2話 勇者、敗れる
長かった。
ようやく、ここまで来ることができた。
心が凍りついていたような気がするけど、でも、そんなことはなくて……
感慨深いものを得て、思わず泣いてしまいそうになった。
でも、それは我慢する。
まだ終わったわけじゃない。
この後、魔王を倒す。
それで終わりだ。
そうすれば、僕は勇者から解放されて、元の世界に帰ることができる。
日本に帰ったら、まずは、ふかふかのベッドでおもいきり寝よう。
草の布団とか地面で雑魚寝とか、そういうのはもう勘弁してほしい。
それから、炭酸ジュースとスナック菓子を片手に、大好きなゲームを徹夜でプレイするんだ。
そう決めた。
うん。
そう決めた。
その時を夢見て、僕は最後の一仕事をがんばることにした。
あと少し。
それで終わりだ。
……終わりのはずだった。
――――――――――
「……まさか、負けちゃうなんてなあ」
手足を鎖で拘束されて、牢屋に放り込まれて……
そんな状態で、僕は上を見上げながら、深い深いため息をこぼした。
魔王城に乗り込み、いざ最終決戦……のはずが、直前になって同行していた兵士が裏切り、僕一人だけに。
決戦のために、城から派遣されていた、たくさんの兵士たちも、みんな逃げ出してしまった。
そんな状態で魔王を倒すなんて、どう考えても無理ゲーで、詰み。
僕は魔王軍に降伏して、捕虜になり、牢屋に放り込まれて……
そして、今に至る。
「あとちょっとで解放されるはずが、最後の最後でつまづいちゃうなんて……しかも、それが味方の裏切りによるものなんて……はぁあああ。ほんと、ついてないなぁ」
なんで裏切られたのかな?
やっぱり、僕の能力に関係することだろうか?
異世界に召喚された勇者は、なにかしら一つ、特殊な能力を手にするらしい。
例外なく、僕も能力を手に入れた。
国の人たちは、その能力を色々と利用したいみたいだったけど……
僕をいいように使おうという思惑が透けてみてたから、適当にウソついて、ごまかしていたんだよな。
そのことが快く思われなくて、裏切られたのかもしれない。
「もっと、うまく立ち回ればよかったのかも」
とはいえ、今更後悔しても仕方ない。
僕はすでに捕まり、捕虜の身だ。
魔王の捕虜になった勇者。
普通に考えて、生き延びることはできない。
人間は魔族の敵で……
しかも、勇者は魔王の天敵。
そんな相手を生かしておく必要はないんだよね。
今はまだ生きているけど、それはたぶん、僕からなにかしらの情報を得るために生かしているだけ。
それが終われば、はいさようなら。
「あー、死にたくない!」
なんてわめいても、現実が変わるわけじゃない。
味方が助けに来てくれることはないし、さらに特別な力に目覚めて、ここから脱出できるわけがない。
完全に終わりだ。
「はぁ……短い人生だったなあ」
異世界に召喚されて、魔物と戦うことになって、死ぬ覚悟はしていた。
だから、こんな状況でも、不思議と取り乱すことはなかった。
あるいは、色々なことがあって、心が鍛えられたせいだろうか?
