冷やし系彼女と苦過ぎるバレンタイン
非リア恋愛闘争に飛び入りで参加させてもらっていました。
カカオ73%のビターテイストでお送り致します。
唐突だが、次の四つの数字を見てもらいたい。
214、314、1224、1225。
この数字の並びを見た瞬間にその関連性について的確に考察できる方がいたとしたら、その人はまず間違いなく天才か非リア充のどちらかであろう。
天才は問題作成者にも理解の及ばないこの数字達に込められた摩訶不思議な法則を見出し、一方で非リア充はこの数字にまつわる自分の黒歴史をチクチクと刺激され、思い出したくなかったのにと出題者を厳しく批判するのだろう。そして独り身の物寂しさを再認識すると共に、世の桃色空気の共同作成者達に向けて放つ呪いを込めたどす黒い瘴気の濃さをより一層増すはずだ。
ちなみにあの四つの数字を見てもピンと来なかった人は大丈夫。何の問題もないので、どうかそのままの貴方でいて欲しい。
さて、先ほど挙げた四つの数字の中に今回の話のメインテーマとなる数字がある。
それはもちろん、「214」である。
今日は俺が「214」に関することで非リア充達に殺意の込もった視線を雨あられと浴びせられる側であり、人生におけるいわゆる勝ち組に属する人間だということを実感する日であるはずなのだが、どういうわけか現在、意気消沈して部室の隅で真っ白に燃え尽きている。
誤解のないように言っておくが、もしもこのまま部屋から出て家に向かって帰り道を歩けば、まず間違いなく独り身の寂しさを分かち合う者達の嫉妬の視線に焼き殺されることだろう。焼き加減はもちろんウェルダン………いや消し炭になるかもしれない。
だがそこに、少しも誇らしいとか恥ずかしいとかモテすぎてやってらんないぜっ!などという浮かれておちゃらけた感想及び優越感を挟む余地は一ミリたりとも存在しない。
今、俺の目の前には学生鞄に入りきらない程の爆薬が、非リア充が火をつけたがるたくさんの起爆剤が鎮座している。
色とりどりのそれらは見た目にも華やかで、眼前に広がる光景はさながら天上世界の花畑の様であったが、その花園には決定的に何かが欠けていた。
本来あるべき、いや絶対に無くてはならない一輪の花がそこにはないのである。
なんだ、たかだか一輪くらいで文句を言うな、お前の目の前には誰もが羨む美しい花たちが溢れているではないか。という輩もいるであろう。その考えはよく分かる。
強欲だと言われてしまえばそれまでであるし、そこに一つも疑問反論抗議質問を挿し入れてはいけないという事ぐらい、卒園したての春から元気な小学生でも分かる道理である。
それでもあえて言い訳をさせてもらうなら、未練がましく地面を這いつくばって心の奥底に渦巻く情けない主張を吐露することが許されるのならば。
俺は溢れんばかりの花束よりも慎ましくも可憐で何よりも愛しい一輪の花が良いのだ、と大声で世界の中心から叫びたい。
その花さえあればこの塵芥となった心は十二分に満たされ、向こう一ヶ月は何があろうともまるで天国に上ったかのように幸福な精神状態を維持し続けることができるだろうから。
されど目の前の花々にそれはない。
何をしようと、もう二度と手の届かないところへ行ってしまったのだ。
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今日は節分からちょうどサッカーの出場人数分の日数を数えた平日の朝の学園である。
毎年、なぜかこの日になると生徒は、というかほぼ全ての男子生徒が暗殺予告をされた要人のSPのように警戒心を露わにする。朝から観察すれば、彼らが油断なく辺りを見回しながら行動する奇妙な光景を見ることができるだろう。
男子は皆学園の門までそわそわと挙動不審に辺りを見回しながら登校し、下駄箱を爆薬が仕掛けられた現場に挑む爆弾処理班のように慎重に開け、教室に恐る恐る入って自分の机の周囲を念入りに観察する。
