14話 侵攻
「カナタよ」
とある日の昼下がり。
固いパンを食べて、なんとか腹を満たしたら、クロエに睨まれた。
「カナタは我のものだ。それを理解しているか?」
「どうしたの、いきなり?」
「以前、メリクリウスを口説いていたそうだな? さきほど、部下が報告をしてきたぞ」
メリクリウスさんの素顔を見た時のことを、誰かに見られていたらしい。
そして、クロエがヤキモチを妬いたらしい。
正直、ちょっとかわいい。
うーん。
最初はそんな気はなかったんだけど、日に日に、クロエに惹かれているような気がする。
なので、弁明をしておこう。
「あのね。僕とメリクリウスさんは、クロエが思っているような関係じゃないよ」
「なら、どんな関係だというのだ?」
「それは……」
「失礼しますっ!」
狙っているのかな?
なんて思うタイミングで、兵士がやってきて大きな声をあげた。
彼に罪はないとわかっているんだけど、タイミングの悪さに、ついつい睨んでしまう。
兵士はビクリとしつつも、忠実に任務を果たす。
「我らが魔王軍の領域に、人間の軍が侵攻しているのが確認されました!」
「それは、巡回している人からの連絡?」
「はい、そうであります!」
どうやら、うまい具合に巡回部隊が機能しているみたいだ。
よかった、よかった。
「巡回部隊からの報告によると、敵は勇者の模様です!」
よくない!?
――――――――――
「はぁ……まいったなあ」
巡回部隊からの報告によると、人間の軍が再び侵攻してきた。
いずれ来るだろうと予想はしていたものの、ちょっと早い。
できることなら、罠などをしかけておきたかったけど、そうもいかない。
もう一つの問題は、敵が勇者ということだ。
アスガルド王国は、どうやら、すぐに僕を見限り、次の勇者を用意したらしい。
節操がないというか、よくもまあそんなことができるというか……
思わず呆れてしまうけど、でも、同時に舌打ちもしたくなる。
普通の兵士なら対応できるようにしたつもりだけど……
勇者となると別だ。
なにかしらの能力を得ているはずだ。
前回の戦いから、二ヶ月くらいかな?
そんな短期間で軍を立て直せるわけがない。
それなのに、再度の侵攻を企んだということは、それだけ勇者の力に頼っているところが大きいということ。
それだけの強力な能力だということ。
厄介なことになりそうだ。
「ふむふむ……なるほどな。確かに、カナタの言う通り、厄介かもしれぬ」
「イッシキは力だけではなくて、知識もあるのですね。頭の回転が早く、軍師のようですね」
現状を説明すると、クロエとメリクリウスさんは納得するように頷いた。
現状を理解してくれたのだろうけど……
それにしては危機感が足りていない気がする。
「けっこうピンチなんだけど……二人共、そのことは理解している?」
魔王軍は、色々と鍛え直している最中だけど、まだまだ完璧には程遠い。
異世界の知識を活かして、あれこれとやっているものの、いかんせん、時間が足りない。
勇者の能力次第では、負けてしまうこともある。
エクスエンドがあるから、いきなり魔王城に攻め込まれることはないけど……
状況と展開次第によっては、詰む可能性もある。
「ふふんっ、こちらにはカナタがいるではないか! 我のカナタがいれば、人間の軍など恐れるに足りないわ!」
「非常識なイッシキなら、このピンチもなんとかしてしまうのではないかと、悔しながらそう考えています」
クロエだけじゃなくて、メリクリウスさんまで……
僕、そんなに頼りにされていたの?
そんなことを聞かされたら……
「やるだけやってみようか」
期待に応えないと、男じゃないかな?
――――――――――
「はぁ……なんで、あたしがこんなことを……」
新しい勇者として召喚された日本人で、元女子高生のナギサ・サラシナは深い深いため息をこぼした。
突然の異世界召喚。
そして、地球に……日本に帰りたければ、魔王を倒せと言う。
無茶苦茶な話だった。
誘拐犯に拉致された挙げ句、強制労働をさせられるようなものだ。
一発でアウト。
犯罪以外の何者でもない。
しかし、この世界の人間は、召喚した者は自分達に従うことが当たり前と信じて疑っていないらしい。
女の子ではあるが、ナギサは気が強い。
ふざけんなと、王の顔面をひっぱたいてやろうかと思った。
ただ、さすがにそれはやめておいた。
というか、そんなことができない状況だった。
異世界に召喚されて、地球人は自分一人だけ。
味方はゼロで、同じ人間も、ほぼほぼ敵のような状態。
生きるためには命令に従うしかないのだった。
「魔王討伐とか……まったく、なんであたしがそんなことしなくちゃいけないのよ。でも……断れないか。あたしは、絶対に地球に帰るんだから……そして、あいつを見つけるんだから」
ナギサは決意を固めるように、拳をぎゅっと握りしめた。
「魔王が誰だか知らないけど……悪いけど、あたしに倒されてもらうわよ。幸い、この能力は便利だからね」
ナギサが授かった能力は派手なものではない。
というか、ごくごくシンプルなものだ。
その内容は……身体能力の強化。
能力を知った時、最初、ナギサは落胆した。
大したことないじゃないか。
異世界召喚といえばチートなのに、そんなことはない、つまらない能力じゃないか。
そんなことを思ったけれど……それは間違いだった。
ナギサの能力は、紛れもないチートだった。
なにしろ、大岩を片手で持ち上げることができて。
鋼鉄の剣で斬りつけられても、かすり傷一つ負うことがなくて。
風よりも速く駆けることができる。
文字通り、ナギサは一騎当千の力を得たのだ。
これに歓喜したのは、ナギサを召喚したアスガルド王国の面々だった。
これで、魔王軍に奪い取られたエクスエンドを奪還できる。
ふざけたことをしてくれた礼ができる。
王を始め、アスガルド王国の面々は満面の笑みで、ナギサに出撃命令を下した。
逆らうことはできず、ナギサは渋々ながらも戦いに赴くことになったのだった。
「っても……あの王様たち、変なこと言ってたわよね? エクスエンド……とかいう街は手に入れてもいいけど、それ以上はダメ。魔王城は落さないように、って。なんでダメなのかしら?」
ナギサは不思議に思うが、それ以上考えるのを止めた。
王たちがなにを考えていても、どうでもいい。
自分は、地球に帰るために、なんでもやるだけだ。
そう決意して、ナギサは、派遣された兵士たちと一緒にエクスエンドに攻め込もうとして……
ゴガァッ!!
瞬間、爆音が響いた。
わずかに遅れて業風が巻き上がり、ナギサと兵士たちを飲み込んだ。
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