第十二話 付与魔法
「戦いに備えて、そろそろ武器を買おう!」
モーラン山の調査が行われると聞いてから、はや数日。
皆で依頼をこなしていると、ある日、レイドルフがこう話を切りだした。
言われてみれば、いま彼らが持っている武具はすべて数打ちの量産品である。
それほど悪い品ではないが、初心者向けの感は否めない。
仕事をこなしてお金に余裕が出てきた今、買いなおすのは悪くない判断だろう。
「そうね。もしかしたら『主』関連で動きがあるかもしれないし」
「ですねえ。でも、私はちょっとお金が……」
困ったような顔をするスージー。
そういえば、田舎に仕送りをしているとか言ってたな。
無駄遣いをしているわけではないのだろうが、手持ちの資金が心もとないようだ。
「パーティの資金がたまっているから、今回はそれを使おう」
「やった! ありがとうございます!」
「俺はいいですよ。武器はもう持ってますし」
「それはありがたいです、先生!」
「いや、だから先生はよしてくださいって!」
やれやれ、何度言っても先生呼びをやめてくれないんだから……。
まあ、慕ってくれること自体は嬉しいのだけどさ。
一介の荷物持ちを自負する俺としては、持ち上げられてしまうとどうにも居心地がよくない。
なんかこう、分不相応な扱いを受けてふわふわしているような気がするんだよね。
「とにかく行きましょう! 新しい短剣が、ちょうどほしかったのです!」
お金を出してもらえると聞いて、大いにテンションが上がっているスージー。
彼女はふんふんと鼻歌を唄いながら、こっちこっちと手招きをする。
「いいお店知っているのです! 前は高くて手が出なかったのですが、今なら買えるはずです!」
「もしかしてそれって、ノーランド工房のこと?」
「はい♪」
「俺たちもいよいよ、ノーランドの武器を持つのか……」
腕組みをしながら、感慨深げな顔をするレイドルフ。
どうやらそのノーランドというのは、なかなか有名な工房のようである。
通りを歩く皆の足取りが、心なしかふわふわしている。
「ノーランド工房って、そんなにいいんですか?」
「ええ! ノーランドの武器を求めて、わざわざ隣国からこのタパパへ来る人もいるぐらいです!」
「へえ、それは知らなかったな……」
「知る人ぞ知るって感じだからね。あんまり外の人には武器を作りたがらないのよ、ノーランドさんって」
「あのリリーナさんでも、町に住んで三か月ぐらい経ってようやく認められたぐらいなんですよ」
「そりゃ厳しいなぁ……」
そうこう話しているうちに、俺たちは通りを抜けて町はずれへとやってきた。
やがて前方に、大きな煙突の生えた建物が見えてくる。
あれが……噂のノーランド工房だろうか。
レンガ造りの大きな建物だが、周囲の建物から少し浮いた印象を受ける。
まるで、住んでいる職人の気難しさを具現化したかのようだ。
「ここが……! 立派ですね!」
中に足を踏み入れると、壁一面に武具が飾られていた。
剣はもちろんのこと、槍や斧、鎖鎌のような珍しいものまで。
あらゆる種類の武器が置かれたこの空間は、ある種、独特な雰囲気に満ちている。
一歩足を踏み入れただけで、それに圧倒されてしまいそうなほどだ。
「……客か?」
俺たちが店内を見渡していると、筋骨隆々とした男が姿を現した。
歳は五十過ぎと言ったところであろうか。
髪には白いものが混じっているが、肉体の方はまだまだ見事な逆三角形を維持している。
二の腕の太さなんて、ちょっとした丸太か何かのようだ。
「はい、お邪魔しています」
「お前さん、見ない顔だが……」
「先日、この町へ来たばかりのノリスです! 今日お買い物するのは、俺じゃなくてこっちの三人ですよ」
「そうか、なるほど」
納得したようにうなずくノーランドさん。
よそ者に武器を売りたがらないというのは、どうやら本当らしい。
俺が断りを入れた途端に、険しかった顔つきが柔和になった。
「よし、俺はこれに決めた!」
「私はこれにしようかしら」
「これがいいでしゅ!」
店の端で待つこと数十分。
じっくりと店内の武器を見定めた三人は、それぞれに購入する武器を決めた。
レイドルフは白銀に輝く剣を、フォルトナは金色に輝く杖を、スージーは青光りする短剣を。
時間をかけて決めただけあって、それぞれに良い武器である。
貼られている値札はなかなかに高いが、相応以上に価値はあるだろう。
「おおー、いいですね! でも……」
「でも? 何か気になるところでもあった?」
「ええ、まあ」
俺がそう言うと、店の奥にいたノーランドさんから刺すような視線が向けられた。
うお、これはなかなか……すごい迫力だな!
あまりの威圧感に、俺はたまらず身じろぎをした。
やがてノーランドさんは俺に近づいてくると、ズイっと顔を近づけてくる。
「俺はただ、ひとつ気になった点があっただけです! 武器自体は一流品なのに、保管用の付与魔法がお粗末かなと」
「お粗末? 馬鹿を言うな、うちの店の商品はすべて一流の魔法使いに付与を依頼している」
「ですけど、これらの武器に掛けられている付与魔法って強靭化だけじゃないですか」
「それ以外に何かあるのか?」
あらら……。
どうやらノーランドさん、付与魔法についてはあんまり詳しくないみたいだ。
あまり質の良くない魔法使いに、いいように言いくるめられちゃってるな。
「いっぱいありますよ! 特に時間遅延に耐腐食、耐熱、軽量化、自己修復は基本ですね」
「待ってくれ。今時間遅延と言ったか?」
「ええ。本当は固定化が望ましいですけど、難易度が高いので」
「いや、遅延も伝説級と聞いたことがあるが……。お前さん、まさかできるのか?」
ノーランドさんの問いかけに、俺はすぐさま頷いた
『空色の剣』時代は、パーティの備品のほとんどに掛けていたからね。
時間遅延の魔法は、俺の得意魔法の一つだ。
「ほう、ならば見せてもらおうか。ちょうど、まだ何の魔法も付与していない武器がある」
そう言うと、店の奥へと歩いていくノーランドさん。
なんだかちょっと、大変なことになってきたな……!
俺は思いもよらぬ展開になってきたことに、少しばかり緊張するのだった。
 