そして一通り自身の周囲のチェックを終えると、大半は空気の抜けた風船のようにしぼむ。そしてこの世の終わりを迎えたかのような絶望的な表情になる。
さっきまでの鷹のように鋭い眼光はどこへやら、意気消沈してヘドロのように濁りった瞳で虚空を見つめ始めるのだ。
対象的に、ごく一部の男子生徒は頬をだらしなく緩め、酒に酔った陽気な小人のようにぽ〜っと焦点の定まらない目になる。
そして幽鬼と化した大半の男子生徒は目敏くその幸福な小人を見つけると、その瞳に底の見えない暗闇を宿し、怨霊の如く瘴気を撒き散らし始め、呪詛を口から止めどなく吐き出すのだ。
幸福を掴んだ者が何故か肩身の狭い思いをする。
今日はそういう奇天烈な日である。
賢明な読者諸君はお分かりであろう。本日2月14日はバレンタインデーだ。
さて、日本におけるバレンタインデーとは、女性が気になる男性にチョコレートを渡し、その内に秘めた恋心を伝える日。というのが一般的な認識だと思う。
もしくは、友人として贈る『義理チョコ』や主に女性間で贈り合う『友チョコ』、男性が女性に渡す『逆チョコ』、自分で買って食べる『自己チョコ』あるいは『自虐チョコ』などなど、バレンタインチョコにも様々な種類があるのもご存知だろう。
そもそもバレンタインデーとは、2月の13、14,15日にローマの豊穣と健康を祈って行われていたルペルカリア祭の日が起源であるが、それは本来ファウヌスの神や、狼、羊飼いの祭であった。
だが、5世紀頃に『270年2月14日に処刑されたヴァレンティヌス』という存在がどこからか生まれ、2月14日はヴァレンティヌスの日バレンタインデーとなった。
また、初期ヴァレンティヌス信仰は聖人の要素が強く、バレンタインデーも単に殉教を忍ぶ日であったが、 15世紀を境に恋人の要素、贈り物の概念がジェフリー・チョーサー、アルバン・バトラーらに付け足された。
つまりこの2人こそバレンタインデーにまつわる諸悪の元凶であるわけだが、今さら何百年も前の人間に憤ってもしょうがない。
本当の悲劇は1970年代後半から始まるのだ。
1958年。日本におけるバレンタインデーの習慣の走りが戦前に来日した外国人によって一部行われ始め、第二次世界大戦後まもなく、流通業界や製菓業界によって販売促進のために普及が試みられたが、日本社会に定着したのは1970年代後半であった。
『女性が男性に対して、親愛の情を込めてチョコレートを贈与する』という意味不明不可思議千万な日本型バレンタインデーの様式が成立したのもこの頃だ。
また、バレンタインデーにチョコレートを渡すのがいいのでは?と最初に考案して実践したのは、記憶が確かならば大田区の製菓会社であったはずだ。
そもそも西欧や米国におけるバレンタインデーとは、男女の区別なく花やケーキ、カードなど様々な贈り物を恋人や親しい人に贈ることがある日である。贈る物も日本のようにチョコレートに限らない。
つまりバレンタインデーとは、強欲なお菓子メーカーが多くの罪のない独り身の犠牲と引き換えに、自身の私腹を肥やすために導入したものであったのだ。
だから非リア充の皆さんは悪くない。決して彼らに罪はないのだ。
そう。
いかに常日頃からリア充達に向ける彼らの視線に殺意がこもっていようとも、脳内で数千パターンの虐殺シュミレーションを行っていようとも、毎晩白装束に蝋燭を纏って、藁人形と釘とトンカチを携えて『爆死しろ!!』と怨嗟を込めて丑の刻参りをしていようとも、彼らの事を責めてはいけないし、その行動を白い目で見てはいけない。
彼らだって辛いのだ。
むしろそうして人知れず日々のストレスを発散する方がお昼のニュースの話題に登らないための予防として推奨されるべきであると言えるかもしれない。
悪いのはこの独自かつ意味不明な観点に基づく習慣を始め、推奨し、積極的に広めたお菓子メーカー達なのだ。
そういうわけで、リア充への呪詛を心で吐いたりするだけならば罪にはならないし、誰も君達を非難したりしない。
