私が死んだら、こうやって憑りついてやる
背中を向けると君はいつも楽しそうに嬉しそうに、僕の背中におぶさってきてこう言ったね。
「私が死んだら、こうやって憑りついてやる」って。
ぎゅっと首をしめながら、甘く優しい声でいつもそう言っていたね。
「嫌だよ」って僕が言うと「なんで?」って聞いてきて。
「重いから」って答えると「ころす」って言ってきて。
そんなやりとりが、僕は大好きだったよ。
本当に本当に、大好きだったよ。
でも、もうできないね。
僕の隣に君はいない。
目の前にある墓標。
その下で君は眠ってる。
「私が死んだら、こうやって憑りついてやる」
今でも、そんなことを考えてるのかい?
僕の背中を虎視眈々と狙っているのかい?
そうだね、そうに決まってる。
だって、有言実行が君の長所だろ?
言った事は必ず実行してただろ?
わかってるよ。
墓の下で、僕の背中を狙ってるって。
しょうがないな、君にだったら憑りつかれてもいいよ。
僕は全然かまわない。
さあ、ほら。
君が憑りつきやすいように、背中を向けとくよ。
どうだい?
飛びつきたくなるだろ?
おぶさりたくなるだろ?
いいんだよ?
憑りついても。
もう「重い」なんて言わないからさ。
いつもいつも墓の前で言うセリフ。
何遍言っただろう。
けれども君は一度も出てこない。
僕の背中に憑りつきにこない。
言ったことは必ず実行する君なのに。
言ったことは必ずやり遂げる君なのに。
僕の背中に一度も現れない。
「なんだよ……憑りつくんじゃないのかよ」
ポツリと漏らす本音。
彼女のいない世界はまるで深い闇の中のようで……。
とても苦しい。
一度でいい。
一度でいいから、出てきてほしい。
あの甘える声で。
きれいな声で。
「こうやって憑りついてやる」って言ってほしい。
変わらぬ墓標に僕はいつまでもいつまでも背を向ける。
その時、春の風が桜の花びらを一面に舞わせた。
「私が死んだら……」
ふと、彼女の声が聞こえた気がした。
「こうやって憑りついてやる」
優しい吐息とともに、ふわりと背中に重みが増す。
季節は春だと言うのに。
まだ少し肌寒い朝なのに。
とても温かい……。
「君……なのか?」
そう問いかける僕に風は答える。
「そうよ」
「やっと、憑りつきにきてくれたんだね?」
「うそ。お別れを言いにきたの」
「どうして? 憑りつくんじゃなかったの?」
「だって私、重いでしょ?」
「そんなことないよ。一人の方が……ずっと重い」
「……ごめんね」
温かな風が僕の頬をなでる。
「今までありがとう」
彼女の言葉は、乱気流に乗って空へと飛んで行った。
ふっと軽くなる背中。
少しだけ感じた彼女の重みに、僕は幸せって何だったかを思い出し、泣いた。