2006年4月1日~死~
2006年4月1日
「へくしっ」
春の日差しが降り注ぎ、生暖かくなってきた春の風が僕の鼻先をくすぐり始めた4月1日、僕は同級生の中で一番最後に満14歳を迎えた。
僕は自分の間違えに気がついた。
前衛を気にしながら高く緩やかに打たれたロブショット。
軟式用の白いテニスボールが太陽と同化して目が眩む。
幼い頃に赤色やオレンジ色で描いていた太陽は、こうして見てみると真っ白だった。
「眩しくてボール見えねーよ!」と相手コートの清水に大声で言いながら、僕はボールを追いかける。
「ごめん!高く上げすぎた!」と清水が言ったのと同時に、なんとかボールをとらえた僕は相手コートに打ち返す。
だがそのボールは白線を超え、アウトとなった。
「ゲームセット!」主審をやってくれた後輩の2年生がそう言った。
中学に入学した僕は、何かしらの部活に必ず入らなければいけないという面倒な校則に基づき、部活見学をした中で一番ゆるそうだった軟式テニス部に入部した。
「うちの部は、野球部やバレー部、サッカー部、陸上部、バスケ部とは違って、県大会や関東大会、ましてや全国大会なんて目指していません。楽しくがモットーです。つまり、僕たちテニス部は町内大会で一回戦負けが当たり前のような弱い部活です。」
当時三年生だった男子の先輩は、部活見学にきた僕たち一年生にそう言った。
たしかに、真剣な顔をして部活に取り組む他の部と比べて、テニス部の人たちはみんなニコニコしながらまるで遊んでいるかのように球を追いかけていた。
昨日見てきたバレー部は、顧問の先生に怒られて泣いている先輩もいたというのに、テニス部の先輩たちは顧問の先生とヘラヘラ笑いながらおしゃべりをしているではないか。
僕は、テニス部への入部を即決した。
僕の他に男子が8名入部したが、僕と気が合う奴ばかりだった。
つまり、弱くてもいいから、二年間楽しめる部活に入りたいというような8人が揃ったのだ。
8人はちょうど良かった。
ダブルスを組む際にあまりが出ないからだ。
顧問の指示で、僕は糸井哲也とダブルスを組んだ。
糸井は初対面でいきなりエロ本の話をしてくるような奴だった。
入部当時、エロ本なんて見たことのない純粋な一年生だった僕には衝撃的なことで、顧問にダブルスを組めと言われた時は少し嫌だった。
だが、今ではエロの話しで何時間も盛り上がれるほど、よき相方となっていた。
糸井の他に、糸井と小学校が同じだった清水や、その清水とダブルスを組んだ高橋とは、部活以外でも遊ぶようになるほど親しくなった。
入部から2年、県大会どころか町内大会でさえ勝ち進めたことはなかったが、毎日くだらないことで笑い合ってテニスをする日々はとても楽しいものだった。
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ゲーム終了に伴い、テニスコートの横に備え付けられた水飲み場に駆け寄り、ぬるい水を口に含んだ。
後から、糸井と清水、そして高橋がやってきた。
清水と高橋が笑いながら、アウトボールでゲームセットになった僕に「チホ、だっせ。」と言った。
「うるせーよ。太陽が眩しくて見えなかったんだよ。」
「清水、俺を警戒してあんなへなちょこボール上げたんだろ。」と糸井が清水をからかうと、清水は口に含んだ水を糸井に飛ばした。
「おい!汚ねぇよ!やめろ!」と慌てて言う糸井に僕たちが笑っていると、糸井は水を口に含み勢いよく飛ばして仕返しをした。
テニスコートに僕たちの笑いあう声が響き渡る。
くだらない。けれど、くだらないって、案外楽しい。
「おーい!12時だから終わるぞー!」
僕たちと同じ三年のキャプテンである種村の号令がかかり、僕たちはふざけあうのを一時中断し、片付けを始めた。
