20話 情報収集と破壊工作
「なあ、カナタよ」
「うん?」
「アスガルド王国に潜入するというのは、了承した。カナタのことだから、なにか考えがあるのだろう。しかし、こやつが一緒とは聞いてないぞ……?」
じろりと、クロエが渚を睨みつけた。
なんでもしていいということなので、渚を護衛につけることにした。
渚もアスガルド王国に対して色々と思うところがあるみたいで、わりとあっさりと寝返ることに。
「あんた、魔王のくせにネチネチと細かいことを言うのね。はっ、器がしれてるわね」
「なんだと!? 我を侮辱するか!?」
二人は睨み合い、バチバチと火花を散らす。
片方は恩人、片方は幼馴染。
できることなら仲良くしてほしいんだけど……
誰かと仲良くするのは個人の意思なので、僕がどうこうすることはできない。
「二人共、静かにね? ここはもう、王都なんだから」
諌めるように言うと、二人はシュンとなる。
そう……僕たちは、すでに王都に潜入しているのだ。
「しかし……カナタはさすがだな。こうも簡単に、敵の喉元に食らいつくことができるとは」
「ふふーん、そうなのよ。カナタはすごいんだから!」
なんで、そこで渚が得意げにするのかな?
「大したことはしてないんだけどね」
異世界に召喚されて少しした頃……
こちらの扱いに不穏なものを覚えた僕は、いざという時のために、色々な情報を覚えておいた。
例えば、王城の警備兵の配置。
例えば、軍の予算。
例えば、隠し財源の在り処。
突き詰めれば急所になりそうな情報を、片っ端から調べて、頭に叩き込んでいたのだ。
王都への潜入ルートもその一つで……
おかげで、誰にも見つかることなく、無事に入り込むことができた。
「それだけの情報、普通は覚えられるわけがないのだがな……」
「調べることも無理だと思うんだけど……現に、あたしはなにも触らせてくれなかったし」
「まあ、色々とコツがあるんだよ」
賄賂とか賄賂とか賄賂とか。
どこの国、世界でも、腐った人はいるものだ。
そういう人をうまく利用することは簡単なんだよね。
「それで、カナタよ。こうして王都に潜入したが、次はどうするのだ?」
「情報収集と破壊工作かな」
――――――――――
異世界での情報収集といえば、やっぱり酒場だよね。
店に入ったら、「ガキはこんなところじゃなくて、家でママのミルクでも吸ってな。がははは」っていうテンプレ。
まあ、実際はそんなことが起きるわけはなくて、僕たちは普通に席に着くことができた。
「ねえねえ、彼方」
「うん?」
「こういうところだと、アレ、ないのかしら? ミルクに帰ってママでも吸ってな、っていうテンプレ」
「ものすごい言い間違えをしているね? それはともかく、そんなことは起きないよ」
田舎の場末の酒場ならともかく、ここは王都の中央通りにある酒場だ。
そんなところにテンプレに出てくるような客がいたら、店の評判に関わり、売上や客足が落ちてしまう。
だから、店主は当たり前のように、そういう悪い客は排除する。
地球の居酒屋でも、騒ぐ人はいても、他人に絡む人は少ない。
いたとしても、警察を呼ばれるか、もしくは出禁を食らう。
それと同じだ。
「……というわけだから、テンプレの展開なんて、そうそう起きたりしないよ」
「なるほどねー」
「店主よ、果実酒をくれ。それと、なにかつまみを頼む。うむ、チーズなどがいいな」
「ちょっと彼方。あいつ、当たり前のようにお酒を頼んでいるけど、いいの?」
「クロエは人じゃなくて魔族だから、もうお酒を飲んでもいいんじゃない?」
「そうじゃなくて、ここには情報収集に来たんでしょ? 飲んでる場合じゃないでしょ」
「酒場に来てなにも頼まなかったら、ただの冷やかしじゃないか……そんなことをしたら、思い切り浮いて目立つよ。注文するのが普通だよ」
もっとも、クロエの場合はそこまで考えておらず、本能のまま動いているだけのように見えるんだけどね。
なにはともあれ、僕と渚もドリンクを注文した。
元高校生なので、もちろん、ノンアルコールだ。
酒を飲めない騎士、冒険者もいるため、煙たがられたりバカにされたりなんていうことはない。
「お客さんたち、旅人?」
若いウェイトレスが注文を運んでくると、こちらに興味ありそうな感じで話しかけてきた。
僕たちは、三人ともマントを身に着けていて……
クロエは、その姿を隠すために、フードもかぶっている。
だから、興味を引いたのだろう。
「ふはははっ、我は、いずれこの世界を支配するまふぐぅ!?」
「うん。今日、ここにやってきたばかりなんだ」
クロエの口を塞いで、にこやかに言う。
「……渚、クロエのことよろしく」
「……まったく。こんなスカポンタン魔王、連れてこない方が良かったんじゃない?」
