4話 魔王様のリアルは超貧乏
「今日から、ここがカナタの部屋だぞ!」
クロエに案内されたのは、魔王城、最上階の玉座の間のさらに奥にある部屋。
かなり広い部屋だ。
30畳くらいあると思う。
いや、それ以上?
こんな部屋を使っていいなんて、破格の待遇だ。
家具はないというか、ボロボロのものばかりだけど……
まあ、それらはおいおい揃えていけばいい。
「本当にこんな部屋を使っていいの?」
「うむ、もちろんだ」
「すごいなあ。でも、この部屋は玉座の奥にあるけど、偉い人が使うところじゃないの?」
「名推理だな、カナタよ。その通りなのだ。この部屋は、我の部屋だからな!」
「へー、なるほど。クロエの部屋なんだ。それなら納得」
って、ちょっと待った。
「どういうこと?」
「む? なにがだ?」
「いや、だから……ここがクロエの部屋って、どういうこと? 聞いてないんだけど?」
「今話したからな」
「えっと……クロエは別の部屋に?」
「そんなことはしないぞ? 我も一緒なのだ」
「……さようなら」
「ふぇ!?」
出ていこうとしたら、クロエは今にも泣き出しそうな顔をした。
「な、なぜだ……? この部屋が気に入らないのか? ならば、部下の部屋をいくつか繋げて、さらに広い部屋を用意するぞ?」
「そういうことじゃなくて……まずいよ」
「なにがだ?」
「僕とクロエが一緒の部屋なんて、どう考えてもまずいでしょ」
「なぜだ?」
クロエがきょとんと小首を傾げた。
本気で僕の言っていることが理解できないみたいだ。
「なぜ、って……そ、それはもちろん、僕が男でクロエが女の子だから」
「むう? なぜ、それがいけないのだ?」
「え?」
「我はカナタを気に入っているぞ。これ以上の仲に、な、なりたいと思うぞ? だから、一緒の部屋にしたのだ。なぜ、それがダメなのだ?」
そう言うクロエは、特に変なことを考えている様子はない。
もしかして……本当に、なにも理解していない?
年頃の男女が同じ部屋で過ごせば、どうなるか、普通はわかりそうなものだけど……
待てよ?
ひょっとしたら……
「クロエ。突然、話は変わるんだけど、少し聞きたいことがあるんだ」
「うむ、なんでも聞くがよいぞ」
「子供って、どうすればできるか知っている?」
「我をバカにしているのか? それくらい、もちろん知っているぞ」
クロエは胸を張り、自信たっぷりに言う。
「しかるべきタイミングで、コウノトリさんが運んできてくれるのだ!」
「……ああ、うん。わかったよ」
この子……そういう知識は皆無だ。
というか、おもいきり間違った知識を覚えている。
この歳で、と思わないこともないけど……
ただ、そういう純粋なところも、クロエらしいのかもしれない。
「それで……我と一緒の部屋はイヤか? 我と一緒にいたくないか?」
「うっ」
涙目で問いかけられたら、断るなんて無理な話だった。
「……わかったよ。じゃあ、この部屋を使わせてもらうよ」
「やったのだ! 今日から、カナタと一緒なのだ!」
無邪気に喜ぶクロエを見ていたら、まあ、これはこれでいいか、なんてことを思ってしまうのだった。
「カナタは、この後、時間あるか? それとも、引っ越しで忙しいか?」
「特に用事はないよ。体一つで、ここに来たからね」
正確に言うと、捕まえられたんだけど。
「なら、これからカナタの歓迎会をするぞ!」
「僕の歓迎会? いいの?」
「うむ、もちろんだ! 我が準備をするゆえ、カナタはこの部屋で待っているといい」
「僕も手伝おうか?」
「大丈夫なのだ。カナタは今日の主役なのだから、ここで待っているがいいぞ! ふはーっはっはっは!」
やたら元気のいい高笑いを響かせつつ、クロエは部屋の外に出た。
歓迎会っていうことは、やっぱり料理だよね?
思えば、捕虜になってから今に至るまで、一日近く何も食べていない。
すっかりお腹が減っていた。
魔王軍の料理……いったい、どんなものだろう?
すごく興味がある。
「おまたせなのだ!」
30分ほどして、クロエが戻ってきた。
両手を左右に大きく広げなければ持てないような、巨大なトレーを手にしていた。
その上に、たくさんの料理が載っている。
「おお! ……おお?」
これは……料理、なのかな?
漫画によくあるような、消し炭が出てきた、っていうわけじゃない。
きちんとした料理だ。
ただ……
どこからどう見ても、普通のお湯にしか見えない、無色透明、具なしのスープ。
カチカチに固まり、ちょっとだけカビの生えたパン。
しんなりとしおれている野菜のサラダ。
「えっと……これは?」
「カナタの歓迎会のごちそうなのだ!」
「ごち……そう?」
おかしいな。
もしかして僕は、やっぱり歓迎されていないのかな?
