17話 勇者を拾う
「はっ!?」
ガバッ! とものすごい勢いで、ベッドに寝ていた渚が体を起こした。
そのまま、首が取れてしまうのでは? と心配になるような勢いで、キョロキョロと周囲を見回す。
「おはよう」
目が合ったので、挨拶をした。
渚は、最初はキョトンとして……それから、はあっとため息をこぼして、なにか失望したような顔になる。
「なんだ、夢か……」
「起きて、現実だから」
二度寝しようとする渚を引き止めた。
「これは夢じゃない……?」
「そうだよ」
「だとしたら……くっ、あたしは捕まったのね! しかも、彼方の偽物なんかに……くううう、悔しい! ものすごく悔しい!」
「えっと……」
「きっと、あたしは薄い本みたいなことを……この変態! 変態変態変態っ!!!」
まともに僕の話を聞いてくれない。
そういえば、彼女、思い込みが激しい子だったなあ。
こういう時は……
「右目に眼帯。左手から腕にかけて包帯。それと、おばさんに頼んで作ってもらったマント」
「ひぅ……!?」
「真剣の真に名前の名と書いて、真名。確か……シュバルツト・ラハフレア・エルトエイデン……だっけ?」
「ほぁ……!?」
「決め台詞は……我は世界の理に選ばれしもの。アカシックレコードを用いて、闇の底のさらに底に沈む暗黒を駆逐する使命に……」
「もうやめてぇえええええっ!!!」
渚の黒歴史を事細かに掘り返してみると、彼女はガチ泣きしながら大きな声をあげた。
「違うの! あれは違うの! あの時のあたしは、ちょっとおかしかったというか、思春期にありがちなものというか……だから、つまり、勘弁して!!!」
「僕のこと、夢の登場人物とか、敵が化けている偽物とか、そういう風に考えるのは間違いっていうことは理解してもらえたかな?」
「した! したわ! したから、もうそれ以上はホントにやめてくださいおねがいします!!!」
渚はベッドの上で華麗に土下座を決めた。
本気で、黒歴史を掘り起こされるのは耐えられないみたいだ。
ちょっと悪いことをしたかもしれない。
でも、ちょっと楽しい。
まあ、幼馴染をいじめるのはこれくらいにしておこう。
「じゃあ、信じてもらえたところで……ひさしぶりだね、渚」
「あんた……ホントに彼方なの?」
「今、証明したばかりじゃないか」
「そうなんだけど、でも、こんなところで再会できるなんて思ってもいなかったから……」
「うん、それは僕も同じだよ。まさか、僕だけじゃなくて、渚も異世界召喚されるなんて」
「バカっ!!!」
「えぇ!?」
いきなり罵倒された!?
「突然、いなくなって、こんなところにいるなんて……あたしがどれだけ心配したかわかっているの!? 彼方のバカ! アホ! まぬけ! ドジ! バカ!」
「バカって、二回言っているんだけど……」
「うっさい、バカ! バカバカバカ、ばーか!!!」
やがて、渚の目に涙が溜まり……
一気に決壊して、あふれる。
「ばか……ホントに、ばかなんだから……」
渚はベッドから降りると、僕に勢いよく抱きついてきた。
そのまま、顔を隠すように、こちらの胸元に額を寄せる。
その状態で、ぽかぽかと叩いてきた。
力はぜんぜん込められていなくて、痛いということはない。
でも、僕の心はとても痛かった。
「ごめんね、心配かけて」
「ホントよ……あたしがどれだけ心配したと……ばか、ばか、ばか……ばかぁ……」
渚は泣き声を響かせながら、ぽかぽかと僕の胸を叩いた。
僕、落ち着くまで、そんな彼女の頭を撫でた。
――――――――――
「落ち着いた?」
「……まあ、一応」
渚はぐすっと鼻を鳴らしつつ、ぶっきらぼうに答えた。
目を合わせてくれないのは、泣き顔を見られたのが恥ずかしいからだろう。
昔から、妙なところで意地っ張りなところがあるんだよな。
「それにしても、彼方がこんなところに召喚されていたなんて……道理で、元の世界でいくら探しても見つからないわけだわ」
渚を落ち着けさせる傍らで、僕の事情について、あらかた説明をしておいた。
きちんと納得して理解してくれたらしく、コクコクと頷いている。
「異世界に勝手に召喚されて、勇者としてコキ使われて、挙げ句に裏切られるなんて……あの国王、ふざけた真似してくれるわね。ふふっ……今度会ったら、ネジ切ってやろうかしら?」
なにをネジ切るつもりなんだろう……?
