メロンパンと女子高生
「メロンパンが好き」
彼女と初めて会った時、開口一番にそう言われた。
町中にあるごく普通のパン屋さん。
そこでランチの時間にトレーを持って品定めをしていると、背後からそう言われたのだ。
「メロンパン?」
振り返った僕の目に飛び込んできたのは、どこにでもいそうなごく普通の女子高生だった。
来ている制服からして近くの高校生のようだった。
「そ。私、メロンパンが好きなの」
そう言って、ひょいっと僕の横からトングを伸ばしてメロンパンをつかみとる。
そして何を思ったか僕のトレーに乗せてきた。
「いや、知らないし。てか、メロンパンなんか食べないし」
「えー知らないの? ここのメロンパンはおいしいんだよ?」
そう言って、もう一個メロンパンを乗せてくる。
「人の話、聞いてる?」
「聞いてるよ」
そう言って、さらにまたメロンパンを追加。計3個。
「聞いてないじゃん!」
「ふふふ、いいじゃない。可愛い女子高生がとってあげてるんだから」
「可愛い? は? え? 可愛い?」
「そこに反応しないでよ!」
ボスッと謎の女子高生の突きがわき腹に入る。
「ぐふっ」
「メロンパンは身体にもいいんだから」
「いやいや、聞いたことないけど。ていうか、きみ誰?」
「誰でもいいじゃない」
見たところサボりではないようだ。
お昼の時間だし、この界隈には他にも同じ制服の高校生もチラホラいる。
とはいえ、ここから彼女の高校は決して近いわけではないので、理由もなくこの辺りにくるなんて考えられない。やはりメロンパンが目当てなんだろうか。
「本当にここのメロンパン、おいしいの?」
「絶対おいしい。女子高生ウソつかない」
「さっき身体にいいってウソついたばかりだよね!?」
なんだかよくわからない子だったが、悪い子ではないようだ。
僕は3つのメロンパンが乗ったトレーを持ってレジへと向かった。
「ありがとう」
パン屋から出て、僕はすぐに出来立てメロンパンを2つ渡すと、彼女はとびきりの笑顔で礼を言った。
「よかった、優しい人で。実はね、今日財布を忘れてきてたんだ」
「財布を? ああ、だから驕ってくれそうな人を見つけてちょっかい出してきたわけか」
「それもあるけど……実はね、ちょこちょこあなたの事は知ってたの。いつもこのパン屋さんでお昼の時間に品定めしてるでしょ?」
しがない下っ端サラリーマンである僕は高い給料なんてもらえるわけもなく、ランチはいつも500円以内に抑えている。
近くに安い食堂なんてなく必然的にこのパン屋さんに来るしかないのだが、まさか見られていたとは気づかなかった。
「あなたの姿を見かける度にメロンパン買え~、メロンパン買え~って呪いを送ってたんだけど」
「ののの、呪い!?」
「あ、言い間違え。念」
面白がってる、絶対面白がってる!
めちゃめちゃ笑ってるし!
「とにかく、これで私の願いは叶ったわ。あなたにメロンパンを食べてもらうこと」
「そんなに食べてもらいたかったの?」
「だって、私メロンパン好きだもん」
なんだろう、話が全然かみ合わない。
今日びの女子高生というのは、こんなにもつかみどころのない存在なのだろうか。
とはいえ、確かに初めて買ったメロンパンはおいしそうだった。いつもは見向きもしなかっただけに、なんだか新鮮だ。
「じゃあね」
彼女はそう言って、両手に持ったメロンパンを一つ僕に差し出した。
「え?」
きょとんとしながら彼女から差し出されたメロンパンを受け取る。
「私2個もいらないもん」
「いや、3個乗っけたのは君じゃない」
「男の人だから2個欲しいかなーって」
「いやいやいや、だったらもう1個は別のにしたよ!? なんでメロンパン2個なの!?」
「ご愁傷様」
「それ、あなたが言います!?」
彼女は明るく笑いながら去って行った。
僕が買ってあげたメロンパンを持って。
僕はポツンとその場に佇みながら、彼女から手渡されたメロンパンにかぷりとかじりついた。
「……なにこれ、うまっ」
突き抜ける芳醇な甘さが脳天を直撃するほどのうまさ。
僕は口の中でいまだかつて食べたことのない美味しさのメロンパンを味わいながら、いなくなった彼女の後ろ姿をいつまでも思い浮かべていた。
とあるメロンパンが大好きな女子高生ユーザー様に捧げます。