だが睨むだけとかならともかく、足を踏んだり消しゴムのカスをちまちまこちらに向けて飛ばすのはやめていただきたい。呪いの声も聞こえないところでつぶやいてくれたまえ。
そうされる理由は今現在きちんと自分で認識しているのだし、正直俺にはどうしようもないことなのだから、カッターナイフもハサミもコンパスもしまって欲しい。あと隣の君もだ。鉛筆を必要以上に尖らせるのはやめてくれ。
知っているか?文房具は君たちのその狂気を持ってしなくても十二分強力な凶器たり得るのだよ。この間後輩の記留に見せてもらった体重の軽すぎるツンドラヒロインが出てくるアニメの第一話が良い例だ。
「くそっ視線で人が殺せたら!」
「二、三個なら許せた。だがあれはない。絶対に許さない」
「涼白さんだけでは飽き足らずっ!誰かあいつに正義の鉄槌を!」
「デスノートに名前記入決定〜」
「死ね死ね死ね死ね」
「爆ぜろ千切れろ飛散しろ」
「♂§#%+'€kill£•]%「8:{@$666!!!」
血走った目を俺に向け、凶器になりそうな文房具を探して手に取る我がクラスの男子達。
俺は悪くない。決して俺に罪はない。
悪いのはお菓子メーカーだ。個人を集団で恨むのはやめてくれ。
たとえ今、俺の机の上に山のように可愛くラッピングされた箱が置いてあったり、教室にくる前に下駄箱を開けたらカラフルな雪崩に襲われて、只今絶賛、色とりどりの甘い香りを放つ箱を両手に抱えていたとしても。
「ふう。とりあえず、紙袋か何かが欲しいな」
このままでは授業も受けられない。教務室とかに行けばなんとかなるだろうか。
とりあえず両手に抱えたチョコレート達を……床は論外だから椅子の上に置いた。
すると周囲から向けられる殺気がさらに鋭さを増した。
あまりに強大な負のオーラに教室の壁がミシミシと音を立て始める。
「死刑確定ですね」
マッシュルームカットの眼鏡の委員長がそう宣言すると、同心円状に怒りの波が瞬く間に教室の隅から隅まで伝播して行く。
「罪状は多すぎるバレンタインチョコをもらったこと、遠回しな自慢で我々の傷ついた心をさらに深く抉ったこと」
「情状酌量の余地はないですね」
「陪審員は満場一致で被告人の死刑を求刑します」
「審判長も死刑判決を下します」
「刑の執行は?」
「なるべく早くがいいDeathねぇ」
弁護士不在、被告人への審問もなしに中華人民共和国もびっくりのスピードで判決が下された。
「ではいつ殺るか?(๑•﹏•)」
『 今でしょ!!!!ლ(ಠ_ಠ ლ)』
殺気立った十数人の男子達が、思い思いの文房具を手に取ってじりじりと距離を詰めてくる。
裁判が早いなら、刑の執行も早いようだ。
落ち着く暇もないのか。
俺は瞬時に逃走へと頭を切り替えざるを得なかった。
ホームルームまであと三十分。まだ時間はある。ここで男共の追撃を躱しつつ、心当たりのある場所を巡って紙袋を探す。
そしてホームルームの開始ぎりぎりに戻ればさすがのこいつらも大人しくなるだろう。悪化したとしても担任が来れば問題あるまい。駄目ならその時はその時で対応すればいい。
と、瞬時に脳内で作戦を立てて、俺は襲いかかる脅威に相対した。
とりあえず、今一番近い右から迫る岩……岩なんとかの出した右手を右に避けながら、左手を順手に突き出してその右手首を掴み、右かかとを軸に左に半回転。彼の突進の勢いを利用して後ろから迫る山……多分山田に投げ渡す。
すると後方から襲いかかってきた男子数名は将棋倒しのように倒れこみ、後方に道が出来た。
さらに右横から襲いかかるカッターナイフを持った星なんちゃらの左鎖骨に鋭い手刀を打ち込んで左手の凶器から手を離させ、硬直して前につんのめった彼の左手首を掴みながら足払いを掛けて左から来る男子Aに向かって投げる。
星なんちゃらと男子Aは激しくぶつかり合って、そのまま抱き合って地面に倒れこんだ。教室にいた一部の女子から悲鳴が上がる。顔を赤らめているが、羞恥心を感じる要素があっただろうか?