僕たちがコートを整備していると、午後練の女子部がちらほらテニスコートに現れ、
「早くコート空けてよ。」と文句を言い始め、僕たちは急いで片付けをし、テニスコートを後にした。
帰り際、2年生の堀川麻衣が駆け寄ってきて、「チホ先輩、お誕生日おめでとうございます。」と恥ずかしそうに小さな声で言った。
「どうも。」と僕はお礼を言う。
そのやり取りを、糸井と清水と高橋はニヤニヤして見ていた。
「じゃあ3時に集合にする?」
自転車通学している糸井と清水が駐輪場から出てきて、校門で待っていた僕と高橋にそう言った。
「チホんちでしょ?」と高橋が聞く。
「うん。チホ、ケーキ用意しておけよ。」と、清水が言った。
「俺の誕生日なのに、なんで自分でケーキ用意すんだよ。」
「ばっか。俺たちはめちゃくちゃエロい誕生日プレゼント用意してやったんだから、ケーキはお前が用意しろよ。」と糸井がにやけ面で自慢気に言うので、「それなら仕方ない。」と僕は返事をした。
そんな馬鹿なやり取りを校門前の桜の木の下で僕たちが繰り広げていると、校舎から部活を終えた吹奏楽部員たちがちらほらと出てきた。
それを見た清水は、「あ、吹部も今日午前連だったんだ。」
と言うので、「テニスコートまで聞こえてたじゃん。吹部の練習する音。」と僕は言った。
「あれ?そうだった?全然気にしてなかった。」と言う清水に、糸井と高橋も「俺も。」と言った。
あんなに聞こえていたのに、鈍感な奴らだなと僕が思っていると、「あ!」と急に糸井が校舎のほうを向きながら大きな声で言った。
「なんだよ?」と言いながら僕たち三人も糸井と同じ方向を向く。
吹奏楽部の女子たち数名が、ケラケラ笑いながら校舎から出てくるのが見えた。
「遠藤光も出てきたよ。チホちゃん。」と糸井が得意のにやけ面で僕に言った。
ケラケラ笑いあう数名の中に、確かに光もいた。
歩いてくる光達から僕は目を背け、「だから何だよ。」と糸井にそっけなく言うと、「糸井、やめろよ。」と高橋と清水も呆れながら糸井に言った。
光を含む吹奏楽部員が僕たちのいる校門にたどり着き、その中の一人の女子が僕たちに、
「あれ?テニス部も終わったの?」と声をかけてきた。
「春休み中、男子は午前連で、女子が午後連なんだ。」と高橋が答えると、
「そうなんだ。私達、春休み入ってから、今日が練習初めてだよ。しかも、10時から。」と言った。
「俺たちテニス部でさえ、土日以外は毎日8時から12時まで部活やってんのに。吹部ってめちゃくちゃさぼってるじゃん。」とからかう糸井のことは無視をして、「ばいばーい。」と早々に帰って行った。
僕の目の前を通りすぎようとする光を、僕は誰にも気が付かれないようにちらっと見た。
いつの間にか光の背を追い抜かしていた僕は、散った桜の花びらが光の頭のてっぺんについているのが見えた。
光が僕に声をかけないように、僕も光に声をかけることはなかった。
胸がぎゅっとなり、思わず胸をさすった僕に「チホ、なんで自分の胸触ってんの?いやらしい。」と糸井が言った。
「糸井・・・。いやらしいのはお前だよ。日頃、そうやってなんでもいやらしい目で見てるのがばれてるから、さっきみたいに女子に無視されるんだぞ。」と高橋が言うと、清水が「そう、そう。」と言い、僕たちは笑った。
「俺たちもそろそろ解散しないと、3時にまにあわないな。」
「そうだな。じゃ、また3時に。」
「おう、じゃーな。」
糸井と清水は校門を出て右に曲がり、高橋は真っすぐ、僕は左に曲がって進んだ。
僕は三人から自分の姿が見えなくなる場所まで行ってから、小走りをして光の姿を探した。
思った通り、光はまだそんなに遠くまで歩き進んでいなかった。
