第十一話 マスター
「……驚きました。いったい何をやったらこうなるんですか?」
その日の夕方。
監督から受け取った書類を手渡すと、ミリアさんは目を丸くして聞き返してきた。
ただの雑用依頼を受けたはずが、どうしてこれほどの報酬額になっているのか。
彼女は誤りがないように書類を何度も確認した後で、怪訝な顔をする。
「現場監督さんが、一か月分の工賃を払うって言われまして」
「一か月分!?」
「半年かかる工事を、一日で完成させたからと」
「ノリス師匠はすごいのよ。石レンガを山ほど抱えて運んだんだから」
「そうそう! オーガより力持ちだぜ!」
まるで自分のことのように誇らしげにするフォルナとレイドルフ。
彼らの報告を聞いたミリアさんは、俺の身体を上から下まで仔細に見ながら首を傾げる。
「いったい、その体のどこにそれほどの力が……」
「俺、収納魔法が小さいですからね。その分だけ、鍛えてあるんです」
「鍛えたで済む問題なのでしょうか……?」
はて、と呆れたような顔をするミリアさん。
これぐらい『空色の剣』のメンバーであれば苦も無くこなしてたんだけどなあ。
このあたりの冒険者だと珍しいのだろうか。
「しかし、この分ならノリスさんがモーラン山への立ち入りを許可される日も近いかもしれませんねえ」
「本当ですか!?」
「ええ。本来ですと大発生での功績がないと難しいのですが……ノリスさんは規格外ですから」
「そんなことないですって」
「いや、ある!」
その場にいた俺以外の四人の声がキレイに揃った。
別にそんなことないと思うんだけどなぁ。
みんなの大げさな反応に俺が少し困っていると……。
「なるほど。この者が、ミリアの言っていたポーター君かの?」
振り返れば、白髪で小柄な老人が俺を見ていた。
この人はいったい……?
髭を擦りながらこちらを値踏みするような眼で見る老人を、俺は一歩引いた眼で見た。
するとミリアさんは、すぐに姿勢を正して老人に深々とお辞儀をした。
「お久しぶりです、マスター!」
「うむ、ご苦労。いやぁ、小僧どもとの会議は疲れたわい」
腰をポンポンと叩きながら、鷹揚な態度で笑う老人。
どうやらこの人こそが、このタパパの街のギルドを任されているマスターらしい。
一見するとただの好々爺にしか見えないが、よく観察すると身のこなしにまったく隙が無い。
相当に鍛え上げられた武人のようである。
「初めまして! ポーターのノリスです!」
俺に続いて、レイドルフたちもマスターに頭を下げた。
マスターはすぐに「よいよい」と笑うと、顔を上げるように促してくる。
「ミリアから話は聞いておる。ノリス君はずいぶん優秀なポーターらしいのう?」
「いえ、とんでもない! 俺なんて、収納魔法の容量が人の半分ぐらいしかありませんから」
「じゃが、それ以外にいろいろとできるんじゃろう?」
「そんなのは、あくまで雑用をしているうちに覚えただけですから」
「雑用でのう……。まあ良い、そなたが悪しきものでないことは目を見ればすぐにわかる。驚くほどに純粋……というよりも、世間知らずな雰囲気じゃからの」
あはは……。
これでも『空色の剣』のメンバーとしてそこそこ経験は積んできたつもりだけど、さすがにご老体に言われてしまうと反論できないなぁ。
「そなた、モーラン山への立ち入り許可を求めているそうじゃの?」
「はい! 竜賢者ノジャリス様にお会いしたいんです!」
「うむ、そうか。ならば……近いうちに活躍する機会があるかもしれんのう」
「と言いますと、例の調査が会議で可決されたのですか?」
「そういうことじゃ。詳細はあとで伝える、わしはちと疲れたわい」
そう言うと、高笑いをしながら歩き去っていくマスター。
近いうちにとは、いったい何のことだろう?
俺たちは事情を知っていそうなミリアさんへと視線を向けた。
すると彼女は「あまり広めないでくださいね?」と前置きをして話を始める。
「大災厄がここ数年途絶えていることは、周知の事実だと思います。それについて、このほど正式に調査を行うことが決定しまして。マスターが出かけていた会議も、調査の規模や内容を詰めるための物だったんですよ」
「そういえば、そんなような話をしてましたね」
「ランク的に『漆黒の竜牙』の皆さんが調査に参加することはないでしょうが……。調査の結果、もしかしたら『主』が見つかるかもしれませんからね」
主という言葉に、俺たちは固唾を飲んだ。
主とは、異常な成長を遂げた強大な魔物の総称である。
周囲の生態系に変化をもたらすほどの存在で、その討伐はギルド総出のものとなる。
俺も前に一度参加しているが、その時はクレストの街の冒険者がほぼすべて集まった。
その時は幸いにも弱い主だったらしくて、俺の攻撃で倒せたけども。
「なるほど、主ですか……」
「でも、それは少し変だぞ。モーラン山には竜賢者ノジャリス様がいるはずだ、主なんて現れる前に倒されちゃうんじゃないか?」
「それは、確かにそうですねえ。主が現れたらすぐに気づかれるでしょうし……」
レイドルフの疑問に対して、同意を示すスージー。
言われてみれば、山に主が現れて賢者様が黙っているとも思いにくい。
放置しておけば、確実に自身の生活環境を脅かすのだから。
となると、賢者様は何かしらの意図があって――。
「まあ、まだ主がいるとも決まったわけじゃないしね。私たちにできることは、依頼をきっちりこなしていくことぐらいじゃないかしら。ね、ノリス先生?」
俺たちが考え込み始めたところで、フォルトナがパンパンと手を叩いて話を切った。
確かに彼女の言う通り、今から考えこんだところで意味はない。
ギルドの方でもきちんと調査をするのだ、その結果が出てから動いてもいいだろう。
「そうだな。よし、依頼をバンバンこなそうか!」
「あはは……あまり『やらかさないで』くださいね?」
どこか困ったような顔で念押ししてくるミリアさん。
それに対して、レイドルフたちもうんうんと同意する。
俺、そんなに心配されるようなことしたかな……?




