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バンソー!  作者: 志馬なにがし
6/43

5km

 音葉はフローリングに正座して俺が山にしていた洗濯後の洋服を畳み始めてくれた。黙ってても結局手伝ってくれる音葉には感謝はしている。


 クイックルワイパーを手にして前傾姿勢を取ると太ももから鈍痛がした。筋肉痛だ。


「夏奈ちゃん楽しそうだったね」

「走ってたらさ、まだ走りたそうな顔するんだよ。もう一周いこっか、って言ったらすっごく喜ぶしでさ……調子に乗って何周も走っちゃって……おかげで筋肉痛だよ」

「可愛いかった?」

「そりゃもう!」

「JK目当てでランニングとか、走る変質者だよ。ロリコン」


 音葉が女子高生を犯さんとする悪豚オークを見るような目で俺を見ている。

 ……極度のデブ専に変態呼ばわりされる俺ってなんなんだろう。


「直線はひとりで走れるそうだけど、カーブは無理なんだって。道がどれだけ曲がっているかわからなくて、まっすぐ走り抜けちゃったり、曲がり過ぎちゃったりするんだそうだ」


 昨日、店長から五〇センチくらいのロープの輪を渡され、それを夏奈と握り合って走ることになった。夏奈が右側に立ち、俺が左側。夏奈と歩幅を合わせて、腕の振りを合わせて、ペースを合わせる。

 ふたりがふたりとも遠慮し合って、最終的にすごくスローペースになってしまった。それでも四〇〇メートルトラックをだらだらと一三周ほど走った。距離にして五キロ弱。高校の部活で、長めのランニングさせられたときの距離ほどだ。久々に走るとしんどかった。


 目が見えない人。


 そういう人と初めて関わりを持った。

 勝手な思い込みだけど、そういう人はどこか陰があるものだと、そう思っていた。


 全然違った。


 夏奈はふつうの女の子だった。礼儀正しく、明るくて、俺の冗談にもよく笑う、走ることが好きな女の子だった。いや本当、陰があるとか勝手な思い込みだったわけで。


 一方、あんなに走ることが好きなのなら、もどかしいだろうなとを思った。


「残酷だよな」


 呟くと、ん? 音葉が台所から顔を出してきた。


「何かリクエストある?」

「音葉の好きなものでいい」

 マイエプロンを身に着けた音葉は「じゃあイタリアンだね」とキッチンから顔を出して腕まくりをした。


 音葉は二口しかない狭小キッチンで器用に料理している間、俺は折り畳みのテーブルを取り出して、部屋の中央にセッティングしたり、座布団を出したり、皿を並べたりした。手慣れた行動に、ふと違和感を覚える。


「思ったんだけど、これって本当にひとり暮らしって言うのか?」

「してるじゃん。ひとり暮らし」

「ほぼ毎日、音葉と飯食ってるよな? バイト先か、バイトないときはこうやって」

「だって友くんひとりにしたら何も食べないでしょー」

「食うよ」

「コンビニのホットスナックとかお菓子は食べたことにならないんだよ」


 音葉はフライパンをあおってパスタにソースを絡めている。それを皿に盛って、できたよーと音葉は声を上げる。


「キャベツとアスパラのクリームパスタとじゃがいものフリッタータでーす」


 自慢げに料理名を披露しながら皿を運んできた。


 テーブルの上にチーズがたっぷり乗った生クリーム仕立ての特大パスタと、六等分されたキッシュのようなオムレツ風の料理が湯気を立てていた。ぐうと腹がなる。口の中が涎で溢れていた。


