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バンソー!  作者: 志馬なにがし
9/43

8km

 伴走は二人三脚に似ている。


 夏奈は左手、俺は右手に一本のロープを持つため、ふたりの腕の振りに合わせると自然に二人三脚みたいになる。これが疲れてくると、腕の振りが揃わなくなって、終盤引っ張り合いのぐだぐだになる。そんなときこそ、心の中で「いち、に、いち、に、いち、に」を呟いて二人三脚をキープする。


 また、意外と伝わってくるもんなんだなと知った。


 夏奈がスピード上げたいときは引っ張られる感覚がロープ越しに伝わってくるし、逆にペースを上げ過ぎると逆に俺がロープを引っ張っているような気になる。「落ち着いてください」と言われている気にすらなる。


 ときたま夏奈が『自由に走れている!』って感じがする。そんなとき夏奈は楽しそうな顔をする。それが伴走っていうものの理想なのかもしれない。


 からっとして日差しも強いからか、走っているとすぐに汗が出た。風が吹く度に涼しさが頬を撫でた。横から、はっ、はっ、はっ、と夏奈の息づかいが聞こえる。俺も、はっ、はっ、はっ、と同じタイミングで息を吐いた。集中すると夏奈の足音が聞こえる。もしかすると夏奈の心臓音すら聞こえてきそうだ。


「二分一〇秒!」「ちょっと早いですね。もうちょっとゆっくりにしましょうか」「二分四二秒!」「今度は遅すぎますね」


 最初こそはペースがつかめずにいたが、「二分二四秒」「二分一八秒」「二分二一秒」と段々わかってきた。というより夏奈がペースを作っている感じだ。


「ど、どうですか? このペースなら、走れ、そうですか?」


 一三周、五キロを過ぎた辺りで、息を上げた夏奈が聞いてきた。


「なんか、いつもよりは、楽」

 少しだけ強がってそう答えた。


 一四周――二分三〇秒。ペースが落ちてきた。


 一五周――二分三二秒。六キロ。いつもはここで終わり。ここからは未知の領域。


 一六周――二分二九秒。喉の奥から血の味。腕がだるい。


 一七周――二分二五秒。足の疲労を感じる。脛あたりの筋肉が痛い。


 一八周――二分四二秒。腕を振るのがきつくなってきた。足首が痛い。


 一九周目の真ん中あたりでついに足が止まりそうになった。太ももから足の先までビリビリと痺れて、疲労物質が溜まりに溜まったような感覚が下半身を包んでいる。加えて上半身は腕が限界。ロープを持っていない左手はだらんと下げて走っている。横っ腹が痛くて呼吸が辛い。


 はぁ、はぁ、はぁ。

 はぁ、はぁ、はぁ。


 ふたりの呼吸音だけが聞こえた。


 夏奈をちらりと見ると、前だけを見据えて腕を振っていた。


 十八周と半周。距離にして七・四キロ。人生でこんな距離走ったことがない。今日はこんなもんか。そう思って足を止めそうになったとき、横から声がした。


「あと、六〇〇メートルです! 早淵さんっ!」


 その声が俺の足を先に進める。


「後ちょっとで、最後の一周です! がんばりましょう!」


 夏奈は上がっている息の中、俺を励ましてくれた。

 そうだよな。今日は二〇周、走るって決めたもんな。


 最後の二〇周目に差し掛かった。酸欠なのか頭がぼうっとする。一歩一歩、命を燃やして走っているみたいだ。体がふわふわして、喉の奥には血痰の味。鼓膜には自分の心臓の鼓動しか伝わってこない。ただただ気力で走っている。

 

「最後の直線、ラストスパートです! 早淵さん」


 最終カーブを曲がるとき、夏奈の弾んだ声が聞こえた。


 はぁ、はぁ、はぁ。


 最後の直線――夏奈が歩幅を大きくする。それについていく。それでも夏奈は歩幅を大きくして、まるで競争みたいになってゴールまで駆け込んだ。最後の最後の力を絞り付くしてゴールした。


 ド、ド、ド、と心臓が大きく脈打っている。肩で息している。汗がつうっと粒を成してぽたぽたと地面へ落ちていく。全身が火照って、特に太ももが燃えるように熱い。


「あ――――――ッ!」


 気が付くと咆哮していた。

 走りきった俺は、伴走用ロープを持ったままその場に倒れてしまう。


「きゃっ」


 短い声と同時、夏奈がよろめいた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ごめん。ちょっとこのまま寝かして」

 風が吹いて頬を撫でる。

 はぁ、はぁ、とまだ息が荒い。まだ微熱が残っている。


「早淵さん」

「ん?」


 夏奈が嬉しそうに言う。


「走っちゃいましたね。目標の二〇周、八キロメートルですよ。八キロ! おめでとうございます!」

「夏奈はもっと走れそうなの?」

「そうですね……私はまだいけます」

「スタミナお化けが」


 夏奈は足を止めそうになった俺を励ましてゴールさせてくれた。

 今回走りきれたのは夏奈のおかげ。

 ふたりで走るって、いいこともあるんだな。

 心が折れそうになったとき夏奈が励ましてくれた。


 紛れもなく夏奈のおかげなんだ。


「早淵さん、ハイタッチしませんか?」


 この子となら、俺はどこまでも行けるかもしれない。

 そんなことを強く感じずにはいられなかった。


「楽しかったですか?」

「もちろんッ! ありがとう」


 起き上がって夏奈の手のひらと手を合わせた。


 パチン!


 手の平がじんとして、それは走りきった微熱に似ていた。


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