16話 勇者、捕縛
勇者は厄介だけど、所詮、一人だ。
一人で広範囲に散る部隊を全部守ることなんて不可能だ。
なので、魔力が枯渇するまで魔法を撃ち続けるように指示した。
勇者がいるから邪魔はされるかもしれない。
殲滅は無理かもしれない。
ただ、行動不能に陥らせるのには十分だ。
魔王軍の兵士たちは、言われた通りに遠距離魔法を連射した。
火の球、氷の槍、風の刃、岩の弾……などなど。
色々な種類の魔法が飛翔して、敵兵士たちに向けて着弾する。
一部、爆音などがあがるなどしている。
勇者が能力を使って魔法を防いでいるのだろう。
「今のうちに行こうか」
「はっ!」
僕と部隊長は丘を降りて、横から回り込む。
敵兵士、及び勇者は、魔法を防ぐことに精一杯で、こちらにまったく気がついていない。
これだけの数の魔法攻撃を囮にするとは、考えていないのだろう。
なので、問題なく移動することができた。
「これからどうするのですか?」
茂みに潜み、観察する。
魔法を迎撃する勇者の姿が見えた。
「んー……」
見覚えがあるというか、あって当たり前というか……
まさか、こんな縁があるなんて。
まいったな。
近づいたところで、狙撃銃を召喚して仕留める、なんてことを考えていたんだけど……
その作戦は使えない。
戦争だから、と人を殺していた僕が言うのもなんだけど……
できることなら、彼女は殺したくないんだよな。
さすがに、知り合いも気軽に殺せるほど、心を凍てつかせた覚えはない。
「作戦変更」
「え?」
「部隊長は兵士たちのところへ戻って、魔法を撃ち尽くしたのを確認したら、そのまま帰投して。あとは僕がなんとかするよ」
「いや、それは、しかし……」
「大丈夫」
「……わかりました。イッシキ殿、あなた様を信頼いたしましょう」
同じ人に信頼されなくて、魔族に信頼されるなんて、ちょっとした運命の皮肉かな?
でも、悪くない。
部隊長にそう言ってもらえたことは、どこかうれしく感じた。
「しかし、決して無理はなさらないように」
「わかっているよ」
部隊長は軽く頭を下げて、今来た道を戻った。
「さて、どうしようかな?」
説得は……通じるかな?
僕は彼女を知っている。
彼女も僕を知っている。
幸いというか、仲は良い方だ。
たぶん。
ケンカはちょくちょくするけど、翌日には仲直りして、一緒に遊びに行く……なんてパータンはいつものこと。
だから、説得できると思うんだけど……
一応、保険はかけておこう。
――――――――――
「誰っ!?」
茂みから出ると、彼女が勢いよく振り向いた。
ほんのわずかな足音しかしていないんだけど、聞き逃すことなく、しっかりと探知したらしい。
すごいな。
勇者の能力なんだろうけど、どんなものなんだろう?
興味は尽きないけれど、今は、そんなことを聞いている場面じゃない。
「こんにちは、渚」
僕は笑みを浮かべながら、更科渚……幼馴染に声をかけた。
「え? は? あれ?」
渚はぽかんとして……次いで、表情をコロコロと変えた。
怒るような顔をしたり、泣きそうな顔をしたり……百面相って、まさにこういうことを言うんだろうな。
「彼方……? あんた、彼方なの……?」
「うん、そうだよ」
「でも、そんな……彼方は、あの日以来、行方不明になって……」
「渚も、今の状況なら理解できるんじゃないかな? 僕、この世界に召喚されたんだ。だから、そっちでは行方不明になっていたんだと思う」
「……そんな……」
あふれでる感情を処理しきれない様子で、渚は小さくつぶやいた。
その一言に、どんな思いが込められているのか?
測ることはできなくて、なんともいえない気持ちになる。
渚は再会を喜ぶように、笑顔と涙を浮かべて……
しかし、その顔は厳しく、視線は僕を鋭く睨みつけるものに変化する。
「渚?」
「ううん、そんなわけない……こんなところで彼方と再会なんて、いくらなんでもできすぎているわ。そう、そうよ、そんなことありえない……だから、これは……罠。そう、罠に決まっているわ。魔王軍の卑劣な罠なのよ……」
「あのー……渚さん?」
「よくも……よくもっ、彼方の名前を騙ってくれたわね!?」
「ちょ!?」
人間の限界を軽々と超えた速度で渚が迫り、拳を繰り出してきた。
ゴォッ! という音が耳の近くでする。
奇跡的に避けられたものの……今の、直撃していたら、文字通り木っ端微塵になっていたよね?
というか、次は避けられる気がしない。
「うーん」
悪い予感は当たる。
渚も相当な辛い環境下に置かれていたせいか、情緒不安定に陥っているみたいだ。
僕と再会できたことも素直に信じられず、なにかの罠ではないかと疑っている。
そうなるように、王たちにあれこれと吹き込まれたのかな?
だとしたら、許せないな。
まあ、それは後回しだ。
今は渚をなんとかしないと。
しないと……僕が死んでしまう。
「彼方の偽物め……消えなさいっ!!!」
「だが断る」
「え?」
僕は右手の中に隠し持っていた、小さなスイッチを押した。
ボンッという音が少し離れたところでして……
「きゃ!?」
勢いよく射出された網が渚に絡みついた。
「ちょっ……なによ、これ!? くっ、こんなもの……!」
渚は網から抜け出そうとするが、動けば動くほど逆に絡まってしまう。
特殊素材の網を発射する銃をあらかじめ召喚して、近くに設置しておいた。
それを遠隔で起動した……というわけだ。
特殊素材の網なので、そうそう簡単に破られることはないと思う。
動きも封じられているから、まともに力を出せないはずだ。
「これくらいで……! あたしが全力を出せば、力任せにしても……!」
「それを黙ってみているわけないでしょ」
「あっ……」
医者が手術で使うような麻酔薬を召喚して、じたばたともがく渚に嗅がせた。
麻酔ってかなり強力なんだよね。
それこそ、漫画に出てくるクロロホルムのような効果を発揮して……
「……」
渚のまぶたが閉じて、そのまま意識を失う。
ものすごい強力だから、取り扱いには資格が必要なんだけど……まあ、ここは異世界だから、そんなものは気にしないでいいよね。うん。
というわけで……
「勇者、獲ったぞー!」




