18話 人間と魔族の関係
渚は命を取られることなく、捕虜として扱われることになった。
捕虜といっても、ひどい待遇じゃない。
クロエもメリクリウスさんも……その他の魔族も、なんだかんだで優しい人が多い。
暴力的な態度、行動に出ることはない。
渚は牢から出ることはできないものの、鎖で繋がれているとかそういうことはない。
ちゃんと食事も与えられている。
「……ねえ」
「うん?」
面会しに行くと、渚はどんよりとした目を向けてきた。
その手には、食事が入っていたと思われる皿がある。
「彼方は、魔族は良い人が多いって言うけど、やっぱりそんなことはないんじゃないかしら? 意地悪で底意地の悪い人ばかりじゃないの?」
「なんでそう思うの?」
「だって、ごはんがおいしくないんだもの。そりゃあ捕虜だから贅沢は言えないんだけど、それにしても、限度ってもんがない?」
「あー……」
渚に出されている食事は、捕虜なので特別豪華なものじゃない。
でも、底辺の食事というわけでもない。
他の魔族の人と同じ、普通の食事だ。
魔王軍の食糧事情は未だ低空飛行だから、仕方ないんだよね。
食事が出るだけマシな方だ。
それらの事情を説明する。
「……と、いうわけなんだ」
「……あたし、そんなへっぽこ魔王軍に負けたわけ?」
渚は真剣に悩んでいた。
その気持ははわからないでもない。
魔族、魔王軍といえば残虐非道で、力も物資も豊富にあるというイメージだ。
ゲームや漫画だと、こんなへっぽこということは絶対にない。
それと、アスガルド王国で聞いた話も、それとほぼ違いがない。
それなのに、実際はぜんぜん違う。
戸惑うのも無理はない。
「ちょっと話を聞きたいんだけど、いいかな?」
「いいけど……あの小生意気な魔王はいないわけ?」
「クロエなら、軍の仕事があるんだって。呼んできた方がいい?」
「呼ばなくていいわ。いたら、絶対にイラッとするもの」
「あはは……」
仲が悪いなあ。
できれば、仲良くしてほしいんだけど。
「それで、聞きたいことって?」
「うん。渚がこの世界に召喚されてからのことについて、もう少し詳しい話を。あと、渚が持っている魔族の情報について」
「魔族の情報? なんで、そんなものが必要なのよ? 魔族のことが知りたいなら、あの魔王とかにでも聞けばいいじゃない」
「それじゃあ意味がないんだ。人間側からの視点で、人間がどんな風に考えているのか、そこを知りたいんだよね。僕の場合、けっこうひねくれた性格をしているから、そういう情報、王国にいる時はなかなか得られなかったんだよね」
「それ、なんの意味があるわけ?」
「色々と」
「はぁ……なにを考えているか、なにをやろうとしているのか。それはまだ、秘密っていうわけね?」
「うん、ごめんね。僕自身、考えを整理したいし……ちょっと、結論はまだ出すことができないんだ。それなのに、やろうとしていることを話したら、反対されるかもしれないし」
「……まあいいわ。彼方って、昔からそういうところがあるし……あたしは慣れっこね」
「ありがとう」
感謝していることを伝えるように笑みを見せると、渚がぽかんとした。
次いで、なぜか赤くなる。
「……」
「どうしたの、渚?」
「え? ……あっ、いや、えと、なんでもないわ! なんでもないんだからね!?」
あたふたと慌てている。
たぶん、照れているんだろう。
男の笑顔に見惚れるなんて……というか、僕の笑顔か。
うーん。
渚からの好意を感じることはあったけど……でも、それって、本気じゃないと思うんだよね。
近くに長くいる男が僕しかいないから、だから、錯覚しているんだと思う。
クロエと同じで、親しい異性を好きと錯覚している感じだ。
だって、僕なんかが好かれるわけないからね。
「彼方? 話をするわよ?」
「あ、うん。よろしく」