僕は、光に気が付かれないように早歩きをし、30メートル程の差まで近づいた。
どれくらいまで近づいたら声をかけようかと考えていると、光が急に後ろを振り返ったのでドキッとして僕は立ち止まった。
「一緒に帰りたいなら早くそう言えば?」
と光は怒ったように僕に言った。
「は?別に一緒に帰りたくねーよ。」と僕は言い返す。
「じゃあ、ついてこないでよ。」
「帰る方向が一緒なんだからしょうがないだろ。」
「走って私のこと追いかけてきたくせに。知ってるんだからね。」
「ちっげーよ。友達と約束があるから早く帰りたいだけだよ。お前こそちんたら歩いてんじゃねーよ。」
「じゃあ、追い越せばいいでしょ?」
売り言葉に、買い言葉。僕は立ち止まった足を動かして光の横に並んだ。
横に並んだ僕を、光はじっと見る。むっとした顔をしている。
その視線に耐えられず「早く歩けよ。」と僕が言うと、
「そっちこそ。」と光は言い、僕から視線を外して前を向いて歩きだした。
僕はその少し後ろをついて歩く。
「追い越さないの?」
「やっぱり一緒に帰りたかったんじゃん。」
と光が言う。
僕が「しつこい。」と返すと、光は黙って歩き出した。
光と一緒に帰るのはすごく久しぶりだった。
中学校に入学して半年くらいは、毎日一緒に登下校をしていた。
だが、ある時僕は「学校、一緒に通うのやめよう。」と光に言った。
光は「なんで?」とは僕に聞かなかった。
かわりに、「そうだね。」とひとこと言った。
僕たちに何か変化があってそうなったというよりは、周りの僕たちに対する目が変わったからそうなったのだと思う。
「パク・チホって人と、遠藤光って付き合ってるらしいよ。」
中学校に入学し、夏休みを過ぎたあたりから周りが急にそんな噂話をしだした。
「学校の帰り道、手繋いでたよ。」とか、「キスしてた!」なんて根も葉もない噂もされ、僕も友達に色々と聞かれたし、光もきっとそうだったのだろう。
もちろんそれは全部ただのうわさで、小さい頃は手を繋いだこともあったかもしれないが、光とキスなんてしたことない。
「チホ、キスってどうやってすんの?」
「どんな感じ?教えて!」
なんて興味津々に聞いてくるクラスメイトの男子に、「そんなのただの噂だから。僕、そんなことしたことないよ。」といちいち答えて、それでもからかってくる奴もいて心底うんざりしていた。
最終的に、
「キス以上のこともしたらしいよ。」
という中学一年生には刺激的すぎる噂まで広がり、
それが先生の耳に入って、僕と光は職員室に呼び出しまでされた。
なんと家にまで連絡されていて、僕と光の母親も職員室に来ていた。
「君たちはまだ子供なんだ。ちゃんとした知識もないのに、性行為をするのは大変危険なことだ。」なんて説教され、すぐさま光はその説教に割って入り、
「性行為って・・・。気持ち悪い。私、そんなことしてないのに。ただの噂です。」と光は言い泣きだした。
泣きだす光に僕は胸がすごく苦しくなった。
「たしかに僕と光はすごく仲が良いです。
小学校までのノリで一緒に登下校したり、下の名前で呼び合ったり、二人で楽しく話しをすることもあった。
だけどそれは、僕と光が親友だから。
小学校までは同じことをしてもこんな噂はされなかったのに、どうして中学生になったらこんな噂になるんですか。
僕が韓国人だから・・・。外国人だから目立ってこんな噂になるんですか。」
と僕は、ずっと思っていたが我慢して言わなかった言葉を吐き出した。
光につられて泣きそうになるのを我慢した僕の声は震えていた。
僕も光も噂をきっぱりと否定すると、先生は慌てて、
「いや、君が外国人だからってことはないよ。」と言った。そして続けてこう言った。
