『雑詩集』
お久しぶりです.
【本三篇】
『本意』
夜に書いた本が
朝、他人になっていた
他人の指で僕を指差し
ただ穏やかに激怒した
『本物』
静かな本に触れる
触れるのは手ではなく
生きている予感で
静かなのは未だ本
『本質』
錘としての本
物体の確立と
存在の耐えられない軽さ
本場の透明
【性癖三篇】
『正直な自涜』
僕は
僕が孕む君と親友になれるのかもしれない
あるいは詩の一節、涙でもいい
君は性格がはっきりと良くない
僕はそれを見逃さないし
見逃せないことになっている
そのせいで僕は君が好きだ
もちろん、母として
『マゾ』
少年老い易く、知らぬ夢
夏の匂いは何の匂いだ
思い出は美化される
良し悪しは関係なく
時間と云う試練の果てに
大抵のものは美しい
美しい理由付けから
僕たちは決して逃れられない
少年老い易く、夢の枷
夏の匂いは何の匂いだ
『童貞』
認めると云う最大の攻撃を僕らはしない
──無毒の致死量に恋をする──
ただ全ての逆説をまとめて
放り投げた先にある
小さな世界 の 小さな島
小さな岬 の 小さな灯台
その孤独な灯台守だけが
最大の攻撃に備えている
【その他、短篇】
『他人』
君の過去推量に
あるいは何かしらへの侮りに
さがない感性が見え透いた
誰かの最大限が
あるいは現在進行形のその音が
例えば僕の矛盾を止めるのか
止める理由になれるのか
『救済』
抽象の美しさと
具体の力強さで
僕はどこまでも
行ける気がした
『最大限』
緊張した渓流を一杯
古びた苔を撫でる
腹の冷たさを知って
最大限を感じている
『奇跡』
偶然とは知らなかった必然で
必然とは知っていた偶然ならば
もう奇跡に出しゃばる隙はないね
『予め失われた何か』
予感はあった
いつか僕は何かをするし
誰かがそれを見てくれる
僕のボクめいて、ボクたらんとする働きが
同時に僕を遠ざけていく気もした
予感はあった
きっと僕は何もしないし
誰にも気づかれやしない
明日がアスめいて、アスたらんとする働きが
同時に明日を遠ざけていく気もした
【俳句】
清けさや手紙を結び五月尽
五月晴火星ノ水ヲ想ヒケリ
月涼し嘘の一つや二つほど
原爆忌に生まれし人の子は私
えんぴつのただまろむほど入梅や
百物語果て百一つ目はこの百物語
(自由律)
午睡覚め猫に餌やる
手ぶらで電車に乗つてゐる
closeとなり帰路
空虚に水いただく
うるさい二輪通り夜半
橋向こうに営み
また,近いうちに. ── 水梨イツ