さて、瞬く間に数名の男子が倒されたことに撃者達は怯み、彼らの動きが一瞬止まる。
俺はその隙を見逃さずにさっき出来た空間を倒れた人間を踏まないように気をつけながら素早く進んで逃げた。
「くそっ逃げたぞ!追え!!」
「そっち!右から回り込め!」
「倒れた同志は後にしろ!今は奴を捕まるのが先だ!!」
「教室から出るぞ!他のクラスの同志に連絡を!!」
「今やってる!」
「電話じゃ遅すぎる!グループメールで通知しろぉお!!」
まったく。この団結力は是非体育祭で生かして頂きたかった。去年のうちのクラスの団体戦は壊滅状態だったからな。球技大会に期待しよう。
『逃がすな!!地の果てまで追い詰めろぉ!!』
『聖戦じゃあああああ!!!!』
モテない男子の恨みは怖いので慎重に対処すべし、と俺は心に深く刻みこむのだった。
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「ふう〜危なかったぁ」
チョコをもらえない男達の恨みはとても恐ろしかった。
あの後、刻々と追手は数を増し、その驚異的な団結力と国体ラグビー選手顔負けの連携に逃走は困難を極めた。
同級生に加え、上級生や下級生と一部の教師まで参戦してきた時はかなり焦ったが、同じく追われていた数人の同志に協力と言う名の囮になってもらって(南無三)なんとか追手を撒くことが出来た。現在は部活棟近くのトイレで息を潜めている。
目的の教務室は目と鼻の先なのだが、嗅覚の鋭い数人の断罪人が近くを何度か通りかかっているのがちらほら見えたので、出るに出られない状態である。
「ふう、あと二十分か。何とかしないとな」
「なんとかとはなんでしょうか」
「ぬああああっっっ!!!」
大きく息を吐いたところで突然耳元で聞こえた透き通った声に驚き、俺は思わず大きな声をあげてしまう。
「今あっちから声が聞こえたぞ!!人を集めろ!」
やばい。今のを聞かれてしまったようだ。ここに居たら見つかってしまう。こういう時に絶対に見つからない場所は……
「こっちだ!」
「あっ先輩いきなり強引です」
「いいから!」
「あら〜」
マイペースな彼女の腕を掴み、俺は隣の女子トイレの個室に駆け込んだ。
少し遅れてバタバタと外が騒がしくなる。
「いたか!?」
「駄目だ!多分逃げた!」
「近くにいるはずだ!手分けして隈なく探せ!」
ざわざわと外が騒がしくなったが、しばらくするとまた別の場所へ探しに行ったようだ。
さすがに男子が女子トイレに逃げ込むことなど考えないだろう。ここにいればひとまずは安心だ。
「ふう…」
「先輩…いくらなんでもこれは」
強引に連れてきてしまった、女子トイレの個室の便器に腰掛けてこちらを睨むのは涼白水月。
俺がくらげちゃんと呼ぶ一つ年下の少女である。
なんやかんやあって去年の五月に俺の恋人になった水月は、前髪ぱっつん切り、肩まで伸ばした艶やかな黒髪が魅力の色白美少女だ。詳しくは連載の方を見てくれ。
「先輩発言がメタな上にさりげない宣伝はやめてください。筆者のどす黒い欲求が透けて見えるようです」
手を上品に組んで膝に置き、そう毒づく彼女の表情はいつも通り何の感情の起伏も見られないが、その口からは猛毒が飛び出すことがよくある。
このように無表情な上に毒舌かつドSという、美少女だから許されるようなキャラである。
水月曰く、自分は癒し系とのことだが、好きなものは冷たい食べ物とホラー系全般、理想の女性は市松人形、前述の通り無表情で毒舌、さらに一部の人間に対してはドSという、むしろ癒し系に真っ向から対立し戦争をしかける冷やし系とでも言える性格である。
「ひどい紹介です。愛しくて可愛い彼女に対する発言とは思えません」
「事実だろう。さっきもいきなり現れたし」
「私の接近に気づかない先輩が悪いのです」
