23話 合流
「イッシキ殿」
僕とクロエの二人で王城に向かっていると、途中で十数人の騎士と遭遇した。
クロエは反射的に構えるけど、それを手で制する。
「クロエ、この人たちは敵じゃないよ」
「自分は、ヘイズと申します。アスガルド王国の軍部を任されている身ではありますが……今は、愚かな王を討つために、革命軍を起ち上げました」
「ふむ……主を裏切ろうというのか?」
クロエは魔王だから、なにかしら思うところがあるのだろう。
鋭い目をして、ヘイズさんに問いかける。
すごい圧だ。
視線を向けられていない僕も、思わず震えてしまう。
さすが魔王。
ちょっとぽんこつ気味なところはあるけど、その実力は健在だ。
「私は、確かに王の臣下です。しかし、この剣は民に捧げたもの。王が民を傷つけるようなことをするのならば、それはもはや王にあらず。我が剣、思う存分に振るいましょう」
クロエの圧に押されることなく、ヘイズさんはきっぱりと言い切った。
革命軍を起ち上げるくらいだから、それなりの信念があり、強い人だと思っていたんだけど……
予想以上に優れた人みたいだ。
ここまでハッキリとした意見を言える人は、なかなかいない。
「ふむ……人間にしては、なかなかだな。認めてやるぞ」
ヘイズさんの人柄を好ましく思ったらしく、クロエが笑みを浮かべた。
忘れがちだけど、クロエは魔王だ。
その性格は気難しく、なかなかに厄介。
そんなクロエに認められるということは、ヘイズさんはなかなかの人物ということになる。
「行きましょう」
ヘイズさんと革命軍の十数人の騎士と一緒に、王城へ向かう。
すでにルートの確保はされているらしく、敵と遭遇することはない。
「しかし、大胆なことをするな。王に不満があるとはいえ、反乱を起こすとは。下手をしたら、一族郎党まとめて死罪だぞ?」
クロエの言葉に、ヘイズさんが苦笑する。
「私とて、自分の身は惜しい。勝ち目がない戦いは挑みませんよ。それに、失敗したら、それこそ民に対する弾圧、圧政がひどくなる可能性がありますから」
「ふむ? では、此度の反乱は、絶対に成功する自信があると?」
「ええ、もちろんです。なにしろ、あの魔王が味方になってくれるのですからね」
「ふっはっはっは! 我を頼りにしているのか。うむうむ、人間にしてはかわいいヤツだ。我の力、思う存分に見せてやるぞ」
「それに……なによりも、イッシキ殿の影響が大きい」
王城に向けて走りつつ、ヘイズさんがこちらを見た。
「魔王軍と協力するというアイディアは、イッシキ殿からもたらされたもの。また、主力を他で引きつけている間に城を落とす策や、民に被害が出ないタイミングでの決起、突入……これらもイッシキ殿によるもの。私たちだけでは、これほどまでにスマートにいくことはなかったでしょう。本当に感謝しています」
「ほう、ほうほうほう! なんだなんだ、全て、カナタの手回しによるものだったか。うむ。さすがはカナタなのだ! 我も鼻が高いぞ!」
「そう言われると、悪い気分はしないけど……でも、喜ぶのはまだ早いよ」
革命は成功したわけじゃない。
アスガルト王国、国王を討ち取らなければ、この戦いが収束することはない。
今のところ、策は順調に進んでいるのだけど……
なにかしらのイレギュラーに遭遇しないとも限らないし、気を抜くわけにはいかない。
そう言うと、ヘイズさんはハッとした様子で、厳しい顔になる。
「その通りですね……私はもう、革命は成功したようなものと考えていて……くっ、恥ずかしいです。なんて未熟な……」
「なら、これから気をつければいいだけですよ。本番は、この後ですからね」
「わかりました。気を引き締めて、この戦争を終らせるべく、元凶を討つことにいたします」
あのヘベクの息子とは思えないほど、ヘイズさんはとてもまっすぐな人だ。
実は血が繋がっていないとか?
なんて、失礼なことさえ考えてしまう。
「ふはははっ! 安心するがいいっ、この我がいれば、どのような敵が来ても打ち破ってやるぞ! なにしろ、我は魔王だからな。ふはははっ!」
クロエはまったく反省しないで、むしろ増長していた。
いったい、どこからその自信が来るのだろう?
必要以上に慎重になる必要はないから、これはこれでいいんだけど……
いや。
やっぱり、調子に乗りすぎかな?
