19話 迫害
「む? 原因がいじめ? なんなのだ、それは?」
クロエが不思議そう顔をして……
少しして、思いついたという感じで口を開く。
「ははーん、理解したぞ? その国の王が貪欲なのだな? 我が国の数少ない資源、領土を目的として、侵略戦争をしかけているのだな?」
「うーん、そう思うのも無理はないんだけど、ハズレかな」
「違うのか? なら、やつらは、なぜ我が国に攻め込んできているのだ?」
「いじめたいから」
「むう……? カナタがなにを言いたいのか、さっぱりわからんぞ」
クロエが小首を傾げた。
別に意地悪するつもりはないし、クイズ形式にするつもりもないので、素直に僕の考えを教えることにしよう。
「簡単に言うと、アスガルト王国の王は、魔族が嫌いなんだよ。だから、迫害する。だから、戦争をしかける。それが答え」
「む? むううう……?」
「つまり……」
人っていうのは、自分と異なる相手を本能的に避けるものだ。
あるいは、嫌うものだ。
普通の人なら、関わらないようにするだけで終わるんだけど……
度が過ぎた思想を持つ人は、攻撃的になり、迫害しようとする。
地球でも同じことは起きていた。
人種差別とか、多々問題になっていたからね。
そこら辺は異世界も同じで……
人と似ていながらも異なる魔族を、アスガルド王は嫌っている。
理由はわからないけど、迫害して、戦争をしかけるほどに嫌っている。
だから、戦争が起きている。
要するに……
国家レベルでいじめをしているのだ。
その対象が、魔族。
「それは……いや、しかし……うむぅ」
クロエはとても難しい顔をしていた。
それも仕方ないと思う。
戦争の原因が、国家レベルのいじめにあるなんて、なかなか理解できないと思う。
「それは、本当にいじめなのか? 我らを迫害している、という証拠は?」
「彼らが宣伝しているじゃない。邪悪な魔族を討つべし、って。これ、どうしようもない証拠にならない?」
「それは、まあ……」
「クロエたちがなにもしていないのに攻め込んできたんだから、迫害しているんだと思うよ」
「むう……なぜ、そこまで我らを嫌うのだ……?」
クロエは難しい顔をしているが、こればかりはどうしようもない。
人は、基本的に弱い。
弱いからこそ、自分たちと異なるものを受け入れず、時に排除しようとする。
アスガルト王はその思想に特化していて……
なおかつ、力も持っている。
運が悪いとしか言いようがない。
「しかし、我らを滅ぼさないのはなぜだ? 自分で言うのもなんだが、我らを滅ぼすのはわりと簡単なことだと思うぞ」
「そこは謎なんだよね」
他人を迫害するようなヤツは、ある種、狂っているので、ブレーキを踏むということを知らない。
やるなら徹底的に。
それこそ、魔王軍を滅ぼすまで止まらないはずなんだけど……
なぜか、攻撃は散発的。
一定のところまで追い込んだところで、それ以上は追いつめない。
なにをしたいのだろうか?
そこは謎だ。
「考えられるとしたら、じわじわとなぶり殺しにしたい、ってことかな?」
「なんだ、それは。悪趣味極まりないではないか」
「でも、他に可能性が考えられないんだよね。これも、いじめと同じだよ。ほら、いじめっ子って、いじめるのが目的であって殺そうとは考えてないでしょ? ずっとずっと、長期に渡っていじめることが目的なんだ」
「つまり……迫害すべき我らをいたぶることで、悦に浸っている……と?」
「確証はないけど、僕はそう考えているよ。あの王様、性格がかなり歪んでいるように見えたからね」
なにしろ、異世界から勝手に人を召喚して、戦いを強要して、その扱いもひどい。
そんなことを命令する人がまともなわけがない。
「そうなると、王の思想や経歴、正体が気になるな……」
「そうだね」
僕は、現段階でなんとなく想像はついているんだけど……
それこそ、まったく根拠のないものなので、まだ黙っておくことにした。
推理を共有することで、なにかしら意見が発展するかもしれないけど……
それ以上に、混乱させてしまうデメリットの方が高い。
なので、今は自分の胸に秘めておくことにする。
「それらは、後々で調べればいいよ。どちらにしても、今解決することは一つ。アスガルド王国からの戦争をどうするべきか?」
「案外、向こうも疲弊しているのではないか?」
戦争を続けるためには、一つ、大きな問題がある。
それはコストだ。
戦争をするとなると、食料も物資も、色々なものを消費する。
消極的な戦いだけをしていたとしても、それなりに経済などに打撃を受けるだろう。
人的消費も激しい。
だから、クロエがそう考えるのも仕方ないんだけど……
「それはないかな」
「なぜだ? 戦争初期は、我ら魔王軍もそれなりの規模を誇っていた。ずっと戦い続けているのだから、経済にも色々な打撃があると思うぞ」
「連中は、コストを最小限に抑えているからね。それほどの打撃は受けていないと思うよ」
「最小限に? もしや……勇者召喚か?」
「正解」
戦争のコストを抑えるにはどうすればいいか?