「いきなり背後から気配を消して現れて、俺をおどかすのがマイブームな癖に何を言う」
「ふむ。それは否定しませんが。ともかく先輩、個室に女の子を強引に連れ込むのはひどいと思いませんか」
「悪いなくらげちゃん。ちょっと追われてて、ここに隠れるしかなかったんだ」
「先輩は確かに彼氏ですけれど、いくらなんでもこれはマニアック過ぎます」
「はい?」
「……後輩彼女が用を足すのを個室で観察したいだなんて」
「誤解だ!断じてそんな趣味はない!」
「お母さんの言っていた『男は無限の妄想力を持った狼だから』という言葉は本当だったのですね」
「だから違う!!これは最善の逃げ道を探したら咄嗟にくらげちゃんを連れてきてしまっただけで……」
「そうなのですか。心底安心致しました」
「信じてもらえて良かったよ」
「まあ、先輩は絶滅危惧種レベルの意気地なしなので心配していませんでしたが」
「上げて落とすのかよっ。というか俺はそこまでヘタレじゃない!」
「ではやはり私の排泄行為を……」
「なんでまたその話になるんだよっ。俺はそんな歪んだ性癖は持ち合わせていない!」
「性癖とか………いやらしいです」
「排泄行為とか言った口でそれを言うのか!?」
「まあまあ落ち着いてください。私が大声をあげたら困るのは先輩でしょう?」
「うぐ……」
「今私が悲鳴の一つでもあげれば、途端に先輩はいたいけな後輩の女子をトイレに連れ込む変態に早変わりですよ?」
「……頼むから悲鳴とかはやめて下さい」
「どうしましょうか。ふふふ……先輩の生殺与奪を握っているこの状況、たまりません」
「ドSめ……何か要求があれば聞こう。それで勘弁してくれ」
「では貸しということで、今度何かあったら何でも一つだけ言うことを聞いてもらいましょうか」
「了承した」
「時に先輩、先ほどつぶやいていた、何とかしないといけない事とはなんでしょう?」
「え?」
「どうやらかなりの人数に追われていたご様子。しかも皆男子生徒でした」
「う……」
「なぜ逃げていたのか教えていただけますか?」
「そ、それはだな……」
「というか先輩……」
何かを探るように水月の目がスッと細められる。そして不機嫌なオーラを出し始めた。
「どうした?」
「……先輩から他の女性の香りがします」
「!?」
「それも複数名。いえ…かなりの人数とお見受けします」
そりゃ多分、いや絶対に朝の大量のチョコレートのことだ。
というか持ってたチョコの残り香から他の女子の存在を嗅ぎ分けるなんて……コワイヨ。ホラーダヨ。
ど、どうにか上手く言い訳をしなければ。いや、別にやましいことなど何もないのだが。
「そこも踏まえてきちんと説明してもらえますよね?」
「はい……」
悪いことはしてないはずなのに、なぜか追い詰めらる形になった俺だった。
そして今日の朝事を正直に話したら拗ねられた。
謝った。俺は誠心誠意謝った。
貰ったチョコの数を正確に話すように言われた。
記憶している限り正直に言った。全部包み隠さずに。
鋭い目になって睨まれた。そしてさらに拗ねられた。
今年はチョコあげませんって言われた。
………………神は死んだ。
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なんとかして許してもらってチョコレートを貰いたい、と考えた俺は休み時間を利用して水月の元へと謝りに行った。
ちゃんと誠心誠意謝れば、水月だって鬼ではないのだから許してくれるはずだ。
・テイク1(一限の休み時間)
〜謝ってみた〜
「くらげちゃんごめんなさい。許してください」
「何がごめんなさいなのか分かりません。というか、とりあえず謝れば良いだろう、という姿勢が気に入りません。失礼します」
冷たい視線の温度をさらに下げただけだった。
