14km
「倉林秋穂、大学四年生です☆ 御社を希望した理由は」
「ちょっと~面接じゃないのよ~」
小ボケを挟んでみんなの笑いを誘う。しかし俺だけは笑えなかった。
ま さ か の お 姉 さ ま ☆
アハハ~ごめんごめん~と笑った秋穂さんは、正面に座る俺をキッと睨んだ。一瞬、空気がピリッとした気がした。
「カシスオレンジで~す」
と店員さんが細いグラスを持ってくるなり、秋穂さんはいっきに煽った。飲み干してゴンッとグラスを置く。
「今日も一社、落ちましたー! なんで私だけ就職できないのー!」
「「「イエー!」」」
一瞬、妙な雰囲気になりかけたその場の雰囲気を、自虐ネタで元に戻す秋穂さん。
「じゃあ秋穂さんに質問でーす。好きなタイプっていますか?」と細川が手を上げて訊く。
すると、「好きなタイプか~」と秋穂さんは唇に指を当てた。
「ん~……とくにありません!」
なんだよ~俺じゃないのかよ! と細川がオーバーなリアクションを取った。
お、なんかいい雰囲気だ。
今なら俺も乗っかれる気がする、そう思って俺は口を開いた。
「いやいや細川じゃなくて、案外、俺かもよー」
と。
まあ、これが秋穂さまの逆鱗に触れてしまったわけで。
秋穂さんは「逆に嫌いなタイプははっきりしてて~」と甘えるような声を出して、その後、俺をキッと睨んだ。
「大学生のくせに女子高生とニヤニヤしているロリコンかな。あと走れもしないぶよぶよの体のくせにマラソンとかやってるデブ。あとは相手のためとか勘違いしてる偽善者とか、そうそう、こんなドМ顔が一番ムリ―」
俺を指さしながらそんなことを言う秋穂お姉さま……俺の心は瀕死です。秋穂さんの豹変ぶりにみんなが引いている。
「じゃ、じゃあ……、早淵、次、自己紹介行ってみようか……」
この空気をどう変えたらいいのかわからないって顔して、細川は俺に振る。いや俺に振るのかよ。俺はオレンジジュース片手に立ち上がった。
「えーと。ドМ顔の早淵でーす……。ははっウケなかったっすね。えーと。俺んちはふつうのサラリーマンの家で金持ちでもなく、別に経営に興味があるわけでもないです。えーと、そうですね……まあ、俺は、偽善者って言われても、だれかのためになることがしたいですね」
そう言って着席すると、なぜか控えめに拍手された。
なんだこの会。
「うぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
電信柱に手を付いて、道端の側溝にレロレロを吐き散らしている女性がひとり。
秋穂さんである。
合コンの雰囲気をなかなかの毒舌で焼け野原にした秋穂さんは、友人の制止も聞かずひとりでアルコール度数の高いお酒を次々に飲み干し、酔いつぶれた。三対三の合コンは、いつのまにか二対ニになり、細川と田村はいつの間にか女の子といなくなっていた。そして、
「うぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
俺はこのマーライオンを押し付けられたわけである。
「ちょっと、秋穂さん大丈夫ですか?」
「らいじょふ、らいじょふ」
「呂律回っていないじゃないですか」
そう言って背中をさすると、目が据わった秋穂さんは、
「さわふなって! どうせ、おまえ、わたひのおっぱいめあてなんらろ?」
「そんなわけないでしょ! そんな汚れた胸元に興味ないですよ!」
秋穂さんの胸元はご自身のレロレロで汚れている。綺麗な人なのに、ホントに残念だと思う。酒が飲めるようになっても気を付けようと思った。
すると秋穂さんは自分の胸元を見て、
「あッ――――! めっちゃきたない~。いや~だ~きがえりゅぅ~」
そう言って、ブラウスを脱ごうとされる。路上で。
「ちょっと! 何やってんすか! ここで脱いじゃダメですって!」
「いや~だ~きがえりゅぅ~の~」
「ちょ! 脱ぐなって!」
「も~~~~しゃわ~あびたい~~~~」
今度は泣き出す秋穂さん。もちろん路上でそんなことするから注目を浴びる俺たち。
ひそひそ。路上で脱がそうとして? ひそひそ。あの子泣いてるわ。ひそひそ。警察?
周りの人が電話を掛けそうになって、俺は腹を据えた。
「ヘイ! タクシー!」
タクシーの止め方なんかわからなくって、生まれて初めてヘイ、タクシーなんて言った。