「……そうしたら、すごく拗ねるからなあ」
「……彼方はコイツに甘いわ」
渚にクロエを預けて、僕はウェイトレスとの会話に集中する。
「僕ら、冒険者のようなこともやっているんだけど、なにか仕事とかないかな?」
「うーん……」
そう尋ねると、ウェイトレスは渋い顔をした。
そして、そっと顔を寄せてきて、周囲に聞こえないように小声で言う。
「ここで暮らす私がこんなことを言うのはダメなんだけどね。ここにとどまろうなんて思わないで、早く次の国に行った方がいいよ?」
「へぇ……それは、どうして?」
「魔族と戦争していることは知っているでしょう? ここ、魔族領に一番近い国だから……今まではなにもなかったけど、これからも先、被害がないとは言い切れないからね。それに……下手したら、徴兵されるかも」
「僕はこの国の人じゃないのに?」
「今、国内外問わず、戦う人を募集しているの。それも、かなり強引なやり方で。だから、その上をいく徴兵制になるのは時間の問題だ、っていう人が多いの」
「なるほど」
それから、いくつか聞きたいことを話して店を後にした。
もちろん、ドリンクはおいしくいただきました。
「カナタよ、次はどうするのだ? 情報収集の続きか?」
「うん。でも、それはクロエと渚にお願いしようかな」
「なんだと!?」
「なんでよ!?」
二人共、息をぴったりと合わせるように、同時にいやそうな顔をした。
案外、良いコンビになるかもしれない。
「僕は、これからちょっとやることがあるんだ。それに二人は連れていけない。だから、その間、情報収集をお願いしたいんだ。やることは、今と同じ。どこかの店に入って、店員や客から、この国についての情報を集める。どんな情報でもいいから」
「むう……こやつと一緒というのは気に食わないが、仕方ない。わかったのだ」
「えっ、了承しちゃうの!?」
「うむ。カナタのためなら、我はどんなことでもするぞ。カナタのためだからな!」
「むっ……あ、あたしだって、彼方がしてほしいっていうなら、多少の不満くらい飲み込んでみせるんだから!」
妙な張り合いを見せる二人。
ただ、それで行動に移してくれるのなら問題ない。
僕がいなくても、きちんと情報収集しれくれるだろう。
……たぶん。
「カナタはどうするのだ?」
「んー……破壊工作?」
「ちょっと。それ、危険なことじゃないでしょうね? 危ないっていうなら、あたしが一緒した方がいいんじゃない?」
渚の勇者としての能力は、身体能力の超強化。
漫画などに出てくる超人ヒーローと大差ない力を行使することができる。
納得だ。
そんな能力でなければ、魔法を素手で弾いたりできるわけがないからね。
渚を護衛として連れていった方がいい、っていうのはわかるんだけど……
今回はパスだ。
危険がないわけじゃないけど、僕一人で十分に対処できるレベルだ。
「ナギサの護衛なんていらぬぞ」
「なんでよ? っていうか、なんであんたが答えるのよ?」
「ナギサよりもカナタの方が強いからな」
「そんなことないし。あたしの能力、タイマンなら負けるわけないし」
「そうかもしれないな。しかし、カナタは別だ。カナタの方が強いのだ。ナギサよりも……そして、我よりも強い」
「そんなことはないと思うんだけど……」
能力があるから、身体能力は渚の方が圧倒的に上だ。
僕は魔法を使えないし、強大な魔力を持つクロエの足元にも及ばない。
「確かに、能力は我らの方が上かもしれぬな。しかし、戦いは能力だけで決まるものではないだろう? 実際に、ガチバトルしたわけではないが……我の魔王としての勘が、こう告げているのだよ。絶対にカナタを敵に回すな……とな」
「それは……」
納得するものがあるのか、渚は言葉を止めてしまう。
うーん。
なんだか、過大評価されているような。
まあ、無理に訂正する必要もない。
彼女たちの考えであり、それを矯正する理由も義務もないし……
僕は僕で、その期待に応えられるようにがんばるだけだ。
「それで、どこに行くのだ?」
「ちょっとした秘密スポット。女の子が寄るようなところじゃないから、僕だけで行くよ。大丈夫。危険はあるかもしれないけど、僕一人でなんとかなるから」
「まあ、彼方がそう言うのなら……」
「ふはははっ、夫の帰りを信じて待つのも妻の役目なのだ!」
「誰が夫で誰が妻よ!? あんたみたいなちんちくりん、妻になれるわけないじゃない!」
「なんだと!?」
「なによ!?」
「……仲良くね?」
今度、二人を仲良くさせる方法、考えないといけないな。
そんなことを思いつつ、僕は一人でその場を離れた。
――――――――――
……数時間後。
僕は、アスガルド王国革命軍との接触に成功した。




