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5話 戦争だから

 魔王城の表門の上に移動した。


 門の先は、大きな渓谷をつなぐ巨大な橋に続いている。

 その橋の手前に、人の軍が展開されているのが見えた。


 忘れもしない。

 僕を召喚した国……アスガルド王国の旗が風になびいている。


 僕を利用することで、魔王城の場所を突き止めることができた。

 なので、今度は本気で魔王を潰しに来た、という感じかな?


「むう……」


 隣のクロエは難しい顔をしていた。

 てっきり、高笑いしながら、「人間なんて蹴散らしてくれる!」って言うと思っていたんだけど。


「どうかしたの、クロエ?」

「うむ。いや、それがのう……」


 クロエは言いづらそうにしつつ……

 しかし、結局、口を開いた。


「今、我が軍はわりとピンチなのだ」

「そうなの?」

「うむ。我が軍の兵は、人間などよりも遥かに強い。そこは自信を持って断言できる。しかしだな……数は人間の方が圧倒的に上なのだ。戦争は、質よりも量。圧倒的な物量で何度も攻め込まれているため、なかなかに疲弊しているのだ」

「なるほどね」

「だから、カナタを捕まえた時は、我らは勝利に酔いしれたのだが……まさか、人間め。もう攻め込んでくるとはな」


 クロエは苦い顔をしていた。

 他の魔族の方たちも苦い顔をしていた。


 対する人の軍は、自分たちが優勢だと悟っているのかもしれない。

 門の手前まで進軍しておきながら、すぐに突撃することはなく、武装を整えるなどして、総攻撃の準備を進めている。


 敵の目の前で、そんなことをするなんて……

 魔王軍は、なかなかに舐められているみたいだ。


「このままだと危ない感じかな?」

「そ、ソンナコトナイゾ」


 ウソ下手か。


「……じゃあ、僕が行くよ」

「え?」

「一応、今は僕も魔王軍の一員だからね。ここで戦い、勝利すれば、周りの魔族の方たちも少しは認めてくれるかもしれないし。そういう打算もあるんだ」

「いや、でも、えええ?」

「貴様、そう言いながら、人間に寝返るつもりではないでしょうね?」


 近くで話を聞いていたメリクリウスさんが、剣の柄に手をかけながら、鋭い殺気を飛ばしてきた。

 うん、そう疑われるのも仕方ない。


 でも、ずっとそういう状態なのは困るから……

 ここで、少しでも信頼を勝ち取っておきたい。


「じゃあ、行ってくるね」

「あっ、ま、待つのだ! 我も行くぞ。カナタ一人になんて任せられないのだ!」

「私も着いていきましょう。裏切るならば、その場で斬り捨てます」


 メリクリウスさんはともかく、クロエが来てもいいのかな?

 クロエ、総大将だよね? 指揮官だよね?

 そんな子が、いきなり突撃をするなんて……


 なんてことを迷うけど、でも、言っても聞かない気がしたので、好きにさせることにした。


 周囲の魔族の方たちが、なにをするつもりだ? とざわめく中、僕たちは橋を渡り、人の軍のところへ。

 ほどなくしたところで向こうがこちらに気がついて、数十というほどの大量の兵士が駆けてきた。


 ただ、先頭にいるのが人間である僕ということに気がついて、その足を止める。


「なんだ、こんなところに人が……?」

「いや、でも、今魔王城から歩いてこなかったか?」

「ということは、魔族? いや、しかし、どこからどう見ても人間にしか……」


 兵士たちが混乱する中、


「おや? おやおやおや?」


 一人の男が兵士たちの前に出た。


 見た顔だ……というか、忘れもしない顔だ。

 先の戦いで、まっさきに僕を裏切り、戦場から逃走した男。


 アスガルド王国、軍部の最高責任者。

 ヘベク・アッカバーン。


「これはこれは、勇者さまではありませんか。よかった。無事だったのですね。先の戦いで行方不明になり、私共一同、勇者さまの安否を気遣っておりました」

「白々しいなあ」

「おや? どうして、そのような台詞を?」

「君が裏切った理由、僕が気がついていないとでも?」

「……」

「まあ、君は国からもそういう命令を受けていて、そっちの心当たりはなんともいえないんだけど……君自身が裏切った理由なら、もう推測できているよ」

「ほ、ほう……」

「僕は、君たちの言うとおりに戦い続けた。でも、それはそれで不安だったんだよね。魔王を倒せば地球に……元の世界に帰してくれるって言っていたけど、その約束を守る保証なんてどこにもないからね。普段の僕に対する態度を見ていればなおさら。だから、僕が安心できる保証を探していたんだけど……まさか、軍部の予算の使い込みを見つけちゃうなんてなあ」

「ぐっ」

「それで、君は僕が邪魔になったんでしょ? だから、自己保身を優先させた。僕を合法的に始末するために、真っ先に裏切った。そんなところだよね。まあ、そんなことがなくても、国から僕を始末するように言われていたみたいだけど」

「く……くくくっ、なかなか頭が回るみたいですね。おとなしく私たちの人形になっておけばいいものを、余計な知恵を巡らせるから、死ぬことになったのですよ」

「僕、まだ生きているけど」

「その様子……まさか、魔王軍に?」

「正解」


 隠しておくことじゃないから、素直に肯定しておいた。


「はははっ、まさか、本当の裏切り者になるなんて! あなたが生きていた時は、少々、ひやりとしましたが……これで、遠慮なく、正々堂々と殺すことができますね! 神がいるのならば、この運命に感謝しなければ」

