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バンソー!  作者: 志馬なにがし
17/43

16km

 翌日。俺は久しぶりに陸上競技場に向かった。ある決意を胸に。


 夏奈に会ったら謝る。夏奈に会ったら謝る。夏奈に会ったら謝る。


 そんなことを考えながら、小雨の中を走った。


「あ、もしかして、早淵さんですか?」


 陸上競技場で夏奈をみつけて駆け寄ると、夏奈の方が先に話しかけてきた。


 以前のことだ。

 目が見えないのに俺だってわかるの?

 と訊いたことがある。


 夏奈曰く、足音だとか体格だとか雰囲気でわかるそうだ。そんな曖昧な情報で俺を見つけてくれる夏奈が愛おしい。


「夏奈」


 この間はごめん。

 そう言おうとした瞬間、夏奈は深々と頭を下げた。


「ごめんなさい!」

「え……」

「あのときは私がペースを上げて、あの人抜きましょうって無茶言ってごめんなさい!」

「いや、あれは俺が悪いだろ」


 あれは俺が勝手にオーバーヒートして、足つって、コケて走れなくなって……そういうことだろ? なんで夏奈が泣きそうになってんだよ。

 夏奈も責任を感じていたってことだろうか。しかも俺が陸上競技場に来ないから伝えようにも伝えられず何日も自分の中で抱えていたんだろうか。


「伴走は、私がペースを決める役目なんです!だから、私の責任で」

「いや俺が無理して自爆しただけだから」

「いや私が無理言ったからで」

「いや俺が!」

「いやいや、早淵さん悪くないじゃないですか」

「いやだって夏奈」


 俺と夏奈の押し問答。埒が明かなくなった。

 

「よしッ! この話終わりッ!」


 夏奈はキョトンとして、そして不服そうな顔をした。


 ははキョトン顔、かっわいいなぁ……。


 この子のために、何かできないだろうか。


 そのとき秋穂さんに言った言葉がフラッシュバックする。


『やりたいことやらしてあげればいいじゃないですか!』



 よし。



「俺、ちょっと行ってくるわ」

「へ? どこにですか?」


 夏奈の問いかけに、まあまあ、とあいまいに答えてから、俺は夏奈を置いてトラックの反対側に向かった。


 このサークルで一番走力がある人――つったら、この人。


 開脚して股関節を伸ばしている強面のおっさん――ガチ勢筆頭の鬼木のおっさんだ。


 その鬼木というおっさんは、うわ……この人……え……堅気の人だよね? その筋の人じゃないよね? という印象を植え付けるほどの強面。唇に刀傷……みたいなのがあって、その印象を強めてくる。それはそれは間近で見たら凄い迫力があるのだ。


 その鬼木さんは俺をチラッと見て、なんだ虫かって感じで目を逸らした。怖え。心が折れそうになる。勇気。勇気が必要だ。夏奈のため夏奈のため夏奈のため。魔法の言葉を呟いて、勇気を振り絞った。


「あの!」

「…………」


 返事が……ない……だとッ。マジかよ無視かよマジか。


「雨が止んでよかったですねー」

「…………」


 無視!


「小学校のとき運動会は何組でした? ちなみに俺は六年間ずっと赤組だったんですよーはは…………はは……はぁ」


 ……もう自分で何話しているか訳わかんねえよ。心が折れる。


「ちなみに、今はどちらの組に属されているんです?」


 軽口を叩いた瞬間、ギロッと睨まれた。


「って組ってそっちの組じゃないんですよ。組っていってもあっちの組で、そういう組じゃないんですよ。そういうのじゃ!」


 冷や汗で背中がびちゃびちゃだ。


「何?」


 根負けしたのか、鬼木のおっさんはようやく短い言葉を発した。


 俺は今がチャンス! と言わんばかりに、俺は地面に膝をついた。

 地面に額を擦り付ける。ザ・土下座スタイル。


「マラソンが走れるようになりたいんです! 今の俺なら一〇キロ走れるかどうかで。けど、走りきりたいんです! なんでもします! 教えてください! お願いします!」

「…………」


 しばしの沈黙が流れる。

 心臓が脈を打つたび冷たい血液を送っていくような感覚がした。

 いきなりふっと鼻で笑った鬼木さんは、「わかった」と言った。そしてトラックを指さしてこう続けたのだ。



「途中歩いてもいいから、今から四時間、とにかく走り続けてみな」


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