15話 二手三手、先を行く
巡回部隊のおかげで、敵の進軍ルートは把握できた。
ついでにいうなら、ぴったりと張り付いてもらい、逐一報告をあげてもらっているため、細かい動きも把握できた。
レーダーを使い、敵軍の動きを常に監視しているようなものだ。
当然、そんなシステムはこの世界に構築されていない。
誰も考えていない。
戦術レベルは、地球の方が遥かに上だ。
魔法とかに頼りすぎているせいで、そこら辺の発展がおそまつなんだよね。
そして、双眼鏡を召喚して、さらに敵の細かい位置を把握。
遠距離魔法で狙撃して奇襲をしかけた。
「うん、そこ……そうそう。そのまま、同じ場所に、もう一度魔法を叩き込んで」
「はっ!」
僕は人間だけど、クロエの賓客という扱いなので、基本的に、兵士のみなさんは言うことを聞いてくれた。
メリクリウスさんが言うには、エクスエンドを落とした手並みや、防衛網を構築したことが評価されて、反発する人も減ったらしい。
色々とやっておいたよかった。
おかげで、この戦い、問題なく勝つことができそうだ。
「よし。遠距離魔法はその辺にしておこうか」
敵の3割ほどを削ったところで、中止の指示を出した。
僕についてくれている部隊長さんが、不思議そうな顔をする。
「中止ですか? 今ならば、もっと打撃を与えられるような気がするのですが……」
「3割も削れば十分だよ。それに、欲張りすぎはよくない。思わぬところで足をすくわれかねないからね」
「はあ……」
納得していない顔だ。
それでも、命令に背く気配はない。
助かる。
「次のポイントに行こうか」
「え? しかし、敵はどちらに逃げるか、その報告はまだ届いていませんが……」
「大丈夫。なんとなくわかるから」
「は?」
不思議そうな部隊長と、その部下たちを連れて、次のポイントに移動した。
丘の上で、平原を見下ろすことができる。
「このようなところに敵軍が現れるとは……」
部隊長が困惑気味に言う。
それもそうだろう。
こんな見通しのいいところに現れたら、狙い撃ちしてくれと言っているようなものだ。
でも……
「あっ!?」
敵部隊が現れて、部隊長が驚きの声をあげた。
「よし。ここで、また痛い目に遭わせておこうか。狙撃開始」
「は、はい……攻撃開始!」
部隊長は戸惑いながらも、部下に命令を飛ばした。
すぐに反応して、兵士たちが遠距離魔法で敵を狙撃する。
連携訓練を行っているおかげか、わりとスムーズに動いてくれている。
「あの……どうして、敵の動きを読むことができたのですか?」
「ここに来るように誘導したんだよ」
先程の狙撃の際、一部、爆撃の包囲網に抜け道をわざと作っておいた。
そうすることで、敵の動きを誘導したというわけだ。
これは、ごくごく単純な作戦で、この世界でも使い古されているだろう。
ただ、そこにいくつか工夫を加えて、成功率をあげた。
まずは、ほどほどのところで攻撃を止めて、敵を完全に混乱させないこと。
必要以上の打撃を与えると深く混乱してしまい、抜け道に気づかない可能性がある。
ほどほどのところで留めて……
それでいて、損害を与えて冷静な思考力を奪うことで、誘導させたというわけだ。
それともう一つ。
攻撃の手を止めることで、魔力切れ……あるいは、射程外に逃れたと勘違いさせるという目的もある。
そうすることで、平原に逃げても問題はない、と思わせるようにしたのだ。
「な、なるほど……」
そう説明すると、部隊長は驚きと感心を織り交ぜたような、器用な顔をしてみせた。
「すさまじいですな。今回の戦、いきなりのことなのに、即座にそのような作戦を考えつくなんて……イッシキ殿は勇者だけではなくて、軍師もされていたのですか?」
「勇者だけだよ。まあ、その他にちょっとした隠し玉もあるけど、それは秘密で」
日本にいた頃は、ゲームやら漫画やら、色々と手を伸ばしていたからね。
その中には、本格的な戦争ものなんかもあったりして、こういう作戦が色々と描かれていた。
その知識は、この世界では武器となる。
せっかくの異世界召喚だ。
僕の未来のために、最大限に活用させてもらおう。
「敵の損害は?」
「5割弱というところでしょうか。どうします? ここで殲滅しておくか、それとも、再び逃がすか……」
「うーん……殲滅しておこうか」
敵は平原、こちらは丘の上。
地の利を手放すような不安要素はないし、このまま攻め続けて、殲滅してしまおう。
「兵士たちの魔力残量は?」
「あと5分は、連続して魔法を撃つことができます」
「なら、3分だけ連続で撃って。完全に枯渇するのはまずいし、3分だけでも十分だと思うから」
「わかりました」
部隊長が兵士たちを見る。
「聞いたな? 適度に魔力を残しつつ、敵を殲滅するために……」
ゴガァッ!!!
「なんだ……?」
突然、爆発音が響いた。
部隊長を見るけど、自分はなにも知らないというように首を横に振る。
誤爆とか、そういうわけじゃなさそうだ。
そもそも、爆発音は平原の方から響いてきた。
なんだろう?
もう一度、双眼鏡を召喚して、なにが起きているのかを確かめる。
「……ウソだぁ」
生身の女の子が素手で魔法を弾き飛ばすところが見えて、思わずそんな声がこぼれた。
それだけじゃない。
女の子は3メートルくらいはありそうな岩を持ち上げると、それを投げつけて、こちらの魔法を迎撃した。
岩が砕け散り、破片が雨のように降り注ぐ。
痛い痛い。
「な、なんなのですか、あの人間は……?」
部隊長は唖然としていた。
うん、気持ちはよくわかる。
戦争中でなければ、僕も我を忘れて唖然としていたところだ。
でも、そんな風にほうけているヒマはない。
「たぶん、あの子が勇者なんだろうね」
デタラメな力は、たぶん、勇者としての能力なんだろう。
怪力? あるいは、超能力?
どちらにしても、厄介な能力だ。
それと……どこかで見たような女の子だ。
見覚えがあるというか、懐かしいというか、そんな感じがする。
「ど、どういたしましょう?」
部隊長の慌てる声で、現実に引き戻される。
「まさか、あのような力を持つ人間がいるなんて……このままでは、我らが軍の包囲網が突破されてしまいます。いえ、それだけで終わらず、エクスエンドを奪還されてしまう可能性も……」
「大丈夫だよ」
「もしかして、なにか策が……?」
「うん」
勇者の能力には驚いた。
でも、驚いただけで、諦めるようなことじゃない。
この展開は、予想の範囲内だ。
十分に対処できる。
「それじゃあ、終わりにしようか」