明後日の方向に飛んでいた意識を引き戻して、渚の話にしっかりと耳を傾けた。
――――――――――
「うーん」
面会を終えて、自室に戻る。
そこで、渚から聞いた話を頭の中で整理していた。
魔族は、人の道を踏み外した外道の魂の慣れの果て。
故に、残虐非道であり、血は一滴も流れておらず、慈悲の欠片もない。
殺戮を好み、ありとあらゆるものを蹂躙する人間の天敵。
魔王は、それら魔族を束ねる最凶最悪の存在。
世界を己の手に収めることを企み、破壊と混沌を撒き散らしている。
魔王の暴虐に立ち向かうために、人間は一致団結。
力を合わせて悪に立ち向かう。
魔王の討伐こそ未だ叶わないものの、魔族たちを奥地に追い込むことに成功した。
……というのが、渚の話から得た情報だ。
「なんなのだ、それは!? 我は、そのような残虐な行いを好んでなどおらぬぞ!」
「だよね」
クロエはそんな女の子には見えない。
「確かに、世界征服は我の目的ではあるが……破壊と混沌を撒き散らすなどという、物騒極まりない理由ではないぞ。魔族が安心して暮らせる世界を作るために、戦争をしているのだ。というか、そもそもの話、戦争をしかけてきたのは人間の方なのだ!」
「そこ、詳しく聞かせてくれない?」
「うむ、よいぞ」
魔族は人と違う外見を持つ。
クロエのように一部が違っていたり、あるいは、ほぼほぼ全身が違っていたり。
そんな外見をしているために、昔から迫害されてきた。
故に、魔族は魔族たちだけで集まり、己の国を起ち上げた。
それが、この魔王軍だ。
魔王軍は、当初はひっそりと生きていくことを目的としていた。
ただただ、穏やかに過ごせればそれでいいとしていた。
しかし、ある時、人間が戦争をしかけてきた。
最初は、停戦協定などを結ぼうとしたものの、聞き入れてくれる人間は皆無。
やむを得ず、魔族も応戦するようになり……
そして、今に至る。
そんな話をクロエがしてくれた。
「それは本当のこと?」
「もちろんなのだ! 我はウソなどつかん! この我の言葉を疑うのならば、カナタといえど容赦はしないぞ! ……し、しないと思うぞ?」
最後に若干ヘタれてしまったものの、クロエはとても真剣な顔でそう言った。
ウソをついているようには見えない。
そうなると……
「……ちょっとまってくれる?」
クロエにそう断りを入れてから、メリクリウスさんにあらかじめ集めてもらっておいた書物に目を通す。
色々な国の歴史などが書かれている書物だ。
「……のう、カナタよ。まだか?」
30分ほどしたところで、焦れた様子でクロエが尋ねてきた。
「うん……まあ、こんなところかな。もうちょっと細かく調べておきたいところだけど、それはまた今度でいいか」
「なにかわかったのか?」
「なんで戦争が起きているのか、その原因がわかったかな」
「なんだとっ、真か!?」
「証拠はないんだけどね。でも、僕はほぼほぼ間違いないって確信しているよ」
「ど、どういうことなのだ……?」
この戦争には、クロエも大きく頭を悩まされているはずだ。
原因があるというのなら、排除して、平和を取り戻したいと願っているだろう。
だからこそ、すがるような……希望を抱くような目を向けてくる。
戦争が起きた原因がある。
戦争が続く原因がある。
それを排除すれば、平和を取り戻すことができるかもしれない。
そんなクロエの希望を打ち砕くようで、申し訳ない。
僕がたどり着いた答えは、戦争を止めることはできない。
むしろ、これからもずっとずっと続いていく。
そういうものだった。
とはいえ、話さないわけにはいかないか。
僕が思いつかないだけで、ひょっとしたら、クロエは戦争を止める方法を思いつくかもしれない。
「簡単に言うと……」
「うむ!」
「今、この戦争が起きている原因は……」
「原因は!?」
一拍置いて、僕は真実を告げる。
「いじめかな」