ほら、アレ。
京都の人がお茶漬けを出して、実は早く帰れ、って言っているようなアレ。
あんな意味合いで、この料理? を出されているのかな。
そんな疑問を抱くけど、でも、クロエはあくまでもニコニコ顔だ。
この料理を見て驚け、喜べ、というような顔をしている。
「我の分も一緒に持ってきたぞ。その、えと……カナタの歓迎会ではあるのだが、我も一緒に食べてもよいか?」
「え? あ、うん。いいけど……」
「やったのだ! これほどのごちそう、我も食べるのは半年ぶりくらいなのだ! しかも、それがカナタと一緒なんて……くふふふ、とてもうれしいのだ」
演技をしているようには見えない。
クロエは、心底喜んでいるようだ。
「では、いただきます、なのだ!」
「……いただきます」
クロエと一緒に、ごちそう、を食べる。
パンは……硬い。
まるで、石でも食べているかのようだ。
サラダは、そこらの雑草の方がおいしいのでは? というような味だ。
スープは、塩の味しか感じない。
そんな料理なんだけど……
「はふぅ、おいしいのだ! こんなものを食べるなんて、本当に久しぶりなのだ!」
クロエは歓喜しつつ、料理を食べていた。
もしかして……
こんな料理がごちそうに思えるほど、クロエの私生活は困窮しているのだろうか?
いや。
クロエだけじゃなくて、この城……魔王軍そのものが?
「どうしたのだ、カナタ? 食べないのか? もしかして、もう腹一杯なのか?」
「えっと……」
考える。
クロエが、僕を騙すために、こんなことをしているとは思えない。
魔王ではあるけど、この子は、とても良い子のように感じた。
本気なのだ。
なら、僕がするべきことは……
「ちょっとまってね」
「?」
僕は、カチカチのパンを塩スープに浸した。
それから、火が出る魔道具で、スープに濡れたパンを焼いた。
こうすれば、多少はふわふわになるし、塩スープの味も染み込む。
「あとは……」
サラダとスープを合体。
もう一度、魔道具を使い、ぐつぐつと煮込む。
こうすることで、塩だけではなくて、野菜の旨味がスープに染み渡る。
「うん、こんなものかな」
「カナタよ。なにをしておるのだ?」
「ちょっとした応急処置というか、料理のアレンジ。はい、これを食べてみて」
「ふむ?」
クロエは、僕に言われるまま、塩スープに浸して焼いたパンを食べた。
「……っ!!!?」
クロエはびくんっと全身を震わせた。
それから、目をキラキラと輝かせる。
「な、ななな……なんなのだっ、これは!? ごちそうのパンが、さらにうまくなっているのだ!?」
「こっちも食べてみて」
「これはスープだな? サラダを一緒にするなんて、もったいないことを……っ!?!?!?」
スープを一口飲むと、再び、クロエは目に星を輝かせた。
「う、うまい! うますぎるのだ!? なんなのだ、この深くて芳醇な味は!? こんなスープ、我は初めて飲んだのだ!」
僕に嫌がらせをするためにこんな料理を用意した、というわけじゃないらしい。
クロエのこの喜び方を見ていればわかる。
どうやら、魔王軍は、こんな料理がごちそうに思えるほどの生活を送っているらしい。
さて……いったい、どういうことだろうか?
人の国にいた時は、魔王軍は、人間の街などを襲い、金銀財宝を奪い取り、贅の限りを尽くした生活を送っていると聞いていたんだけど。
その説明は僕だけにするものじゃなくて、国民全体に向かって行われていた。
なんで、そんなことをしていたのか?
ちょっと謎が残るな。
「なあなあ、カナタ!」
「うん?」
「こんなにうまいパン、初めてなのだ! これは、カナタが作ったのか!?」
「似たようなものかな」
「さすが、カナタなのだ! 我は、そなたを魔王軍に迎え入れることができて、誇らしく思うぞ!」
「食パン一つで、そこまで言わなくても……」
もはや苦笑するしかない。
でも、喜んでいるクロエは微笑ましい。
クロエが喜んでくれるのなら、これくらいのこと、いくらでもしてあげたいと思った。
「失礼します!」
突然、魔族の人が部屋に入ってきた。
「なんなのだ!? 今、我は、カナタの歓迎会をしているところなのだ。誰も邪魔をするなと言っておいたはずであろう」
クロエが不機嫌そうに魔族の人を睨みつけた。
その視線に萎縮しつつも、魔族の人は言葉を続ける。
「も、申し訳ありません! しかし、緊急事態でして……」
「ふむ。緊急事態とな? なにか起きたのか?」
「この魔王城に、再び人間が攻め込んでまいりました!」
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