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バンソー!  作者: 志馬なにがし
42/43

41km

 夏奈は退院して、一週間、自宅療養をした。その自宅療養後、大会まで二週間の時間があった。


 その間、俺たちはできる限りのことをした。主に伴走の練習だ。


 これまで若干といえど、道の輪郭ぐらいは見えていたものが、視界がゼロになった。夏奈曰く、霞みがかったもやの中のようだと言っていた。


 日常生活でも、夏奈は白杖と呼ばれる白い棒を使って路上を歩くようになった。まだ慣れないけれど、練習しておかないと、ということらしい。


 ラスト二週間。二週間しかなかった。


 ゆっくりと夏奈を走ることに慣れさせた。


 伴走の声掛けを一から見直した。夏奈が視界に頼らなくて走れるよう、どこまで声をかければいいのか互いにすり合わせた。


 ローカーボローディングという食事制限も行った。これが一番辛かった。


 カーボとはカーボン。つまり炭素、炭水化物のこと。ロー(欠乏した状態から)カーボ(炭水化物を)ローディング(ため込む)という手法で、大会の一週間前から炭水化物を食べずに肝臓を空にする。そして大会三日前から、食えるだけ食え! というものだ。お米を食べられないのは辛かった。米を食わずに練習すると、タイムも距離も伸びない。すぐバテる。大会大丈夫かな……とふたりで不安になる。


 ただ、最後の三日は天国だった。約半年ぶりにラーメンを食べた。夏奈も連れて行った。案外、器の位置を教えたら、目が見えなくてもラーメンは食べられるようだった。すげえ楽しいラーメンデートだった。


 そして。


 待ちに待った当日がやってきた。



 十一月四日(日)下関海響マラソン大会当日。



 スタートは朝の八時三〇分ということで、朝五時に起きた。


 朝から走りたくてうずうずしていた。


 最初は三日坊主かなって思っていた。けど夏奈と走って、道具を揃えて、死ぬほど練習して……。すっかり脂肪がそぎ落とされた腹筋を撫でて思う。がんばったなあ。


 本当、走りたくてうずうずする!


 夏奈にLINE。【起きてますよ!】という元気なメッセージが帰ってきた。


 なぜこんなに早起きするかというと、レース三時間前に食事する必要があるからだ。


 冷凍のうどんに餅を入れて力うどんを作る。夏奈に何食べているか聞くと、【力うどん!】ですって。何コレ俺たち運命で繋がっているのかもしれない♡


 朝七時に店長が車で迎えに来てくれて、その車の中で俺と夏奈はバナナを食べた。


 さっきから食べてばっかだな、と笑うと夏奈が無意味に身を摺り寄せてきた。あの日以降、たまに夏奈がしかけてくる謎行動だが、めちゃめちゃかわいいからアリだ。


 なんとなく大学に入ったって、やりたいことなんかわからなった。


 焦ってバイトとかしても見つからなかった。


 けど今は言える。

 夏奈をゴールさせたい!

 夏奈の願いを叶えてやりたい!

 走りきろう。夏奈のために。そして俺のために。



 受付を済ましてスタートゲートに集合していった。この前の花火大会より人口密度が高い。参加者一万人。いままでの、どの大会よりも人数が多い。


 今日の天気は晴れ。十一月にしては気温が高い。今は一〇度ぐらいだけど、あとから二〇度近くまで気温が上がるらしい。


「人混み凄いですか?」

「ああ、凄いぞ。スタート直後は気を付けよう。今のウチに端に寄っておくか」


「はい」

「やっぱり見えなくて、不安か?」

「いっぱい練習したじゃないですか」


 そう言って笑い飛ばす夏奈。

 もう大丈夫! とまではいかないかもしれないけど、めっちゃ練習した! とは言える。


 夏奈が目をつむっても走れるぐらいには練習したつもりだ。


 端っこに移動していると、竹・短ペアがいた。


「竹川さん、短澤さん、おはようございます」

「おはようございます!」と夏奈が続く。

「あ! いたいた!」

 短澤さんは俺たちを見つけるなり、どこかに電話した。


 竹川さんは静かに、「今日はがんばろう」と唸るように言う。


 昨日は寝れた? とか話していると、人混みにモーゼの十戒のような割れ目ができた。

 そこからイカツイ顔がやってくる。鬼木さんだ。


 みんなもそこまで避けなくても……。

 鬼木さんは、最後の最後まで俺たちを心配してくれていた。


「これ、塩タブレットだから二〇キロ地点ぐらいで食えよ。あとブドウ糖も入れておく。これは捕給食ゼリーな。お腹空いたら食え」


 ガサガサガサガサ、と俺のポシェットに物を詰め込んでいく。


「お腹空いたらって、そんな余裕ないですって」


 捕給食ゼリーってなんだろう、と見ていると、ウイダーインゼリーをコンパクトに凝縮したようなゼリーだった。手のひらサイズでおにぎり一個分くらいのカロリーが取れる。


「いいか? 給水所では必ずスポーツドリンクを取れ、水は飲むな。スポーツドリンクなら砂糖も塩も入っているから」


 いつまでも俺のポシェットに不足がないか心配してくる鬼木さんに、短澤さんが鬼木さんを制す。


「鬼木さん。そろそろスタートゲート付近でスタンバイしなきゃじゃない?」


「…………そうだな」

 鬼木さんはまだ何か忘れていないか目を泳がせていた。


「鬼木さん、今までありがとうございました。俺たち走りきります!」


「私も、ありがとうございました! サブ(フォー)必ず達成します!」


 うぉー! と泣き出す鬼木さん。抱き付いて、ひげをじょり当ててくる。痛い痛い痛い!

 スタート前にここまでしてくれる人がいるだろうか。


 短澤さん、竹川さんにも、伴走指導で本当にお世話になった。


「ありがとうございます!」


 叫びたくなっていた。空に叫ぶと、夏奈も真似した。


「「ありがとうございます!」」


 焦った短澤さんが「ねえ、やめなよ」と言ってくるのが面白かった。


『下関海響マラソン二〇一九。まもなくスタートとなってまいりました』


 会場の空気がピリッと引き締まる。

 いよいよだ。練習してきた終着点。

 本当の闘いが始まる。

 本当のゴールに向かうんだ!

 そして――。



 パンッと、乾いた音が秋空に響いた。


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