幼馴染が怖い。
「でも、まさか魔王軍の捕虜になっているなんて……」
「ん? 捕虜じゃないよ?」
「え? 違うの? なら、なんでこんなところに……」
「僕、魔王軍の一員になったんだ」
「え!? く、国を裏切ったわけ!? 人間の敵に回ったわけ!?」
「うん」
「あっさりと頷いた!? な、なんでよ!?」
「なんで、と言われても……」
勝手に異世界召喚された挙げ句、奴隷みたいなひどい扱いを受けていた。
それは国王公認で、他の兵士たちも止めるようなことはせず、むしろ積極的に加担していた。
トドメに、裏切り、簡単に斬り捨てた。
ここまでされて、なお味方でいる理由なんて欠片もない。
そう伝えると……
「……それもそうね」
渚も納得してくれた。
僕と同じような扱いを受けていたのか、色々と思い当たるところがあるみたいだ。
「むしろ、捕虜は渚の方かな」
「えっ、あたし、捕虜なの!?」
「うん。僕が捕まえたからね。今の僕は魔王軍の一員だから……渚は、立派な捕虜だよ」
「立派な捕虜、っていうのも、なんか日本語がおかしいわね……」
「大丈夫。ここは異世界だから」
よくわからない理屈をかましていると、扉が開かれた。
「カナタよ! 勇者を捕虜にしたというのは本当か!?」
いつも元気、クロエが顔を見せた。
にこにこ顔をこちらに向けて……次いで、渚を見て目を鋭くする。
「……なんだ、その女は? 我とカナタの愛の巣に、なぜ別の女がいるのだ?」
「あ、愛の巣!? ちょっと彼方! あんた、こんな子に手を出していたわけ!?」
「カナタのことを名前で呼んでいるだと!? ぐぬぬぬっ、この泥棒女狐め! 我自ら成敗してくれるわ!」
「なによ! あんたこそ誰なの? もしかして、彼方が手を出しているわけじゃなくて、彼方につきまとっているんじゃない? このストーカー!」
「むきゃあああああっ!!!」
「ふしゃあああああっ!!!」
どうしよう……なにも見なかったことにして、今すぐここから逃げ出したい。
でも、そうしたらそうしたらで、すごく面倒なことになるんだろうな。
今よりも厄介になる未来が簡単に見えたため、やむなく仲裁に入る。
「クロエも渚も落ち着いて。ひとまず、自己紹介をしよう」
「「ふんっ」」
二人共、自己紹介をする気ゼロなので、仕方なく僕が代わりに口を開く。
「クロエ、こっちは更科渚。僕が捕まえた、新しい勇者。ただ、ものすごい偶然なんだけど、僕の顔見知りで幼馴染なんだ」
「ふむ……」
「渚、こっちはクロエ。魔王軍の総大将……つまり、魔王さま。この子のおかげで、僕は今もこうして生きていられるんだ」
「へえ……」
仲裁に入った成果もあり、なんとか二人は落ち着いてくれた。
相手に鋭い視線を飛ばしているものの、いきなり噛みつこうとはしていない。
その間に事情を説明した。
「そっか……じゃあ、この子は、ホントに彼方の恩人なんだ」
「ふむ……コヤツはカナタの家族のようなものか」
渚に対しては、クロエが恩人であることを強調した。
クロエに対しては、渚が家族のようなものであることを強調した。
その結果、それぞれに納得してくれたらしく、二人は完全に冷静になってくれた。
ただ、心を許すのはまだ早いというように、なんともいえない微妙な顔をしている。
二人に会話の主導権を渡すと、また暴走するかもしれない。
僕が前に出るしかないか。
「ひとまず、渚を魔王軍に置いてほしいんだけど……いいかな? クロエ」
「え? ちょっと彼方、あたしはそんなこと……」
「ほら、渚もこうして頼んでいるから」
「うぐぐぐ」
渚の頭を押さえつけるようにして、無理矢理、頭を下げさせた。
今は起きたばかりなのか、逆らう気力はないみたいだ。
「ふむ……勇者が我に屈している……くくくっ、よいぞ、実によい気分だ!」
「あたしは、あんたなんかに……むぐっ」
口も塞いでおいた。
「よかろう! 彼方の頼みでもあるし、勇者を捕虜にするというのも、なかなかにおもしろい趣向だ! 特別に、命は取らず、捕虜として迎え入れようではないか!」
「ありがとう、クロエ」
「えへへ、カナタが喜んでくれたのだ……うへへへぇ」
こう言うとなんだけど、今のクロエは、乙女にあるまじき顔をしていた。
僕が喜んでくれてうれしいみたいだけど、もうちょっと、乙女としての矜持を守った方がいいと思うよ?