答えは、異世界からの勇者召喚。
自国の者ではないヤツを代わりに戦わせればいい。
特殊な能力を持っていて、その力は一騎当千。
渚で実証済みだ。
そうすれば、消費は最小限で済む。
「コストを抑えるために、勇者を召喚しているというのか?」
「勇者は、なにかしら特殊能力を得るからね。渚の戦闘能力なんかは、一個師団に相当するんじゃないかな? かなりのコストカットができるよ」
「むう……戦いを勇者に任せ、人間たちは後方で待機。危うくなれば退いて、危うくならなくても、適度なところで軍を引き上げる……そうして、魔族を迫害し続ける。納得はシたくないが、わからないでもない話だな」
それなりに納得してくれたらしい。
ただ、まだ疑問点は残るみたいだ。
「しかし、それでもリスクの方が大きいのではないか? 人的資源は勇者召喚によって賄えるとしても、その他の資源の消費はどうなる? 食料とか金とか鉄鉱石とか……戦争を継続するためには、色々なものが必要だぞ」
「そうだね、必要だ。戦争をすることで得られるものはあるけど、失うものの方が多いだろうね」
「ならば、なぜ戦争をするのだ? 愚か者のすることではないか」
「そのとおり。アスガルド王国の連中は、たぶん、愚か者なんだよ」
魔族が気に入らないからと戦争をしかけて……
そのために、異世界の人を使い捨てる。
そんな策を考える人がまともであるわけがない。
それなりに性根が腐っているだろう。
「トップやその近辺にダメな大人が居座っているから、愚かと呼ばれても仕方ない行為を繰り返しているんだよ」
「なんだ、その話は? おかしいではないか。そんな者がトップになれるわけがないであろう」
「ところが、なれるんだよね」
これは異世界に限らず、地球でも同じことが起きている。
その最たるものが、世襲制だ。
世界に名だたる大企業となると、さすがに世襲制は行われていないものの……
国内で完結している小さな企業になると、未だに世襲制が行われているところは多い。
世襲制が悪いということはないんだけど……
親がきちんとした教育をしなかったり、子供が無能だったりした場合、おもいきり害が出る。
異世界では、やはりというか世襲制が当たり前みたいで……
アスガルド王国も、無能な王が育ち、そのまま玉座に就いてしまったのだろう。
でなければ、こんなふざけた策を取るわけがない。
「むう、むううう……困ったぞ。それでは、停戦することは叶わぬではないか」
「まあ、無理だろうね。向こうは、この戦争をいつまでも継続することが望みだから。迫害が目的なら、普通は殲滅戦になるんだけど……あの王様は、ただのいじめっ子だ。気に入らない相手をいじめ続けたいという、どうしようもない愚か者さ」
「我らは、このままなぶられ続けるだけなのか……? カナタのおかげで作物に改善が見られたが、本格的な成果を得るのは、まだまだ先になるぞ。今は戦争なんてしているヒマは欠片もないのだ……自国の安定に務めねば、我ら魔王軍は壊滅するのだ……」
クロエは青い顔をして、ぷるぷると震えていた。
魔王軍が崩壊するところを想像して、怯えているらしい。
「大丈夫だよ、クロエ。そんなに怯えたりしないで」
「し、しかし……ここまで戦線が押し込まれている以上、今更押し戻すことはできぬぞ……? 我らが魔王軍は干からびる寸前……それとも、カナタは、こんな状態で勝てると言えるのか?」
「勝てるよ」
「え?」
断言したら、クロエの目が丸くなった。
「……すまぬ。我の耳がおかしくなったみたいだ。カナタよ、もう一度言ってくれぬか?」
「今の状態で、アスガルド王国に勝つ方法はあるよ」
「まことか!!!?」
ものすごい勢いで食いついてきた。
というか、近い近い。
クロエの顔が目の前にあって、ちょっと動いたらキスしてしまいそうで……さ、さすがに照れてしまう。