「えっと……兵士たちの前なのに、そんなペラペラと喋っていいの?」

「心配どうも。しかし、問題ありませんよ。ここにいる連中は、私の忠実な下僕ですからね」

「へえ」


 道理で、先の戦いの時、誰も迷うことなく即座に撤退したわけだ。


「それで、どうして、勇者とあろうものが本当に裏切りを? もしかして、私たちに対する復讐ですか?」

「復讐とか、そういうことをするつもりはないよ。ただ、生きるために必要だから、そうしただけなんだよね」

「生きるため、ですか。ははは、また愚かな答えですね。ゲスな魔族に下ってまで生きたいなんて。まあ、それも終わり。あなたはここで、この私が自ら殺してさしあげましょう」

「うーん、それは無理かな」

「ほう、無理と来ましたか。なぜなのか、理由を聞いても?」

「ここで死ぬから」


 拳銃を召喚して、照準を合わせて、迷うことなく引き金を引いた。


「は?」


 ヘベクの額に穴が空いた。

 ほどなくして、とヘベクの体が崩れ落ちる。


「ふぇ?」

「なっ……」


 後ろでクロエとメリクリウスさんが驚くのがわかった。


「い、いったい、いつの間に攻撃を……私との決闘でも使っていましたが、あの道具はいったい……いえ、優れた道具であることは間違いありませんが、それよりも、今の動き。自然体で一切の無駄がなく……さすが勇者というところですか」

「『元』勇者だよ」


 勇者、っていうカテゴリーに所属しているけど……

 でも、それ以外は、特になんてことはない普通の人間だ。

 付け加えるのなら、少し前までは高校生だった。


 そういうわけだから、あまり驚かれても困る。


「し、しかし、容赦がないな」


 クロエが感心しているような引いているような、微妙な顔で言う。


「裏切られたとはいえ、同じ人間であろう? それなのに、一撃必殺……憎い相手だから手加減することはない、ということか?」

「うん? さっきも言ったけど、復讐なんてするつもりはないよ」

「ならば、なぜ殺すのだ? カナタほどの力があれば、手加減することは可能だろう?」

「だって、これは戦争じゃないか」


 戦争だから、殺すのは当たり前。

 戦争だから、殺されるのは当たり前。

 命のやりとりをして当然の場所なんだから、今更、ためらう必要なんてない。

 そういう覚悟は、とっくに済ませている。

 というか、こいつらのおかげで、心がそういう風に鍛え上げられた。


 戦争をしているのに、人を殺したくないとか……

 できる限り、傷つけないようにしたいとか……

 それは偽善者の言うことだ。


 だから、僕は戦う。

 そして、必要とあれば殺すだけだ。


「う……うあああああっ!」


 ヘベクの仇というように、我に返った兵士たちが、まとめて五人くらい突撃してきた。

 ただ、恐怖を覚えているのか、その足取りはどこか頼りない。


 ものすごい隙だらけだ。

 なので、全員、撃ち殺した。


「おぉ、またしても一撃で……しかも、五人まとめて」

「す、すごいですね……その力もそうですが、ここまで非情になれるなんて……」

「だから、戦争なんだから当たり前だよ。命を奪うことをしているんだから、奪われる覚悟もしておかないと。そういう場所なんだからね、ここは」


 伊達に、いきなり異世界に召喚されて、殺し合いを要求されていない。

 命を奪うという行為に震えていた自分は、過去のことだ。

 今は、普通に戦争を受け入れている。


「さてと。それじゃあ、残りを一掃しようか」

「ふぁ……カナタ、すごくかっこいいぞ。また、惚れ直してしまいそうなのだ」

「というか、質で圧倒するなんて……我々は、とんでもない人間を内部に受け入れてしまったのでは?」


 二人がなにか言うけれど、気にせず、僕は銃を……


「ま、待ってくれ!」

「降参だ、降参する! だから、命だけは……!」


 仲間が一瞬でやられたところを見て、残りの兵士たちは慌てた様子で武器を手放した。

 ヘベクの部下だからなのか、度胸は備わっていないらしい。


 そんな兵士たちを見て、メリクリウスさんは、不機嫌そうに舌打ちした。

 そして剣を抜いて、兵士たちに突きつける。


「貴様ら人間は、我らの降参を受け入れたことがありますか? 聞き入れることはなく、我らが仲間をことごとく斬り捨ててきましたよね?」

「ひっ、ひぃ……!?」

「その罪、地獄で悔いなさい」


 メリクリウスさんが剣を閃かせて……


「ダメだよ」


 その剣が兵士に届く直前に、間に割り込み、攻撃を止めた。

 メリクリウスさんにギロリと睨まれる。


「なぜ、邪魔をするのですか? やはり、人間に味方をするのですか?」

「そんなつもりはないよ」

「ならば、どうして? 戦争だからこそ、殺すことは正しいと、あなたもそう言っていたでしょう?」

「そうだけどね。でも、戦争にもルールはある。投降して、もう戦う意思のない者は捕虜として受け入れないと。それをしないで、ただ憎いからと殺していたら、それはもう戦争じゃない。ただの殺戮だよ」

「……」

「ルールを守ることで、正しく戦うことができるんだ。だから、そのルールを逸脱するようなことはダメだよ」

「あなたは……」


 兜に包まれていて確かにはわからないけど、メリクリウスさんは、驚いているみたいだった。

 ほどなくして剣を鞘に戻して、くるりと僕に背を向ける。


「メリクリウスさん?」

「……捕虜を受け入れる準備をします。あなたと魔王さまは、そいつらの武装解除と拘束をお願いします」

「うん、了解」


 僕の話を受け入れてくれたのかな?

 そう信じたい。

19時にもう一度更新します。

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