ファーストキスはレモン味?
「ねえ、知ってる? ファーストキスってね、レモンの味がするんだって」
突然、隣を歩く彼女がそんなことを言ってきた。
付き合ってまだ三か月。
高校に入って初めてできた彼女。
手つなぎデートをしたこともない僕にとって、それは衝撃的な発言だった。
「レ、レモン?」
いきなりのセリフに目をパチクリさせる。
ファーストキスという言葉もさることながら、酸っぱい果物の王様の名前が出てきたのでなんだか生唾が口の中に広がってきてしまった。
ゴクリと喉を鳴らす僕に気づいてか、彼女は慌てて訂正する。
「あ、へ、変な意味じゃないよ! さっき、レモンティー飲んだから、ふと思い出しただけ」
「ああ、さっきのカフェで」
僕らのデートはデートとも呼べないほどぎこちないもので、カフェでまったりしたり、近くを散歩したりとどこか年寄りじみている。
今日のデートも、ほぼ半日中カフェで本を読むという、何とも言えないものだった。
「それにね、ファーストキスっていちごミルクの味って説もあるんだよ?」
「へ、へえ」
レモンといちごミルクじゃえらい違いだ。
でもそれって、その時の状況によるんじゃなかろうか。
例えば、フルーツの飴をなめてたらそのフルーツの味がするだろうし、コーヒーを飲んでたらきっとコーヒーの味になると思う。
まあ、キス未経験の僕にはわからないが。
「ねえ、小金井くんはどんな味だと思う?」
彼女の質問にどう答えていいかわからず、僕は適当に「レモン」と答えた。
「へえ、レモン。意外な答えだね」
「そ、そうかな。白峰さんは?」
「私は……ミント味だと思う」
「ミ、ミント!? さっきレモンとかいちごミルクとか言ってたよね!?」
「だってミント味もありそうじゃない?」
「ま、まあ、ありそうっちゃありそうだけど……」
まさか別の選択肢もあるとは思わなかった。
すると彼女はタタタタッと僕の前に躍り出て、両手を後ろに組んで振り返った。
「じゃあさ、試して見ない!?」
「へ?」
「今から二人で。実際にしてみれば、わかるじゃない」
あまりに突然すぎて、思考が停止する。
な、何言ってんの?
「いいよ、しても」
グッと顔を突き出す白峰さん。
えーと、ほんとに何言ってんの?
柔らかそうな唇が、僕の両目に飛び込んでくる。
ヤバい、むしゃぶりつきたい。
僕はハッとして首を振った。
「いやいやいやいや。ていうか、ダメだよ白峰さん!」
「なんで?」
「だってファーストキスだもん」
「嫌?」
上目使いが殺人級だ。
なんだこの可愛さ。
「い、嫌なわけないよ。けどやっぱりファーストキスはここぞという時にとっとかないと」
しゅん、とうなだれる彼女。
ああ、抱きしめたい。
すごく抱きしめたい。
悲しそうな彼女の顔を見て、僕は思った。
これは、したほうがいいと。
「ほ、本当にいいの?」
「うん、いいよ」
そう言って目をつむる彼女。
僕は意を決して彼女の肩を両手でつかむと、震える唇に顔を寄せた。
みるみる彼女の唇が迫ってくる。
ああ、可愛い。
間近で見るとほんと可愛い。
僕は両目を瞑ると「えいや」とばかりに唇を押し付けた。
ぷに、という柔らかい感触とともに、得も言われぬ快感が脳を突き抜ける。
あ、キスした。
その実感だけははっきりとわかった。
柔らかくて、温かくて、しっとりとしてて。
どれくらいそうしていただろう。
長い、本当に長い時間、僕は唇を押し付けていた。
やがて。
「ぶはっ」
大きい呼吸と共に唇を離す。
恥ずかしすぎて死にそうだった。
彼女は口に手を当ててうつむいていた。
「ど、どう?」
尋ねる僕に彼女は答える。
「……き、緊張しちゃって、味わかんなかった」
「んぐっ」
ま、まさかのお答え。
味がわからなかったなんて。
ていうか、ぶっちゃけ僕もわかんなかった。
「うん、僕もおんなじ」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
「だ、だよねー! レモンの味なんて感じてる余裕ないよねー!」
よほど嬉しかったのか、彼女はそう言うなり「あはははは」とお腹を抱えて笑った。
それがなんだかすごく可笑しくて、僕も一緒にお腹を抱えて笑った。
「あははは」
「あははは」
ファーストキスはレモンの味。
本当かどうかは確認できなかったけれど、僕にとってファーストキスは「幸せの味」だった。




