シュガーコーティング
洗練された既製品の方がどんなにいいだろう――材料を求めて買いに出たはずが、そんなことをつい思った。店に来る前は何を作ろうかと沢山の案を練っては楽しんでいたのに、これというものがなく店を変え場所という場所を彷徨っているうちにすっかり勢いは消化されてしまったようだった。甘いものが苦手な貴方に、そう貴方は昔から貴方だけの苦みに酔っている。だから私、今日という今日はとびっきりの甘いチョコレートでその酔いを醒ましてあげようと思ったのに。
家にあった粉砂糖は期限切れ、とりあえずこれからのためにと一袋を手に取る。大体、「これから」なんて漠然とした未来を思い浮かべている時点で実用性がないのは明らかなのに、私ったらこういう期待に弱いんだわ。いつか使うかもしれないって、そう思っていたいじゃない。貴方がいつか私を必要としてくれはしないかって、そんなことを思うのよ。
口溶けの良いチョコレートクリームで包んだ小振りのケーキなんてどうかしら、まるで中学生がするようにキラキラに飾り立てて、そうしたら貴方笑ってくれるかしら。私は全然大人っぽくなんかないのに、大人扱いする貴方が悪いんだわ。貴方の方がずっとずっと大人なくせして、でも私がブラックコーヒーを飲めないのだけは子供だと貴方は笑う。あんな苦いだけのもの飲めやしないわ。
色とりどりのチョコレートスプレー、色の主張が多すぎて、どれが何色だかまるで見当がつかない。銀色のアラザンは一皮むいたらただの白い塊、やっぱりココアパウダーでしっとりと覆ってあげる方がいいかしら。ああいけない、もうこんな時間。
◇
店を出たなら、雨上がりの灰色の空に湿り気を帯びた風が髪を撫でる。こんな季節なのに風が人肌のように温かいものだから、まるで夏の夜のような爽快感すら覚えるの。意識するまでもなく訪れるこの胸の高鳴りを一体どうしたらいいかしら。わかっているのよ、今日が過ぎればこの高揚に意味がなくなってしまうことくらい。
寄り道することもなく一直線に家に帰り、作ることになったのはチョコレートチーズケーキ。結局は貴方の好みに合わせてしまったんだわ。ただのチーズケーキだったなら私の好みのレモンを少しだけ混ぜてみるけれど、チョコレートが主役の今日だから、レモンの代わりに蜂蜜で手を打ってあげる。勿論甘さ控えめの、ああでもこんな細工はもうなしにして、いっそ牛乳の代わりにコーヒーを入れてあげようかしら。好きと嫌いは隣り合わせね、私、貴方を喜ばせたいのか、貴方に嫌がらせをしたいのかわからなくなってきてしまったわ。
言うこと為すことが左右する私を見かねたかのように、不意に鳴る携帯の着信音。忙しい振りをしたい衝動に駆られるけれど、実際は考えるだけで何も始められていなかったのが現状で、私は素早く携帯に手を伸ばす。
「もしもし、どうしたの。貴方から連絡なんて珍しいのね」
「そうかな。これから空いてる?」
「何かあるの?」
「コーヒーによく合うケーキを買って来たんだ。君も一緒にどうかなって」
「それはもしかして、チョコレートチーズケーキではないかしら」
「驚いたな、ご名答。ああでも、二つあって……もう一つはレモンのチーズケーキ。君、好きだろ」
「……」
「ん、都合悪かった?」
「ええ、大好きだわ。どうしようもなく好きだわ、レモンのチーズケーキ」
「じゃあそっちに向かうよ、それじゃ」
さしずめネットなんかでよく行きあたる、「そのページは先まで存在していました」というような感覚かしらと苦い笑いを噛みしめて、私は急いで材料たちの片付けにとりかかる。こんなことならあれほど悩んだりしなかったのに、だけれど悩んでいる間が一番楽しかった……なんて、都合の良いことも考えていて。
とりあえず、日持ちの良い粉砂糖が買えたことを良しとしておきましょう。来る日のために、ね。