく自然に躊躇いもなく私の肩に触れた。そのたった一動作から、女性の扱いには相当手慣れているのがわかる。こういう男には用心しなければ。


「院瀬見、ようやく戻ったか!」

  

 突如として割り込んだその声を耳にしたとたん、院瀬見さんがビクッと体を跳ね上げた。

 寄宿舎の中から、熊のように大きく厳つい体つきの初老の男が出てきた。年齢の割には筋肉質な体つきで、逞しい左腕には黒龍の刺青が巻きつくように彫られている。よく見れば、入れ墨を刻んだ肌には、大小様々な古い傷跡が窺える。戦いの中で生きてきたことを物語っているように思えて、ついじっくりと眺めてしまった。


「アオバ、あの人が元上官の渡会(わたらい)キミカゲさんだ」


 院瀬見さんは私の耳元に顔を寄せ、声を潜めて言った。

 ショウジョウで助けてもらった時から寄宿舎に到着するまで、頼りなさそうな態度は一度も見せていなかった。常に堂々とした態度で動じず、どっしり構えているような空気を常に纏っていたけれど、元上官の名前を口にした時の院瀬見さんは明らかに動揺していた。屈強な剣士といえども、人間である以上は一つくらい苦手なものがあるということだ。


「縁談を持ってくるという、例の方ですね?」

「おそらく、今日も縁談の件で来たんだろう。いいか、何があっても俺の話に合わせてくれ」


 〝わかりました〟と、無言のまま小さく頷いたちょうどそこへ、渡会さんがドカドカと豪快な足音を響かせてやってきた。私はごくりと息を呑んだ。


「院瀬見! あまりにも遅いから待ちくたびれるところだったぞ。どこで油を売っていたんだ?」


 渡会さんは大きな声でガハハっと笑いながら、院瀬見さんの肩をバシバシと叩く。見た目も豪快だけど、中身もまた想像以上に豪快な人らしい。


「も、申し訳ありませんでした。ケイトウまで出ておりましたので。ところで、今日はどうしてこちらに?」

「決まっておるだろう。お前に良い縁談を持ってきたのだ!」


 懐から取り出したのは束になった書状だった。ざっとみても20以上はあるだろうか。日頃からそれを見せられているせいなのか、無意識の内に拒否反応が出るらしく、院瀬見さんは引きつった苦笑いを浮かべている。その気持ちも、その書状の数を見ればわかるような気がした。


「渡会さん、お気持ちは嬉しいのですが……いつも申しております通り、俺は所帯を持つつもりはありません」

「なぜそう頑なになる? ワシはお前がこのまま、剣と戦いの道のみで生きていくのではないかと心配しておるのだ。意地を張らずに、一人でもいいから会ってみろ! いい娘ばかりだぞ」


 書状を押しつける渡会さんに対し、院瀬見さんも負けじとそれを押し返す。さらにそれを渡会さんが押し返し、また押し戻される。そんなやり取りが目の前で何度も繰り返された。


「お前も強情なヤツだな!」

「何と言われようと、受け取る気はありません。俺にはそれを受け取れない理由があるんです!」


 半ば自棄になったような口調でそう告げると、院瀬見さんは私の腕を引き、がっちり肩を抱き寄せた。口を真一文字にむすび、これでどうだ!と言わんばかりに胸を張る姿が少しだけ可愛らしくも思えた。

 院瀬見さんが女性を抱き寄せている光景を初めて見たのか、これには渡会さんも驚いた様子で、金魚みたいにポカンと口を開けていた。


「渡会さん、紹介します。婚約者のアオバです」

「は、ははは、初めまして! 神代アオバと申しますっ」


 紹介されるがまま深々と頭を下げた。こういった演技や嘘をついたことがないせいか、いざこういう場面に直面すると緊張してしまうものらしい。明らかに声が裏がっていた。

 怪しまれなかっただろうか……頭を下げたまま周囲の音に耳を傾けていたけれど、なぜか反応がない。おずおず顔をあげると、渡会さんは瞬き一つせずにきょとんとしている。周囲の者達も突然のことに理解できず、呆気にとられていた。

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