「中学生になると、体だけではなくて、心も大人になっていく。
そうすると、どうしても“男と女”を意識してしまう時期がくるんだ。
それはすごく自然なことなんだけれど・・・。
君たちと同じ年くらいの子たちは、敏感に男女だということを意識してしまう。
だから、君たちがすごく仲が良いのを見て、こういう噂がたってしまったんだろうね。」
と僕に言い、
「噂を真に受けて、傷つけてしまってごめんな。」と光に言った。
親たちも僕たちが噂を否定したことに安堵して、
「晃君も同じ学校だったらこんな噂にはならなかったのにねぇ。」と言い合った。
「晃君とは?」と聞く先生に、
「この子達、晃君という男の子と三人で仲が良かったんです。同い年なんですけど、その子は私立に入学したので・・・。」と光の母がいうと、
先生は「なるほど。そうですね。それならこんな噂にはならなかったかもしれませんね。」と言った。
「仲が良いのはすごくいいことだけれど、チホも光ちゃんも中学生になったんだから、他のお友達ともっと仲良くするのもいいのかもしれないよ。」と僕の母さんが言うと、光の母さんも「私もそう思う。」と言った。
僕は男で、光は女なのだと、強く意識したのはこの頃からだった。
その後僕と光は、学校ではあまり話さないようにし、気が付けばお互いに避けるように学校生活を送るようになった。
急に僕たちがよそよそしくなったので、「先生に怒られて、あの二人別れたみたい。」という噂が流れたりもしたが、人のうわさも75日というように、いつしか僕たちの噂をするものはいなくなった。
僕は、糸井や清水、高橋といつもつるむようになり、光は光で女子の友達とばかりといつも一緒にいるようになった。
「あの噂って本当だったの?」と二年生の時に糸井、清水、高橋に聞かれたことがあった。
「光は近所に住んでる幼馴染で、親友だった。
光は韓国にきたばかりの俺に優しくしてくれて、色んなことを教えてくれた。
外国人だからっていじめられたこともあったけど、いつも光が守ってくれた。
だけど、中学校に入ってあんな噂になって、もう仲良くすることは出来なくなった。
あの噂に本当のことは一つもないし、あの噂のせいで友情をなくした。
噂ってしてる本人たちは悪気がないのかもしれないけど、最悪だよ。」
僕が少しいらつきながら一気にそう答えると、三人は、
「ごめん・・・。」と言った。
「いや、もういいんだ。」と僕は言い、微妙にしてしまったこの雰囲気をどうにかしようと思って、「ちなみに俺は、糸井みたいにエロ本を読んだこともない。純粋なんだ。」とふざけて言った。
三人はそれに安堵したのか、その後はいつものようにふざけあった。
その話の流れで、
「なんだ。じゃあ、チホ、俺より子供だね。俺、キスくらいしたことあるよ。」と高橋が衝撃発言をし、
「え!?いつ?誰と?」と僕たちが聞くと高橋は勝ち誇ったように、「三年の水田先輩。」と言った。
「していいですか?って聞いたら、あっさりいいよって言われたからさせてもらった。」という高橋が、すごく大人に見えて、僕たちは「なんだよ、それ!?」と興奮しながら話した。
すっかり僕と光の話は忘れさられ、その後も特に光のことを聞いてくることはなかった。
糸井は馬鹿なので、たまに光を見かけると少しからかってくることもあったが、糸井だから仕方ないと思い僕は気にしなかった。
僕と光は、噂が消えてからも学校ではなるべく関わらないようにした。
でも、正直言うと、僕は光と話がしたかった。一緒に登下校したかったし、仲良くしたかった。
そう素直に光に話すことは出来ず、帰り道に光を見つけてはこっそり話しかけたりするのが僕の精一杯だった。
「チホちゃん、誕生日おめでとう。」
黙って歩いていた光が急にそう言った。
