プロローグ 前編
「………え?」
いつのまにか俺は真っ白な空間にいた。真っ白、そう真っ白だ。家具も景色も何もない、空中に浮いているんじゃないかという錯覚すら覚える、そんな場所に俺は一人寂しく佇んでいた。
「え……と……え?」
意味がわからない。なんで俺はここにいるんだ?というかここはいったいどこなんだ?こんな場所は夢の中ですら見たことがない。そうだ、そう、こんな景色は
「小説のなかでしか……」
俺はハッとした。もしかしてここは夢にまで見てずぅっと憧れていた[異世界転移]という奴なのでは!?
「つ、ついに俺にもこんな日がやってきたのかぁ!
」
俺は一人でニヤニヤとしながら次の展開を待っていた。早く、早く、次に来る展開がアレなら俺はついに………!
と、そこまで思考が行ったとき遥か高い頭上から突如神々しい黄金の光が降り注ぐ。
(きた! キタキタ来たよこれ!!)
ワクワクが止まらない。これは絶対アレが来る! そう思っていたのだが。
「なんだろう、アレは」
胸躍らせながら降臨を待つこと約10分程だろうか。一向に降りてこない。恐らくバタバタともがいているのだろうが、生憎とそこからの進展は見る影もなかった。
「……アレは俺が思ってたのとは違うなぁ……」
俺は憐れみを向けながら再びそちらへと目を向ける。
「くぅ…、ううん、ふぬっ、ううぅ、ううやー!! 抜けん! 抜けんぞ! 誰じゃこの演出を考えたのは!? ………あれ? ワシ? そう、そうじゃったかのう……?」
バタバタしていた遠目でも十分認識できる細く、白く、しなやかに伸びる足が急にダラーンと脱力した。さっきの発言の後だとすれば恐らく誰かに怒られているのだろうか。
急にシュンとした足がそれを物語っている。
「ハァ………」
この空間に来て何度目かの溜息が漏れる。いやだってなぁ? そりゃ俺だって期待してたさ、「ふっふっふ……、待たせてしまって申し訳ない! 妾は全知全能なる神にしてこの世界アガルティアを治めr——きゃわぁ!?」
とか言ってハマっちまう女の子じゃなけりゃなぁ!
「なんだろう……、もうなんだろう!?」
もう本当にどれくらいの時間がたったのだろうか。未だに、未だに! バタバタしている頭上から女の子とは別の声が降って来た。
「え〜……、若者よ、名はなんという?」
マジかよ、この状態で面接に入りやがった! しかし落ち着け俺、ようやく話が前に進み出したんだ、様式美なんてもうどうでもいいじゃないか。
「あの、深山燐って言います。」
威厳の感じる、低い声にそう返した。すると
「おお、深山燐というのじゃな」
「はい、そうです」
「む? その名前なら妾は知っておったぞ」
当たり前だろ。なんで神様的存在が俺の名前を知らないんだ。このジジイ本当に神様って奴なのか?
