忘れっぽい彼女
「ごめん、教科書忘れちゃった。見せて」
隣に座る藤倉さんがそう言って机とイスを寄せてきた。
僕は「また?」と言いつつ内心ドキドキする。
藤倉さんは頭がいいくせにいつも教科書を忘れてくる。
その度に、机とイスを寄せてきて、僕の教科書を横から覗き込むのだ。
クラス一の美少女、藤倉さんの隣というだけでも緊張するのに、毎回こうして密着されるから本当に困る。
ひょこっと僕の視線の端から現れては「ふむふむ」とわざとらしく頷き、「きちんと聞いとるかね?」といたずらっぽい笑みを向けてくる。
その度に、僕は「聞いてるよ」とそっぽを向いて答える。
そんなやりとりが毎日行われる。
毎日だ。
いい加減、どうにかしてほしい。
僕だって健全な男子高校生だ。ドキドキしっぱなしで授業どころじゃない。
「今度、忘れ物リスト作ってきてあげようか?」
ある日、僕はそう言ってみたことがある。
「忘れ物リストを確認すれば、教科書忘れがなくなるかもしれないよ?」と。
けれども彼女は「ううん、いい」ときっぱりと断って
「だって、忘れ物しなかったらこうやってくっつけないじゃん」
と、冗談なんだか本気なんだかわからない言葉を放っていた。
彼女の教科書忘れ、もしかしたら確信犯かもしれないと思いつつ、今日も僕は藤倉さんに教科書をそっと差し出すのだった。