・テイク2(二限の休み時間)
〜きちんと理由をまじえて謝ってみた〜
「モテ過ぎてごめんなさい。次から気をつけます」
「うわあ、傲慢ですね。驕りが過ぎます。ゴミ屑以下です。ご自分の発言をよくよく吟味してから阿闍梨修行でもして反省して下さい。その言葉で許してくれる女の子は頭のネジが全て抜けたような異星人くらいです」
血迷って変なことを口走ってしまった。
彼女からゴミを見るような目で見られた。つらい。
・テイク3(三限の休み時間)
三限の休み時間は見つからなかった。授業に遅刻して怒られた。
・テイク4(昼休み)
〜土下座して、対応策をきちんと示して、愛を込めて謝ってみた〜
「ごめんなさい。欲しいのはくらげちゃんのチョコレートだけなんだっ!くらげちゃんのじゃないとだめなんだよ!他のやつは全部送ってくれた人に謝罪して返す!どうかこの通りです。許してください」
「典型的なダメ男の台詞ですね。そういう口先だけの甘い言葉で釣ろうとは言語道断です。というか謝罪を口実にして他の女の子と会う算段ですか。浮気決定ですね。たとえそれが下心のない行為だとしてもわざわざ準備して勇気を出して渡してくれた人達の気持ちを踏みにじる最低の行為です。百歩譲って、その行為が正当化できるとしましょう、ですがやってもいないのに先に許しを請うのがおかしい事とは考えなかったのですか?依頼が完了してもいないのに成功報酬を貰うようなものです。支離滅裂不届き千万。幼稚園児から出直してきてください」
舌鋒鋭く切り捨てられた。
・テイク5(五限の休み時間)
〜謝ってもだめなので褒めてみた〜
「くらげちゃんは日本人形みたいで可愛いよな。今度心霊スポットにデートに行かないか?」
「褒めても何も出ませんよ。チョコレートは言わずもがなです」
「座敷わらしと言った方がいいかな?とにかく和服とか浴衣が似合う美少女だよ」
「とりあえず胡麻を摺っておけばいいかな、という態度は浅はかと言わざるを得ません。次移動教室なので失礼します」
駄目だった。
・テイク6(放課後茶道部にて)
〜がんばって後ろから抱きしめてみた〜
水月に後ろから近寄り、小柄な彼女の首に両手をまわして抱きしめた。これならきっと、愛が伝わってなんかこう……上手くいくはずだ。
「先輩、いくら私達の間柄が恋人というカテゴリーに入るものだとしても、いきなり背後から抱きつくのはいけません。私がもしこういうのを毛嫌いしていたらどうするつもりだったのですか?一発破局の危機だったかもしれないのですよ?そんなギャンブラーみたいな危ない橋を渡りたがる先輩は好ましいとは言えません。それと先輩」
「な、なんでせう」
「初めて自分から抱きついたとはいえ、幾ら何でもヘタレ過ぎます。私の背中と先輩のお腹の隙間がいい感じに空いてますね。隙ありです」
ドス
「ぐはっ」
>みつきのひじがはいった!
>おれはたおれた!
>おれのこころもおれた!
>こうかはばつぐんだ!
「では皆さん、お先に失礼します」
『お疲れ様で〜す』
>みつきはさどうぶのぶしつをでた!
>おれはまっしろにもえつきた!
(:]ミ(:]彡(:]ミ(:]彡(:]ミ(:]彡(:]ミ
そして話は冒頭に戻り、茶道部の部室の隅にがっくりと項垂れる俺がいた。
「スミ〜大丈夫〜??」
「ねっ君元気だして〜ほら!私の義理チョコをあげるわ」
「りあちゃん先輩、それはトドメです」
「ええ!?ご、ごめんね〜?ほ、本命で許して〜」
「…りあ先輩、死体蹴り」
「流石ですわね」
「うう〜どうすればいいのかしら?」
「リアは黙っておくのが一番だゾ☆」
周りの茶道部員が何かを言っているけどよくわからない。
貰えない。水月のチョコが貰えない。
恋人なのに。彼女なのに。バレンタインに彼女からチョコがもらえないなんて。
もう俺生きている意味あるのかな?