「くくく……無様だな、勇者よ」
牢に繋がる扉が開いて、女の子が姿を見せた。
女の子の年齢は、僕と同じくらいに見える。
キラキラと輝く金色の髪の間から、左右に角が生えていた。
それと、お尻の辺りから細い尻尾。
ついでに、背中から悪魔らしい翼。
綺麗というよりはかわいい顔をしている。
背も低くて、全体的にコンパクトだ。
そんなこと、さすがに本人の目の前で口にできないけど。
露出の高い衣装と、マントを身につけている。
ここが異世界じゃなければ、中二病の女の子って思うんだけど……
残念ながら、そういうわけじゃない。
この子が……魔王だ。
「我のところにたどり着くよりも先に、捕虜になってしまうとは。しかも、実力で負けたのではなくて、味方の裏切りによる投降……くくくっ。ふはぁーはっはっは! 人間というものは愚かだな! 我を笑い殺す気か?」
「……残念ながら、なにも言えないよ」
「ほう。やけにおとなしいな? なにか企んでいるのか? それとも、もう諦めたのか?」
「諦めたんだ。この状況から逆転する術はないからね」
「ほほう。人間にしては、物分かりの良いヤツだ。その物分りの良さを、もっと早くに学ぶべきだったな。さすれば、我が城に攻め込むなどという愚行、侵さずに済んだかもしれぬのに」
「うん、本当にその通りだよ。とんでもない愚行だよね。よくよく考えてみれば、他人の家に押しかけ強盗するようなものだし……はぁ。ほんと、なんでこんなことしちゃたのかなあ」
「お、おう? やけに物分りがよいな。だがしかし、今更命乞いをしても遅いぞ。そなたは勇者。我は魔王。ならば、次になにをするか……わかっているな?」
魔王が手の平をこちらに向けた。
その手の平に暗闇が収束されていく。
見たことはないけど、なにかの攻撃魔法なんだろう。
ここに来たのは尋問じゃなくて、直々に、勇者である僕を処刑するためらしい。
完全に諦めている僕は、抵抗することはしない。
できることなら、一思いに楽にしてほしい、と願うだけだ。
「最後に、遺言を聞いてやろう。なにか言い残すことはあるか?」
「えっと……名前を聞いてもいいかな?」
「む? 我の名前か? なぜだ?」
「君、魔王とは思えないくらいにかわいいから、名前くらい知っておきたいな……って」
「かっ……!?」
ぼんっ、という音がして、魔王の顔が赤くなる。
それはもう赤くなる。
湯気が出ているんじゃないかと思うくらい、耳まで赤くなる。
「かっ、カカカ、きゃわっ!?」
壊れた?
「ざ、戯言を抜かすでない! 我のことが、か、かかか、かわいい……などと」
「え? かわいいよね?」
「ふぎゅ!?」
カエルが潰れたような声をあげて、魔王は胸元を押さえてよろめいた。
赤くなった顔でチラチラとこちらを見つつ、ぶつぶつと小さな声でつぶやく。
「か、かわいいなんて……初めて言われたぞ? 誰もそんなことは言ってくれなかったのに、こやつは、いきなりなにを……? なんだ? なにかの罠なのか? くっ、魔王である我が、たかが人間の言葉一つにここまで動揺してしまうなんて!」
「えっと……大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まっておるわ! そう、大丈夫だ!」
魔王は動揺を隠すように、あえて大きな声を出した。
そんなことをしても、動揺しているのは丸わかりなんだけど。
「あー……一つ聞くぞ?」
「うん、どうぞ」
「……我がかわいいと、なんでそんなことを口にした?」
「え? いや、特に理由はないけど……」
「ないのか?」
「かわいいから、かわいいって言っただけで、君がかわいいことって言うことに特に理由はないよ」
「ぐはっ!?」
魔王は再び胸元を押さえて、今度はのけぞるような仕草をした。
まるで胸を射抜かれた、というような感じだ。
「ま、またかわいいなどと……うぅ、うううぅー。なんだ、なんなのだ、この気持ちは。こやつを見ていると、胸がドキドキして……それに、かわいいと言われる度に、そのドキドキが強くなって……あうううっ、こ、これはそういうことなのか!? まさか、この我が人間に一目……本当にそういうことなのか!?」
なにやら一人で悶えている。
ほんと、なんだろう?
「お、おい!」
「はい?」
「……やばい! こやつの顔をまともに見れないぞ!?」
魔王が慌てて顔を逸らしてしまう。
「な、なぜだ? さっきは普通に見ることができたのに、なぜ今は直視できない!?」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫にきまっているちゃ!」
噛んだ。
「うぅ……」
魔王は悩むようなうなり声をあげた。
上を見て、下を見て……
それから顔色をコロコロと器用に変えて。
「……よし! そ、そういうことならば、女は度胸あるのみだ!」
最後に、なにか決心したような感じで、強く頷いた。
「お前、名前はなんて言う?」
「彼方だよ。一式彼方」
「ふむ、カナタか……うんうん、良い名前だな。えへ、えへへへ」
今度は、にへらー、と笑った。
僕を処刑するシーンを想像して、愉悦に浸っているのかな?
とはいえ、そんな性格には見えないけど……
「カナタよ!」
魔王はびしっと僕を指差して、力強い声で言う。
「世界の半分をやるから我の恋人になれ!」
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマや評価をしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!