罰として、クロエのおやつはなしにしておこう。
「そんなぁっ!?」
そのことを伝えると、クロエは涙目で叫ぶのだった。
――――――――――
王城までのルートは確保されていて、敵が現れることはない。
しかし、王城はそういうわけにもいかず、多くの兵士、騎士であふれていた。
「なんだ!? いったい、なにが起きている!?」
「わ、わかりませんっ」
「街のいたるところで、ほぼ同時に暴動が発生しており……」
「未確認ではありますが、我が軍の兵士、騎士も参加しているという情報が」
革命を起こして、まだ30分ほど。
あちらこちらで混乱を引き起こしているため、正確な情報が伝わっていない様子で、王城の兵士、騎士たちは慌てていた。
狙い通りだ。
ヘイズさんには、今回の革命の成否は、とにかくスピードにかかっていると伝えた。
いかに早く、いかに迅速に行動するかが鍵となる。
いかに鍛えられた軍人とはいえ、突発的なトラブルには弱い。
ましてや、想定したこともないであろう反乱だ。
的確に対処できるはずもなく……
思い通りに混乱していた。
ここで、ダメ押しの一撃だ。
「聞けっ、アスガルド王国の戦士たちよ!!!」
ヘイズさんは王城全体に響き渡りそうな声を放つ。
ほぼ全ての兵士と騎士がビクリと震えて、ヘイズさんを見た。
「汝らに問おう! この国の在り方は正しいか!? 民をないがしろにして、戦争ばかりを繰り返す王は、賢王か!? 否! 断じて否だ!!!」
おそらく、敵兵たちは、なんとなくではあるが状況を理解しているだろう。
ヘイズさんが敵であることも、うっすらと察しているだろう。
それでも、誰も動くことはできない。
ヘイズさんの言葉に聞き入っている。
「我らの剣はなんのためにある!? 王の欲望を満たすためか? 他国への侵略を繰り返すためか? そのようなものではない! 我らの剣は、民を守るため、大事な人を守るためにこそある! そのために剣を取り、戦うと誓ったはずだ! そうではないか!?」
見事な演説だ。
敵兵の間に動揺が次々と生まれていくのがわかる。
「今までの戦争は、王は聖戦と謳った。魔族を駆逐するための戦い……なるほど、正しいかもしれない。しかし……しかし、だ! 今一度、考えてみてほしい。魔族は、本当に我らの敵か!? 本当に邪悪な存在か!? 魔族に害されて、連中が悪だと言い切ることができる者はいるか!?」
敵兵たちは顔を見合わせて、困惑するような表情を浮かべた。
言われてみれば、その通りだ……
姿形は俺たちと違うけど、邪悪っていう根拠は……
実は俺、この前、魔族に助けられて……
そんな話があちらこちらから聞こえてきた。
こうなれば、こちらのものだ。
「魔族は我々の良き隣人であり、決して邪悪な存在ではない! そのことは、諸君らもうっすらと察しているだろう! では、誰が悪なのか? この戦争の元凶は、誰なのか? 答えは……我らが王、ハイアム・ネス・アスガルドだ! 王は、この国を自分のおもちゃのように扱い、我ら兵士を駒として、民を金として、戦争を拡大させてきた! その罪は明白! 私の部下が集めた証拠もある!!!」
ざわざわと喧騒が広がる。
この場にいる者の全てが、ヘイズさんの演説に聞き入っていた。
「私の剣は、王でもなく国でもなく、民にこそ捧げたものである! 故に、私はここに宣言しよう! これより、真なる逆賊、 ハイアム・ネス・アスガルドを討つ!!!」
ヘイズさんが高らかに剣を掲げた。
それに呼応するように、あちらこちらの兵士、騎士たちが剣を上げる。
続けて、うぉおおおおお!! という雄叫びがこの場を満たした。
誰も彼も、ヘイズさんの気迫に飲み込まれて、その意思に賛同していた。
うん、狙い通り。
突然、反乱が起きて……
混乱している中、とても正しそうなことを言う人が現れたら、どうなるか?
答えは、見ての通りだ。
みんな、流されている。
その場の空気に酔った、っていうこともあるんだけど……
でも、それだけで、これだけの兵士、騎士がさらに寝返るようなことはない。
元々、この国に……王に対して不信感を覚えていたのだろう。
故に。
しっかりとした場所で、それなりのタイミングで、今のような演説をしてやれば……
こうなる、というわけだ。
「……のう、カナタよ」
「うん?」
「これも、カナタの策なのか?」
「一応ね。なるべく、敵は減らしておきたいし……改心する人がいるのなら、それは受け入れてあげたい。仕方なく従っている、っていう人もいるだろうからね」
「なんともまあ……このようなことを考えるとは、恐ろしいな」
「怖い?」
「そんなことはないぞ。その策、その智謀……ますます惚れてしまったのだ♪」
何度も言われていることなんだけど……
でも、慣れることはなくて……
「照れたのか?」
「……さあ」
ニヤニヤとするクロエに、努めて冷静に返す僕だった。




