初恋
今日、僕はひとつの決心をして、学校に来た。
隣のクラスのある子に、僕は恋をしていた。
初めてその人を見かけた時、僕は心臓が止まったかのような感覚に陥ったのを、今でも鮮明に覚えている。
周りにいた誰よりも、君は輝いていた。
何が僕を惹いたのか、実は良く分からない。
例えようのない魅力が、君を包んでいた。
君はいつも周囲を笑わせて、君はいつもたくさんの友達に囲まれていて、でもその中に埋もれてしまうわけではなくて、暗雲を射る一筋の光のような存在。
僕は、君に恋をしていた。
それから毎日、それは思い出すのが憚られるほどの苦しみを耐え抜く日々が続いた。
どうしたのだろう、最初は理解できないままもがいていた僕だったが、やがてそれが恋なのだと自覚するようになってからは、ある程度の不安が取り除かれていた。
しかし、それに代わるように、毎夜毎夜、君は僕のまぶたの裏に現れて、僕を誘惑してきた。
あの、友達に向けられていた屈託のない笑顔が、僕だけのために向けられている。
それが偽りだとしても、僕は僕の作り出した君によって、不眠と呼べるほど長い夜をすごしてきた。
だからこそ、僕は決心をした。
今日、放課後、君を呼び出して、告白する。
何度も振り払ったその言葉を、今日はしっかりと飲み込んだ。
全ての授業を終え、掃除に取りかかり、そしてHR。
流れるようだった。
実際、流されていた。
僕の頭の中は、すでに君の事でいっぱいだった。
いや、いつだってそうだったんだ。
だから今日、こうして今まで味わったことのない緊張感を必死でなだめているんだ。
僕のクラスは、日直の号令を合図に散り散りになる。
さぁ、後は君を待つだけだ。
かばんを握りしめる僕は、廊下で隣のクラスが終わるのを待った。
君は、窓際の席でさわやかな表情を浮かべている。
また、僕を誘惑する。
手は、汗でびっしょりだ。
5分と待たないうちに、廊下にまで生徒の声が響く。
さぁ、ここからだ。
僕は、誰よりも早く、教室のドアを開けた。
まっすぐに、君を見つめて。
数歩歩み寄るうちに、君がこちらを振り向いた。
僕に気付くと、夢で何度も見てきたあの笑顔が浮かび上がる。
あぁ、幸せだ。
どうして、こう、幸せにしてくれるんだろう。
もっと、君とずっと一緒にいたい。
学校から開放された同級生たちの声が遠い、その雑踏の中で、君と僕だけが取り残されたかのように、静かに見詰め合っている。
「あの」
「ん、どーした?」
場所は、ここで良いと思った。
タイミングも、関係なかった。
僕は、一刻も早くこの気持ちを君に伝えたい。
何十秒もプールの底で息を止めていたかのような苦しさが襲う。
呼吸を求めて駆け上がる時のように、僕の鼓動は早まっている。
そして、ずっと抑え込んでいた思いが、暗い心の底を飛び出して日の光を浴びる。
「僕は……、君が好きです」
君の気持ちを考える余裕なんてなかった。
その言葉を吐き出す事で精一杯だった。
だから、その後すぐに君に表情が曇っていくことに気がつかなかった。
「……ごめん、いくらなんでも、それは無理だよ」
なんだ?
君は今、なんと言ったんだ。
あぁ、そうだ、僕を拒絶したんだ。
『無理だ』と、そう言ったんだ。
そうだ。
「……そっか。そうだよね、ごめんね」
どうして謝る。恋は、恋愛は自由なのに、そういってくれたのは他でもない君だったのに、その君に、どうして僕は謝った。
「あのなー……、お前――――」
涙で、君の表情が良く見えなかった。
もう、何を言われても理解できる気がしなかった。
僕は、なんてことをしてしまったのだろう。
「……俺たち、男同士だぞ。無理に決まってんだろ。冗談でも勘弁してくれ」
そう言い放つと、君は立ち上がり、僕の脇を通り過ぎて廊下へと歩いていった。
僕の恋は、再び海底へと沈んだ。
涙でできた深い海の底、誰にも到達できない僕だけの秘宝。
僕の初恋は、僕たちにとって忘れられないものとなっただろう。