「あ、うん。」と僕が言うと、「何歳?」と光が聞く。
「お前・・・同じ年だろ。」
「じゃあ、14歳?」
「うん。まぁ、本当は15歳だけどね。」
「ほら。そういう意味わかんないこと言うから、何歳か聞かなくちゃわからないじゃん。」
「お前が何歳かいちいち聞くのが悪い。」
「はぁ。お前お前って、私、お前って名前じゃないんだけど。」
「なんて名前だっけ?」
と僕がふざけて聞くと光は持っていたスクールカバンで僕を殴った。
「チホちゃん、ほんとかわいくなくなった。」
「元からかわいくねーよ。」
「かわいかったよ。いつも、あきらー、ひかるーって後ついてきてたのに。」
「カタコトの日本語でさ、ひかるぅ、あそぼぉって。今ではお前呼ばわり・・・。」
「百年前の話はすんなって言ってんだろ。」
「なにが百年前だ。今、14歳なら・・・。あ、ちょうど日本に来て10年なんだね。」
「あ、ほんとだ。」
「ということは、私達が出会って10年なんだ。」
「10年ってすげーな。」
「10年も経ったら、色々と変わるのは当たり前だね・・・。」
光が寂しそうな顔で俯きながら言った。
「ガリ勉のこと言ってんの?」と僕が言うと光は顔をぱっと上げて僕を見た。その顔は怒っていた。
そして「晃のことガリ勉言うな。」と少し低い声で言った。
「はい、はい、すみませんでした。光ちゃんの大好きな晃君。」
と僕が嫌味ったらしく言うと、光は、
「チホちゃんだって晃のこと大好きでしょ?」と眉を思いっきり下げて悲しい顔をして僕に聞いたが、僕は何も答えなかった。
晃のことは考えたくない。
「あんなガリ勉のことは気にすんな。変わらないものもあるよ。」と僕が言うと、光は少し間を置いて、「何?」と聞いた。
僕は光の顔をじっと見つめたあと、視線を少し下にずらし、「お前のぺったんこの胸。」と真面目な顔で言った。
「お前さぁ、そんな痩せててちゃんと飯食ってんの?そんなんじゃ胸も育たないよ。制服着てなかったら小学生みたいだぞ。」
僕がそう言うと、光はスクールカバンをさっきより思い切り振りかざして僕を殴り、「糸井の悪影響!」と強い声で言った。
「なんで糸井?」と僕が笑いながら聞くと、
「あの人、教室でも廊下でもいつも大きい声でいやらしいこと話してるじゃん!ほんと不快!」
僕は笑いながら、「注意しておくよ。」と言った。
そんな話をしながら歩いていたら、あっという間に僕の家の前に着いた。
「じゃ。」と僕が言うと、光も「ばいばい。」と手を振った。
もう少し先にある自分の家に向かって歩いていく光を見ながら、僕は意味もなく「光。」と呼び止めてしまった。
「何?」と光が振り向く。
特になにも話すことがないのに呼び止めてしまった僕は、「なんでもない。早く帰れ。」とつい憎まれ口をきいてしまった。
「なにそれ。むかつくなぁ。」と言う光に手を振って僕が家の中に入ろうと光に背を向けると、
「チホちゃん。」と光に呼び止められた。
「仕返しで、なんでもないって言うなら振り向かねーぞ。」と僕が言うと、
光は、「チホちゃん、堀川さんっていう2年生の女の子と付き合ってるの?」と聞いた。
思いがけない光の問いかけに僕が、「は?」と言って振り返ると、
光は「女の趣味悪!」と僕を見て言った。
カチンときた僕が、「ガリ勉好きのお前に言われたくねーよ。」と言い返すと、
「ガリ勉好きって何さ。」と光も言い返してきた。
僕は一瞬黙って、言いたくなかったことを思い切って言ってやった。
「晃のことだよ。ガリ勉っつったら晃しかいねーだろ。
お前は人の女の趣味に口出す前に、あのガリ勉にどうやったら口きいてもらえるのかでも考えてろよ。ちょうど明日はあいつの誕生日だろ?
機嫌取りに参考書でもプレゼントしてやれば?
