貧乏女神様
雪が降りしきる12月──。
財布の中を覗くと、そこには貧乏女神様がいた。
白いローブに身を包み、ちょこんと座って僕を見上げている。
大きな黒い瞳に、長いまつげ。銀色の長い髪はまるで絵本に出てくるお姫様のようだ。
僕は「はあ」と白い息を吐きながらため息をついた。
「まだいるんですか?」
その問いに貧乏女神様は「ええ」とにっこりほほ笑む。
眩しいくらいの笑顔だった。
彼女は数週間前からなぜか僕の財布の中に住み始めている。
同時に、ものすごい勢いで余計な出費がかさんでいった。
買ったばかりの革靴は底が抜けたり。
高かったスーツはペンキ塗りたてのベンチに座ってダメにしたり。
度重なる不運の連続で、僕の財布の中身は空っぽ状態。
これ以上損をしたくない一心で、今ではよれよれのスーツに履き潰した革靴を履いている。
「あの、お願いがあるんですが……」
僕は財布の中の彼女にささやくように声をかけた。
「はい」
貧乏女神様は笑顔で僕に目を向ける。
「できれば、その……出て行ってほしいんですけど……」
僕のその言葉に、貧乏女神様が悲しげな表情を浮かべた。
「私、お邪魔ですか……?」
「いや、お邪魔というかなんというか。実はあなたが僕の財布の中にきてから、出費がかさむんです。ふところが寒くなるんです」
「貧乏女神ですから」
ニッコリと微笑む貧乏女神様に、僕は何も言えなくなってしまった。
こんなにきれいな女性に微笑みかけられたら、これ以上出て行けとは言いづらい。
僕は二度目のため息をついた。
「でも」と貧乏女神様は言う。
「心配いりませんよ。必要最低限のお金は残しておきますから」
わけがわからない。
それは逆に言えば、必要最低限以外のお金はなくなってしまうということじゃないか。
「どうして僕なんですか?」
思わずそう聞いてしまった。
もしも貧乏女神であるならば、もっとお金を持っていそうな人のところに行けばいいのに。
しかし僕の問いかけに貧乏女神様はニコニコしながら答える。
「それは……あなたの心が温かいから」
「へ?」
「あなたのふところが、ポカポカしてるから」
「僕は寒いんですけど……」
そう言う僕に、貧乏女神様はクスクスと笑う。
うまいこと言った、と思われたのだろう。
きれいで美しい笑顔だった。
そんな彼女の姿に、僕もなんだか笑いが込み上げてきた。
「ふふ……ふふふふ……あはははは」
僕が笑ったのが嬉しかったのか、貧乏女神様も一層大きな声で笑った。
「あはははは」
「うふふふふ」
雪が降りしきる12月。
ふところは寒いけれど、なんだか心は温かかった。
こんな気持ちになれるのなら、貧乏女神様がいても別にいいだろう。
僕はそう思った。