「水月がチョコレートをくれないというこの事態に正直対処するのは難しいというか無理難題というか誠心誠意五体投地で土下座したり褒め殺ししてみたり抱きついたり今までの積み重ねから傾向と対策を考えてあらゆるアプローチで許して貰おうと考えて実行したのだけれど全くもって水月に効果がなくてむしろ冷たい目と睨み方が自然対数の無限大発散スピードレベルで酷さを増して行ったんだよもうどうすればいいんだよこのまま破局とかになるのかなあはははははははははもうだめだ生きている価値なんてないね俺ミジンコ以下だねいやミジンコ様に失礼かすいませんでした全世界に謝りますとにかく一回屋上から飛び降りて前世からやり直してくるんであとよろしく」
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放課後に部室に来た陽炎は、なぜかいきなり恋人の水月に抱いたかと思えば、彼女の肘鉄に呆気なく沈められた。
そして水月が出て行った後、魂が抜けたようになった陽炎と彼の持っていた大量のバレンタインチョコを見てなんとなく事情を察した茶道部部員達は、意気消沈した彼をなだめようと声をかけてみたが、言葉が届いている様子もなく。
かと思えば陽炎は突然立ち上がり、わけのわからない事を早口で喋り出したのだ。
「やばいスミが壊れた☆」
「折土先輩!こんな時にまで星飛ばさないでください!」
「てへ☆(ノ≧ڡ≦)」
折土美守はふざけるのをやめず。
「もう〜ねっ君をいじめないの!ねっ君!ほら!私の大本命チョコを特別にあげるわ!」
「りあちゃん先輩、それだと熱墨と水月ちゃんの関係がさらに拗れます」
「ええ〜!?元気づけようとしただけよ?」
「りあちゃん先輩がやると洒落になりません!」
茶道部部長、神振梨亜は空気を読めずに天然発言を連発し。
「…ネツ先輩オワコン」
「紀子ちゃんも余計なこと言わないの!」
「カゲロウ様!いざとなったら私が良いお嫁さんを探してあげますわ!都裏グループも総力をあげて最高の伴侶を探し出して見せます!」
「飛鳥ちゃんも洒落にならないってば!」
一年の記留と都裏も頼りにならない。
「では皆さん、お先に失礼します」
「ちょっと熱墨!待ちなさい!水月ちゃんと同じそのセリフ、あんたの場合は洒落にならないわ!!すいません!私ちょっと止めてきます!」
そして『洒落にならない』を連発した苦労人、高田通は走り去った陽炎を追いかけるのだった。
「ツッコミ上手だネ☆」
「つうちゃんは面倒見がいいわね〜」
「…タカ先輩ガンバ」
「何をぐずぐずしているのですか皆様!私達も見に行きますわよ!」
「「「はーい」」」
残った四人は、陽炎なら大丈夫だろうと半ば確信しながらも、面白そうなので陽炎達を追いかけることにした。
(:]ミ(:]彡(:]ミ(:]彡(:]ミ(:]彡(:]ミ
俺は屋上に来ていた。
真冬な上に、もう夕方なのでかなり寒く、吐く息が白く染まってゆく。
だがおかげで少し頭が冷えた。
バレンタイン。
中学生の頃はほとんどチョコを貰ったことはなく、もらえたとしてもそれは誰かがクラスの男子全員に配るような義理チョコだった。
だけど高校に入って何故か沢山貰えた。
おまけに去年は彼女ができた。だから正直浮かれていたのかもしれない。水月の言う様に驕りがあったのかもしれない。
「いっぱい貰っても嬉しくないなんてな」
恋人から貰えないことがこんなにも虚しく、悲しいものだとは思わなかった。
今年は去年よりもたくさん貰ったけれど、気分は一個も貰えなかった中学時代以上に悪かった。
「欲しかったな……水月のチョコ」
「それは恋人冥利に尽きますね」
「っっくらげちゃん!」
背後から聞こえた透き通るように綺麗な声に俺は振り向いた。
後ろには、寒さゆえかちょっと頬を紅潮させた水月が手を後ろに組んで立っていた。
「そんなに欲しがられると、ちょっとくらいあげてもいいかなと思ってしまいます」
「………」
「先輩が悪いのですよ?他の生徒から逃げている間あんなに嬉しそうな顔をして。私はまだあげてないのに。他の子のチョコに喜んでいるみたいで面白くなかったです」
目を細めてこちらを睨む水月。
相変わらず表情があまり変わらないが、よく見ると若干口が少しへの字になっている。
「ご、ごめん」
「まあ十二分に反省したみたいですし、遅くなりましたが可愛い彼女からの初バレンタインチョコを差し上げます」
「本当か!?」
「はい。少し準備するので目を閉じて頂けますか?」
言われた通りに目を閉じる。
しばらくして「いいですよ」という声が聞こえ、俺はゆっくりと瞼を上にあげた。
そこには無表情ながらも可愛らしい水月の顔があった。夕陽に照らされているせいか、彼女の顔が赤い気がする。だが、それ以上に目を引くのは、その口に焦げ茶色の欠片を咥えていることだ。
「ふぁいへんはい、ろーぞ」
「え?」
え?まじで?手渡しじゃなくて?