あいつがお前に会うのかは疑問だけどな。」と僕は一気に言った。
光はみるみるうちに目に涙を溜めて、それをこぼさないようにぐっと堪えている。
その姿にさえ僕は腹が立った。
「なんだよ。泣くのかよ?」僕が意地悪くそう言うと、光は後ろを振り向き何も言わずに僕の家の前から立ち去って行った。
僕は荒っぽく玄関を開け、「あら、おかえりー。」とリビングから聞こえる母さんの声を無視して階段を駆け上がり、自分の部屋に逃げ込んだ。
そして「、持っていたテニスラケットとかばんをぶん投げて、ベッドにダイブした。
泣きたいのはこっちだよ。光の馬鹿野郎。
「お前、あの時俺になんて言ったのか忘れたのか?」と僕は枕に顔をうずめて呟いた。
光の涙をこらえる顔が頭から離れず、心臓がぎゅーっと締め付けられた。
息をするのも苦しい。
僕はこの気持ちに答えを出せる日がくるのだろうか。
僕はダイブしたベッドからすぐに起き上がり、頭の中から光のことを無理やり消した。
そして、晃のことも。
3時に来る友達のことに頭の中をシフトチェンジした僕は、階段を下りてリビングに行き、母さんにケーキを買ってきてほしいと頼んだ。
「ケーキなら買ってあるよ。」と言う母さんに僕は感謝し、少し部屋を掃除した。
約束通りに3時に糸井と清水と高橋は現れ、僕たちはゲームをしたり漫画を読んだりケーキを食べて、それなりに楽しく過ごした。
くだらない話をしている最中に、
「サプライズゲストに、堀川麻衣ちゃん呼ぶか?」とふざけて清水が言うと、糸井と高橋もそれに賛同した。
だが僕は、「やめろよ。なんか、俺とあの子が付き合ってるとかいう噂があるみたいだし。」と言った。
「そうなの?」と三人が一斉に言う。
「わけわかんねーよ。」と僕が困ったように言うと
、
「いいじゃん。堀川かわいいし。」と高橋が言う。
「堀川、チホのこと好きなんでしょ?バレバレだよね。いつも周りの子達も騒いでるし。」
「堀川本人が、チホと付き合ってるって噂流したとか?」
「うわ、最悪。」
「なんで?かわいいじゃん。」
「かわいくねーよ。こえーよ。」
と三人は言いたい放題言って盛り上がっている。
「とにかく!俺はあの子を好きでもなんでもないし、この先付き合うことも絶対にない!」と僕が言うと、
「なんで?もったいない。堀川かわいいし、噂どおり本当に付き合っちゃえばいいじゃん。」と清水が言う。
「おい、お前さっきこえーとか言ってただろ。」と僕がつっこむと「ひがみだよ、ひがみ。」とケラケラ笑いながら適当なことばかりを清水は言った。
「チホ、他に好きなやつがいるんじゃねーの?」と核心をついてきた糸井に俺はドキッとして、
「お前は黙ってエロ本読んでろ。」と言ってごまかした。
6時ごろ三人は帰り、部活の疲れもあってか僕は風呂も入らずにいつの間にか寝てしまった。
次の日、早朝6時。僕は母のヒステリックな声で起こされた。
母の韓国語を久しぶりに聞いたな、と僕は寝ぼけながら思っていた。
そして、寝ぼけたまま母親に連れられて外に出た。
春といってもまだ早朝の外は寒く、僕はその寒さのおかげで一瞬で目が覚めた。
母に呼ばれて道路に出ると、救急車、消防車、パトカーが僕の家の少し先の道路に勢ぞろいしていた。
ご近所さんたちも、何があったんだ?と、ぞくぞくと家から出てきて人だかりができている。
その人だかりの中に僕の父さんを見つけ、何事なのかと聞こうと近づこうとしたその時、
「チホちゃん・・・!」
と人だかりの中から、ピンク色のパジャマに白色のもこもことしたカーディガンを羽織った光が僕に飛び込んできた。
僕の胸に飛び込んできた光の肩が震えている。
僕ははっとした。
人だかりが見つめる先に、誰がいるのかわかってしまった。
「晃っ!」
僕は光を振り払い、人だかりの先に行こうと駆け寄った。
「チホ、だめだ!」僕に気が付いた父さんに腕を掴まれ、
「父さん、晃だろ?」と僕は震える声で僕は言った。
「見ちゃ、だめだ。」と父さんは強い口調で言い、僕の腕を掴む手に力を入れた。
僕は振り返り、とっさに振り払って来てしまった光を見る。
光のそばには、光の母と僕の母がいて、光の震える肩を抱きしめている。
僕は父さんに光のそばに行くと伝え、腕を掴む手を放してもらった。
そしてその場に戻り、「ひかる・・・。」と弱弱しい声で光を呼んだ。
光は涙でぐちゃぐちゃにした顔で僕を見た。
4月2日、同級生の中で一番最初に満15歳を迎えた晃は、死んでいた。