「確かに、ワシらはお主のいう神様とやらに該当する存在じゃ。」
おお、心を読まれたのか? ということは一応本物の神様って奴なのだろうか。
「そうじゃと言っておろうが」
「ではそろそろお姿をお見せいただきたいのですが。いい加減そこでハマっていらっしゃる女の子のパンティを眺めるのにも飽きてしまいましたので」
「へ?」
俺がそう言った途端、間の抜けた可愛らしい声が辺りにこだました。うん、今まで読んできたラノベの展開通りならこの後は。
「な、ななななな………!!」
ゆっくりと耳を塞いだ。
「なんじゃとおおぉぉおおぉぉぉ!!?」
プラーンとしていた足が再びバタバタと激しく動く。
「くッ、うぬっ、うううぅ、ふんっ! ううう〜! っはぁっはぁっ……」
相変わらず頑張ってルナー。もうすでに見飽きた上から目を逸らし、今後のことを考える。
(さて、もしこの後の展開が転移だとして、まずはどうするか。取り敢えず拠点の確保は必須だな。もしも城とかに転移させられるならしばらくは安全だろうが……、決まって荒事の処理とかに使われるからなぁ、それはちょっと困る。反対に家屋とかが見当たらない荒野とか草原だったらどうしようか。拠点の確保は難しそうだし、まずは自身の安全を確保するか? いや、でもなぁ……、安全に確保って言ったってどうやればいいんだろうなぁ。もしレベルとかの概念があるなら単純にレベル上げとかで強くなればいいんだろうけど……うーん難しいなぁ。)
そんな風にこれからの指針を決めあぐねていると。
「グスッ、ふぅっ、ヒック……、うう〜ジジイ〜助けてよぉ〜…、グスン…」
なんということでしょう。神様的存在が泣き出してしまった。
「おお、よしよし待っとれぃ、じぃじがすぐに助けてやるからなぁ、ちょっと待っとれよ、レヴィや」
「うん……」
……一体俺は何を見ているんだ。一昔前のホームドラマか? 神様同士の会話がお爺ちゃんと孫の会話になっているじゃないか、なんなんだこれは。
いい加減話を進めたい俺はしょうがなく、本当にしょうがなく発言した。
「あのぉ、よろしければ何か手伝いましょうか?」
神様らしき存在に手伝いを申し込む人間なんて恐らく俺が初めてなんじゃないか?
俺がそういうと
「おお、それはありがたい! ならばちょいとすまんがレヴィの身体をそちらから引っ張ってくれないか?」
「ににに人間ごときが妾に触れると申すのか!? 嫌じゃ! 断じて拒否する!」
……ふぅ。仕方がないな。
「あの、申し訳ないのですが、そろそろ私が何故ここに呼び出されたのか教えてくださいませんか?」
こんな女もう知らん。誰が助けてやるものか。この俺の態度にビックリしたのかお爺ちゃんの方から声がかかる。
「燐よ、そなたレヴィを助けるのを手伝ってくれるんじゃなかったのかの?」
「神様だろうが何だろうがですね、助けてもらうのにそんな態度を本人がしてるんじゃ助ける気になんてなれないですよ。」
お爺ちゃんは「むむ…、確かにその通りじゃ……」と唸るようにつぶやくとレヴィに対して諭すように言った。
「のう、レヴィや、あとでじぃじが何でもしてあげるからの? リンがお主に触れるのを許してくれないじゃろうか?」
そう言われたレヴィは、駄々をこねるようにモゴモゴ言っていたが、やがて諦めたかのように脱力した。
名誉のために本人には言わないが、あれだけ滅茶苦茶に暴れるように足を動かしていたのでレヴィの履いていたスカートは見事にめくれ上がっていた。正直もはや威厳も何も色気すらもあったもんじゃない。パンチラは時折見えるから興奮するのであってここまでガン見できる状況だとちょっと、なぁ?
そんなことをぼんやりと考えているとお爺ちゃんから声がかかる。
「よし、では燐よ。上まで来てレヴィを引っ張ってくれんか?」
ようやく交渉に成功したおじい——ジジイはそんなことを言った。いやいやいや無理でしょ。ただの一般人にこのジジイなんてこと言いやがる。何ですか俺に自力で空を飛べと? 無理だから、転移してから力を得るのが当たり前でしょうが。転移する前にそんな超常的な力持ってたら日本で使いまくってるわ!
そう思った俺はジジイに対して
「ハァ?」
と、イライラの限界に達している声で言った。
「ひっ!?」
「うおっ!?」
どうやら俺のこの切実な気持ちは伝わったらしい。ならば今度は言葉で伝えよう。
「あなた方は神様ですから気軽に空を飛べと仰るのでしょうが、生憎と私にはそんな便利な力がございませんのであんな高い所に行くのは自力では不可能です」
と、そう告げる。すると何故かレヴィが声をあげた。
「え!? 妾はそんな高いとこにいるのか!? ううぅ〜高いところ怖いよぉ〜!!」
「………もうやだ」
この言葉を呟いた俺を一体誰が責められるのだろうか。