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バンソー!  作者: 志馬なにがし
5/43

4km

 神は二物を与えず。


 こんなことは言ったらダメなんだろうけど、与えられなかったもの――夏奈にとって『目』がそれに当たるのだろう。

 夏奈の話を聞いたとき、俺はそんなことを思った。


 可愛そうだとか、大変そうだとか、勝手に夏奈を同情する自分がいた。

 しかし当の本人と店長は違った。


「あっ、目が見えないっていっても全盲じゃないんですよっ! 右はちょっとだけ見えてて」

「夏奈は小学校のとき目を悪くしてな。こうやって、初見の人は顔を触ってどんな顔か見るんだよ。って言っても、そんなことしても怒らない人限定だけどな」


 そんなことを笑い飛ばすように言っていた。

 人間の感覚の大半は視覚が担っている。それを奪われた状況を「ちょっと不器用なんだ~」くらいのノリでふたりは言ってくる。乗り越えたというべきなのか受け入れたというべきなのか。


 ……じゃあ俺は?


 そんな前向きなふたりを目の当たりにして、夏奈よりずっと軽いだろう傷を受け入れられていない自分がいることに気がついた。



 友弥 17:37

 【家から野菜が届いた】

 音葉 17:37

 【すぐ行く~】



 音葉にLINEすると、そっこうで返信があった。


 母親から届いたダンボール箱はやたらと重く、あまりの重さに何を入れやがってんだと玄関で開いてみると、案の定一〇キロの米が底の方に埋もれていた。こっちで買うからと呟いても母親には届かない。電話するたびに「食べてる?」と聞かれることから察するに、よほど不摂生から痩せゆく息子を想像して心を痛めているに違いない。今度、再会したあかつきには「あんた痩せれば?」と態度を一変させることだろう。


 米をどこに保管していいのかわからずとりあえず冷蔵庫に仕舞うと、ひとり暮らし用の冷蔵庫は米でいっぱいになった。玄関に残されたダンボール箱にはまだまだ大量の野菜が残っている。このまま外に出していると駄目になりそうだ。


 使いきれるかなあ、なんて頭を掻いているとアパートのチャイムが鳴った。


「うわー。キャベツにアスパラ、じゃがいも。うわーウドまであるよ! おばちゃんセンスが渋いなー! いえーい今宵は春野菜祭じゃぁあああああああ!」

「母さんから手紙だって」


 秋梨音葉様へ、と墨字で書かれてた手紙を渡す。達筆すぎて果たし状にしか見えなかった。なぜ手紙だとこうもかしこまるか母上よ。

 しゃがみこんでいた音葉が見上げて、「え?」と目を輝かせた。まるで小学生みたいな笑顔だ。


 俺んちはボランティアで『こども食堂』というものを開いていた。共働きの家庭とか、片親で夜働いている家庭とか、そういう子どもたちを自分ちの夕食に呼んでいっしょに食べるという活動である。「ひとりなんだ」そんな声を聞くと、母さんはほっとけない人だった。一度、自分の子どもに寂しい想いをさせる親たちを鼻で笑ったことがある。母さんは俺の口をつねりながら諭すように言った。「頑張って生きている人を笑うことが一番ダメ」――きっと人のために生きる人だった。


 音葉もウチに夕食を食べにきているひとりだった。


 家がとなり。幼稚園いっしょ。小学校いっしょ。母子家庭。そういう状況で、幼稚園から中学のとき音葉が引っ越すまでは毎日夕食をともにしていた。俺たちはメールなりLINEなりで連絡は取っていた。そのときも、音葉は「おばさん元気?」とうちの母さんを気にしていた。たぶん音葉にとっては二人目の母親なんだろう。


「部屋入れよ。こんな狭いところでふたり並ぶ必要もないだろ」


 ワンルームの廊下兼キッチンを抜けて部屋に入る。


「この前掃除してあげたのに……」


 部屋に入るなり音葉は唖然とした声を出した。


「掃除してあげたって、音葉が指示だけ出して結局やったの俺じゃん」

「そりゃそうだよ。このままじゃ友くんダメダメになっちゃうじゃん」


 音葉はキッチンの下から市指定の燃えるゴミ袋を取り出して「はい」と笑う。しぶしぶ受け取って、ゴミをその中に集めていった。

 窓を開けた音葉は、万年床となった布団を畳んで座る場所を作った。フローリングにちょこんと正座して俺の母親からの手紙を開いて、「わーおばさんの字だー」と真ん丸な目をして読みふけっていた。


「友弥は大学行っていますか? だって。正直にチクっていい?」

「やめてくれ。仕送りが止まる」

「大学始まって一か月でサボる人がいるのかな~?」


 ちくりとお小言を頂戴いたしました。


 みんな行くから、大学に行く。ただそれだけの理由だった。数学が苦手だから文系にしよう。なんになりたいか、何かしたいか、そんな未来のことは大学入ってから。中高の知り合いがいるところには行きたくない。よし、なら遠くでひとり暮らしだ! けど知り合いゼロよりは音葉がいる方がマシ。そんな中途半端な考えで音葉と同じ大学を選んだ。そして本州最西端のこの町にやってきた。


 いざ新生活がスタートさせてみてわかったことは予想以上に自分が空っぽなことだった。大学の講義は三分の二出席すればよくて、例年過去問通りに出題されると噂の定期試験のほとんどは音葉に頼めば過去問が手に入る。いやマジちょろいわ大学。そう思った。一方で、こんなぬるま湯の中で何か見つかるんだろうかと焦燥感がじわじわと湧いた。だから大学そっちのけでバイトに精を出してみたりした。これを自分探しって言うのだろうか。


「高校のときの友達とか連絡とってる?」


 高校の話をされると気分が落ちる。ため息をつくと、音葉は「ごめんいじわるだったね」と言って、クローゼットからクイックルワイパーを取り出した。無理に笑った感じで「はいっ」と渡してきた。「はい」と受け取って、強制掃除タイムの始まりにため息をついた。



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