25km
気が付けば梅雨は空け、日差しが強くなっていた。
七月だ。
夏奈の期末試験が落ち着いた七月一〇日。俺は夏奈と鬼木さんを連れて、大学のトレーニングルームにいた。ガチャン、ガチャンと金属が軋む音が響いている。屈強な男たちが自らの肉体を鍛えに鍛えている。腕を太ももくらいに太くしてどうする気だろうか。それにしてもここは少し汗臭い。
鬼木さんはいかにも関係者って顔をしていた。トレーニングルームの主と言えるラグビー部の男たちが鬼木さんに挨拶していた。同じアスリートとして何か感じるのだろうか。きっとどこかのコーチと屈強な男たちは勘違いしているに違いない。
鬼木さんはベンチプレスをしている屈強マンを見てぼそりと言った。
「いいわぁ……」
「鬼木さん?」
あけみちゃんが出てますよ。
鬼木さんは目を見開いて俺へ顔を向けて、こほんと咳ばらいをした。
「あーっと。今日は『最大酸素摂取量』を測るぞ」
「最大酸素摂取量?」
夏奈が小首をかしげた。ちなみに夏奈は見知らぬトレーニングルームでどこに何があるかわからないため、俺の腕を掴ませて、俺が先導している形になる。トレーニングルームで女と腕を組みやがって、みたいな屈強マンからの目線がさきほどから痛い。耐えるしかない。
「最大酸素摂取量ってのは、一分当たりにどれだけ酸素を取り込めるか……ってまあランナーのスタミナ値やレベルみたいなものだ。一般人で三〇ぐらい。俺だと六七。マラソンでサブ4を達成するなら最低でもこのレベルが四〇は欲しい。ちなみに世界記録狙うプロたちはこの数値が八〇を超える」
お前たちがどこまでできるのか、何が課題なのか、それを測るためにもこのスタミナ量を測ることは大切だ――そう鬼木さんは続けた。
「正確に検査しようとすると専門の装置が必要で、それこそ体育大学とかにしか無い。だから今日はこれを使う」
そう言って、鬼木さんは隣にある器具をポンと叩いた。
「ランニングマシン……ですか」
設定した速度でベルトコンベアが動いてその上を走るアレである。
「そう。ちなみに、倉林はランニングマシンでも走れるのか?」
「……はい。手すりを持ちながらでいいなら」
「手すりを持ってもかまわん。倉林が走るときは、転倒フォローできるように、俺と早淵が両サイドにつくから安心しなさい」
「はい! よろしくです!」
夏奈が元気よく答えたところで、俺は訊いた。
「で、鬼木さん、俺たちは何したらいいんですか?」
すると鬼木さんはニヤリと口角を上げた。
思っていたよりシンプルだった。
そして、思っていたよりもきつかった。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあはあ、はあ、はあ、あぁああああああああああ!」
キュルキュルとランニングマシンのベルトが回る音がする。
鬼木さんから言われたことはただ一つ。一二分間ひたすら全力疾走しろ。それで何メートル走れたか計測する、というものだった。
常時一〇〇パーセントのランニングってどれだけきついかおわかりだろうか。いつも一〇キロ走るとき、感覚的には六〇パーセントぐらいの力で走っている。六割ぐらいの力だと、長距離を走ってもそこまで辛くない。辛くなくなってくる。それは体が慣れるからだ。
しかし、一〇〇パーセントで命を振り絞るような走りは普段からしていない。そんなことすると翌日まで響くし、めちゃめちゃ疲れるからだ。
「一二分まで、あと、五、四、三、二」
「あぁああああああああああ!」
「終了~」
……絞りつくした。死ぬかと思った。マジでキツイ。キツイ。キツイ。
耳が遠くなって、ドドドドドド、と心臓の音しか聞こえなかった。下を向いて息を整えていると汗が鼻先からボタボタと落ちてきた。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
その後、夏奈も走る。同じように命を燃やし尽くしたような顔をしていた。
「早淵が二四二五メートルで、倉林が二一八七メートル」
驚いたことに、結果を見るとなんと俺の方が走っていたのだ。
「計算すると、早淵が四三・七で、倉林が三八・七だな」
鬼木さんは電卓を叩いてそう言った。
「いつもは夏奈の方が長く走れるのに、なんで俺の方が、数値が高いんですか?」
「そりゃ早淵は水泳部だったんだろ? それで肺活量自体は常人よりあるんだよ。けど体の使い方が下手だもんな」
鬼木さんの話をまとめると、こういうことだった。
◆俺
・まだまだ体が重すぎ。
・スイマー体質で上半身の筋肉が付きすぎ。
・腹筋・背筋の体幹および下半身の筋肉が足りない。
・走り方が下手。地面からの反発を利用せず、筋肉で走っている。
◆夏奈
・理想的なランナー体質。
・体の使い方も上手いが、後は単純に肺活量や走力を伸ばす必要がある。
以上。
俺たちはそれぞれの課題を見つけつつ、少しずつレベルアップしていくのであった。