「友くんは予想以上に自分じゃ何もできないからなー。音葉がついていなきゃダメなんだよ」

 音葉はそう言ってニコッと笑った。うちの母さんのお節介な部分が音葉にうつったのだろうか。いただきますと言うと、いただきますと音葉が続いた。


 料理の味まで母親に似て、濃くて俺好みの味だった。

 まあ……そうなるよな。

 食事を終えたあと音葉はテレビでくつろぎタイム、俺は皿洗いの後片付けタイムになっていた。


『花言葉は、どこか遠くへ、という言葉なんですが。それではラストミステリー。その花言葉の由来は次のうちのどれでしょう』


 音葉は世界のふしぎを発見するクイズ番組を見ながら、「ねー花の種とはちみつ、どっちだと思う?」と訊いてきた。

 キッチンで皿を洗いながら、水の音に負けじと声を張って答える。


「花の種!」

「じゃあ、はちみつにしよ♪」


 じゃあ訊くなし。


『正解は、花の種でした~』とテレビからクイズの正解が発表されたようで「うそ~!」と、音葉の大きな声がした。


「友くん! 信じられない、花の種だって! あんなに尖っていたのに!」

「なんの話だよ」


 皿をすすぎ終わって部屋に行くと、番組スポンサーの子会社紹介がエンドロール仕立てで放送されていた。「このぉーきーなんのきー」と聞き馴染みのある音楽を音葉が歌ってる。なぜにこぶしを利かせるか音葉よ。結局花の種の真相を話す気はないようだ。


「もう一〇時前か」

 スマホで時間を確かめると、音葉は壁際に畳んでおいた布団に横になった。


「おい、パンツ」

 別に見る気はないけど一応指摘しておくと、前髪をつまみながら「今日泊まろうかな~」とか言いやがるので、「じゃあ俺が音葉の家で寝る。鍵を出せ」と要求した。


「そうですか。そうですか。やることやったら女は帰す。どうせ音葉は体だけの女」

「飯で『体をつくる』って意味じゃ、体目的だな」


 いーだ!

 と、音葉はジャケット着ながら玄関に向う。

 頬を膨らまして、ずんずん足音を立てて進んでいく。


「やめろ。一階の人の迷惑になるだろ」

「じゃあさ! 夏奈ちゃんが泊まるって言ったら!?」

 なんの「じゃあさ」だよ。

「そりゃ慌てるね。慌てふためいてむせび泣くね!」


 ドン、と体の内側から打撃音が響いた。音葉は無言で拳を突き出してきやがったのだ。


「み、みぞおちに正拳突き……だとッ。もはや狂気の沙汰……痛……」

「じゃあさ! また夏奈ちゃんに誘われたら走るの!?」

 だからなんの「じゃあさ」だよ。

「俺が痩せてもいいのかよ」

「良くないから聞いてるんだよ!」

 すでに激怒に近い音葉は、叫びながら背伸びして怒ってくる。


「じゃあ走らねえよ……」


 俺はだれかに頼られるような人間じゃない。そうちゃんと自覚している。

 だれかを支えたりなんて、そんな重たい仕事、出来る気がしない。

 安請け合いして失敗して信頼を失う、なんてことは痛いほど経験した。


「人から頼られることなんて、やるもんじゃないし」


 失敗したらどうしよう、そんな考えが先だってしまう。

 だからやめる。今回も、走らない。

 すると、走らねえって言っているのに、音葉はムキ――ッ! とさらに怒った。

 さっきからなんなんだ。


「夏奈ちゃんはだれかに頼らないと走れないんだよ! そんくらいわかれ! バカちん!」

 そしてバンッと出て行ってしまった。


「……なんなんだよ」


 部屋に戻るとスマホが振動した。

 いつもみたく、音葉の『ごめん』だろうか。そう思ってメッセージを開くと、音葉からメッセージは一通も入っていなかった。しかし見慣れない名前からメッセージが入っていた。

 その差出人を見てドキッとする。


 なつな 22:05

 【夜分遅くにすみません。

  明日は走られたりしますか?】


 夏奈曰く、「え。これでも女子高生ですからLINEしますよ~。キーボードでまさしくブラインドタッチですよ」とのことだったので、ID交換していた。まさか本当にメッセージがくるとは思わなかった。


 ……このメッセージはどういう意味なんだろうか。


 誘っている? ……のかな?


 ………………どうしよう。


【しばらくバイトが忙し】

 そこまでスマホに入力したときだった。


『だれかに頼らないと走れないんだよ!』


 音葉の声がリフレインする。


 しばし考えて、俺は一度書いた文章を消した。

「まあ、横で走るだけだし」


 友弥 22:24

 【18時からバイトだから、17時から40分くらい走ろうかなーって思ってた】



 メッセージを送った直後、すぐに既読がついて、『じゃあ私と走ってもらえないですか!』と返信が届いた。ひとり暮らしのしんとした部屋で「返信早っ」とひとりニヤついていた。



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