「ろーひはんれすか?はやふはへないほ、とけひゃいまふよ?」
「い、いやだけど……」
顔を赤くしながらも、いたずらっぽい目をする水月がとても可愛い。
やばい。心臓がうるさい。口から今にも飛び出てきそうなくらい激しく鳴っている。
「へんはいのいふひなひ」
多分『意気地なし』と言った彼女はニコッと一瞬だけ笑顔になると、そのまま顔を近づけてきた。
夕焼け空の学園の屋上で、二つの影が静かに重なった。
(:]ミ(:]彡(:]ミ(:]彡(:]ミ(:]彡(:]ミ
その後、というかオチ。
水月が用意してくれたチョコレートは某有名製菓会社から発売されたカカオ99%の劇薬だった。
口移しでもらったことはこの上なく甘美なひと時であったが、口の中に入ってきた愛の欠片は死ぬほど苦かった。
「あ"あ"〜超苦い!」
「先輩はビターがお好きでしたから、ビターチョコをご用意したのですが」
「いくらなんでもこれは苦過ぎるだろ!!」
「99%の力は偉大ですね」
「うぐぅ〜苦い。砂糖欲しい」
「先輩はビター派なのですからこれくらいは余裕かと思いました」
素知らぬ顔でそう言うが、水月は被虐的な目をしている。絶対わざとだ。
「苦過ぎるのは駄目なんだよ」
「可愛い彼女の口移しで砂糖補給できたと思いますが」
「………」
「ふふ……先輩顔が真っ赤ですよ」
「夕陽のせいだ」
まったく、とんだブーメランだった。
「ホワイトデーはどんな素晴らしいお返しをしてくれるのでしょうか」
俺の恥ずかしがる様子を楽しむかのように水月はそう聞いてきた。
「くそっ顔を茹で蛸のように真っ赤に染めてやるからな!」
「楽しみにしてます」
「うう〜やっぱり苦い。くらげちゃん、甘い物か何かない?」
「水筒にエスプレッソがありますが」
「苦さのダブルパンチ!」
用意が良いんだか悪いんだか分からない。
いや、これもきちんと準備していたのだろうな。俺の反応で楽しむために。
「まあまあとりあえず飲んでみてください。さっきのチョコの後なので甘く感じるかもしれませんよ?」
「どこ情報だよ」
「ソースは作者さんです」
「メタだなっ!だけど嫌だ。絶対苦いだろ」
「元々さしあげる予定で用意していた手作りのチョコレートをあげませんよ?」
ちゃんと普通のバレンタインチョコ用意してたんじゃないか!
さっきのはなんだったんだよ!いや大変よろしかったけれどもっ!
「すみません。飲みます飲ませてください」
手作りと聞いて引き下がるわけにはいかなかった。
「どうぞ」
「んく…………!!!」
「どうですか?甘く感じますか?」
「………いつもよりはマイルドな口当たりだけど、やっぱり苦い」
「ふふふ……苦しそうな先輩可愛いです」
「ドS……」
最後まで苦いバレンタインだったが、こういうのも悪くないな、と思う自分がいた。二度目はさすがに勘弁願いたいが。
ないよな?来年は普通のバレンタインだよな?
「ふふふ……さあ、どうでしょうね」
水月はうっすらと嗜虐的な表情を浮かべて笑うのだった。
一方、どこかの物陰では………
「私の心配は何だったんですか!!!うがー!!このやりどころのない感情をぶつけたい!!一回殴ってやる!!」
「まあまあ〜。つうちゃん落ち着きなさい」
「怒ると美容に悪いゾ☆」
「…タカ先輩ドンマイ」
「仲直り出来て良かったではないですか」
「ううう〜熱墨ぃ!!明日絶対殴ってやるんだからぁあああ!!!!」
ぶるっ
「うう…なんか悪寒がする」
「先輩がコートも着ずに真冬の屋上なんかに行くからです。風邪を引かない様に気をつけて下さいね」
「ありがとうくらげちゃん。へ、へクシュッ」
ミ[:)彡[:)ミ[:)彡[:)おしまい。
お読みいただきありがとうございました。
さて、前書きのカカオ73%の理由ですが
『もらえない絶望×口移し×カカオ99%チョコ
=カカオ73%』
という式が自分の中で成り立っていて、今回は結構苦めなラブコメを書いたつもりだったんですがどうだったでしょうか。
皆様はこの物語を読んでカカオ何%くらいだと思いましたか?
超苦いぜ!なら99%
だいたい作者と同じ!なら73%
もうちょいラブコメってない?なら50%
十分甘いよ!なら30%
うへぇ〜砂糖吐くわ!ならホワイトチョコ
感想をお待ちしております。