27km
その日の練習は身が入らなかった。
まじかー。
まじかー。
壊れた機械のようにそれしか言葉にしていない気がする。
どうにかなりますよ! 今日は走りましょ! と夏奈はなんとか俺を元気づけてくれようとしていたのに、上の空でなんか悪いことしたな。
帰ってからネットで調べてみると、近隣に今からエントリー可能なマラソン大会は二つほどあった。
防府読売マラソン。
福岡国際マラソン。
……どれも制限時間が四時間とか三時間とか、超ガチな大会である。外国人選手呼んで、世界記録は出るか! みたいなガチ大会である。福岡国際マラソンなんか、二時間三〇分で四〇キロ地点のゲートを閉門しますって書いてあった。鬼木さんレベルでもきついんじゃね?
来年に回すしかないのか? なんか悔しいな。
自宅でひきっぱなしの布団に座って悶々と考えていると、LINEにメッセージが入った。
なつな 20:48
【こんなのありました!】
夏奈が送ってきたURLをクリックすると、そこは出走権を譲渡するサービスとやらにに繋がっていた。
出走権を得た人が都合により出場できなくなった場合、誰かに出走権を渡せる、そういうサービスだ。マラソン大会の参加費用は地味に一万円とかする。基本キャンセルが利かないので、走らなければ一万円をドブに捨てることになる。しかし出走権を譲渡できれば、手数料を除き大半が帰ってくるという仕組みらしい。
希望が見えてきたかもしんない! それにしても……目が見えないのに、あの読み上げツールでネットサーフィンして見つけたのだろうか……。執念を感じる。
なつな 20:52
【早速エントリーしてみます!】
基本的に伴走者はブラインドランナーの付き添いなので、エントリー不要だ。夏奈がエントリーする際、伴走あり、とだけ申請すればよい。
目の見えないなりに苦労したんだろうな、といった感じで、一時間後に返信があった。
なつな 22:01
【エントリーしましたが四〇〇番でした(>_<)】
七月二四日(火)
まだ譲渡は行われていないようだ。気にせず走ろうと夏奈と決めた。
あのダラダラ走に名前があったことを知る。LSDと言うらしい。改めて鬼木さんに正しいやり方を教えてもらった。
・キロ七分。心拍数一二〇~一三〇拍/分以下になるように走る。
・目安としておしゃべりしながら走れるくらい気楽に。
・一回の目安は三〇分~一二〇分。
主な効果。
①毛細血管を増やして酸素をたくさん含んだ血液を循環させることができるようになる。最大酸素摂取量が上がる。
②脂肪燃焼、速筋をマラソンに向いた遅筋に変える効果がある。俺にはもってこい。
今日はLSDを一二〇分、一七キロほど走る。
また鬼木軍曹から、大会前に出場するマラソン大会のエントリーを忘れずに、と念押しされた。帰ってから二大会ほどエントリーする。一〇キロの大会と、三〇キロの大会。
七月二六日(木)
今日は初めてビルドアップ走というトレーニングをした。
俺たちのメニューは、合計一〇キロのメニューだった。
・最初の二キロはジョギング。
・次の二キロはキロ五分二〇秒ペース。
・次の二キロはキロ五分ペース。
・次の二キロはキロ四分四〇秒ペース。
・最後の二キロはなるはや限界まで早く走る。
こうやってペースを上げて、最後は限界まで追い込むトレーニングらしい。最後は頭真っ白になるほどきつかった。
主な効果。
①心肺機能の強化。
②ATペースの向上。
鬼木さんはたまにさらっと知らない用語を使ってくる。
ATペース……糖分を使わず、脂肪を燃焼させながら走れる領域のこと。
鬼木さん曰く、四〇キロも走ると、体中の糖分を全部使うらしい。脂肪も上手に使わないとエネルギー切れになるそうだ。もはや奥深すぎる領域に入りつつある。
来週、大学の定期試験だ。音葉に走ってて大丈夫? と心配された。必須科目だけでも死守する!