「クロエ……近い」
「お、おう……す、すまぬ」
クロエも照れていた。
「それで……どういうことなのだ? 本当に、我らはこの戦争に勝利することができるのか?」
「できるよ」
「それは……もしかして、カナタが能力を使い、敵軍を壊滅させるのか?」
「それも、できなくはないけど……」
「できるのか!?」
銃などの近代兵器を召喚して、それらを標準の武器とすればいい。
そうすれば、あっと驚き。
ゴブリンでも歴戦の強者を倒すことができるようになるだろう。
「なるほど、カナタが使う銃とやらがあれば、確かに……」
「でも、その策は使わないよ」
「なぜだ?」
「銃は一定時間で消えちゃうし……仮に、時間関係なく存在することが可能になったとしても、後々で問題が起きる」
「問題? ……もしかして、反乱や犯罪の増加などか? あと、敵国に渡った場合などの、情報流出の問題か?」
「正解。賢いね、クロエ」
銃を使い、よからぬことを企む人が出てこないとも限らない。
子供でも大人を簡単に殺すことができる。
そんな銃の力に魅せられない人がいないと、断言することはできない。
あと、銃を持ったとしても、多少は犠牲が出るだろう。
その時に、敵国に銃が渡ったら?
解析されて、量産されたら?
その時は詰んでしまう。
なので、僕が扱う以外に、銃を他所に流すつもりは今のところない。
「では、どのようにして戦争に勝利するつもりなのだ……? 我は、さっぱりわからぬぞ」
「色々なことをやらないといけないから、一言では説明できないんだけど……その前に、クロエに聞いておきたいことがあるんだ」
「なんだ? カナタの言うことなら、なんでも答えるぞ。恥ずかしいが、す、スリーサイズも構わぬぞ……?」
「それはいいや」
「いいのか……」
クロエがものすごく残念そうにした。
聞いてほしかったのかな……?
「聞きたいことなんだけど……僕に任せていいの?」
「む? それは、どういうことだ?」
「だって、少し前まで勇者をやっていた、しかも人間だよ? 魔族の敵。そんな相手に、国の運命を預けるようなことをしていいの?」
「よいぞ」
即答!?
「我がカナタを信じないとか、ありえないことだ。第一、裏切ったり騙したりするつもりなら、とっくに我らをどうこうしているだろうが。あと、そのようなメリットもない。これでも、色々と考えているのだぞ?」
「でも、信じるのには、ちょっと理由やら根拠が足りないような……」
「なにを言う。カナタは、この我が好きになった男なのだ! 好きな男を信じずして、なにを信じるというのか。我は、なにがあったとしても、最後までカナタのことを信じるぞ。カナタの剣として盾として共に歩み、苦楽を分かち合い、笑顔を一緒に浮かべようではないか!」
「……まるで、プロポーズみたいだね」
「はっ!? そ、そそそ、そんなつもりはないのだ! あっ、いや。それが嫌というわけではなくて、まだ早いというか、カナタの返事をもらってないというか……あう、あうあうあうっ」
凛々しい表情から一転して、顔がりんごのように赤くなる。
そんなクロエは、素直にかわいいと思えた。
「うん、わかった。ありがとう、クロエ。僕も、その期待に応えられるようにがんばるよ」
「う、うむ。頼んだぞ、カナタ。して……カナタよ、我らはどうすればいい? カナタがなにを考えているかわからぬが、我が軍を好きに使ってよいぞ。だから、勝たせてくれぬか?」
「簡単に信じるんだね。僕がウソをついているという可能性は考えないの?」
「カナタはそんなことしないのだ。なにしろ、我が惚れた男だからな!」
……そこまで堂々と言われると、ちょっとだけ照れた。
「それじゃあ、その期待に応えないといけないね」
「我も手伝うぞ。なにをすればいい?」
「まずは、王都に潜入かな」