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日本神話シリーズ

一年待ったなら

作者: 八島えく

 一年というのは長くて短い。

 あたし――トトは今まさにそれを実感している。



 綺麗な船に揺られておよそ半日。あたしは兄と弟と一緒に、日本へ来ていた。

 とあることを巻き起こして日本にでかいダメージを与えてしまったあたしたちは、一年の間入国を禁じられていた。

 でもその一年はとうに過ぎた。入国禁止の一年間、あたしたちは新しい故郷を探し続けた。結局見つかんなかったけど。


 船が港に着いた。その港には入国して国内を自由に歩き回れたりするようにとかの色んな面倒い手続きも一緒に済ませられる。

 兄のラオが書類にサインする。その様子を、後ろで弟のシェンがつまらなそうに眺めていた。


「さて、行こうか」

 ラオが言う。あたしと弟は、それについていく。

 一年ぶりの日本だった。


「これから一か月は日本にいられるわけだ。予定によっては早めたり長くしたりすることもできるがね」

「うん。そんなに滞在できるんだ?」

 足をぶらぶらさせながらシェンが言う。

「そう。苦労したよ」

 そう言うとラオは帽子を目深にかぶる。こいつの言う『苦労』はその二文字以上に重みをもつ。確実に裏側から色々と根回ししやがったなこの野郎。とはいっても、それで日本に滞在できるんだから文句は言えない。

「とりあえず、だ。互いの連絡先はすでに交換してある。何かあったらそこに連絡すればいい。あとは各自自由行動。そういうわけで、俺はもう行くよ。それでは」

 そしてラオは妹と弟のことなど気にもせず、さっさとどこかへ行ってしまう。仮にも血のつながった兄妹だというのにこの淡泊っぷりだ。

 弟のシェンはそんな兄を嘆くことも恨むこともしない。むしろ邪魔が減ったと思わんばかりに、「じゃあぼくもー! あとでねトト!」なんて吐き捨ててこいつもさっさとずらかった。お前らはあたしを何だと思ってやがる。


 はー、とため息ついて、あたしも歩き出す。あいつらほど執念深く再会したい相手がいるわけじゃないけど、一年経ったら顔を出して挨拶しに行こうと決めた相手はいる。



 あたしたち兄妹は、日本からみてずっと西からやってきた。極西の神々、と日本では呼ばれてる。

 兄のラオ、弟のシェン以外にも、極西の神々はもっといた。だけどもともと住んでいた国から、邪教だの邪神だのと根も葉もないこと言われて、とうとう故郷を追い出された。この一年でこっそり元々の故郷の様子を見に行っていたら、そこには新しい神が根づいてた。


 えっと、その故郷から追い出された時、あたしたちは新しい故郷を求めて旅をしている途中だった。その途中で、数えきれないほどの神々が死んでいった。邪神ってレッテルを貼られた仲間たちはどんどん衰弱して、ちゃんとした祠もあてがわれなかった。生き残ったあたしたちが、少ない荷物の中からその場しのぎにしかならない祠を作るしかなかった。

 旅は過酷だった。極東の島国にたどり着くころには、ラオとシェン、あたしのほかには、極西の神々をまとめるマザーだけが遺されてた。


 その日本の信濃という地に転がり込んだ。そこであたしたちは諏訪という社に居座り、マザーの命令によりその地を汚してきた。

 マザーのお言葉というのは、あたしたちにとってはとても重く、何より優先されるべきものなのだ。だからあたしたちはその言葉に疑うことさえなかった。「マザーの命令ならば」って、信濃を中心に、家屋に火をつけたり家畜を奪ったり、物を壊したり木々を倒したりとにかくひどいことをしていた。

 その自覚はあった。言い訳だけど、あたしはだんだんマザーの言葉に疑問をもってった。でも逆らうのは絶対にしちゃいけないことだから、それでも乱暴は続けた。


 そして信濃を中心に、日本全土が穢れで覆いつくされた。

 まあ、あのマザーは日本に着く前に死んでいたらしく、マザーの皮をかぶったゲネっつう女が裏で手を引いていたってのが真相だったりする。

 騙されてたとはいえ、あたしたちは日本を一時的にマジで危ない状態まで追い込んだ。その罪はかなり重い。

 その償いというか罰というか、そんな感じのものが当然あたしたちに下されるわけで。

 んで、罰というのは一年間の日本への入国禁止という生易しいものだった。あっちの言い分によると、あたしらに重たい罰を下すより、まずは日本の復興が先だ、その復興は一年で片付くから、その一年間は邪魔だから出てろ、っていうこと。


 

 ――で、その一年という期間が過ぎた。一年後であれば、入国は許される。

 でもあたしは乗り気じゃない。日本を穢してしまった負い目があるから、あっちとしても来てほしくないって思ってるだろうから。あたし自身も、行くのは怖かった。

 なのにどうして来ちまったかというと、それは図々しいお兄様と弟君のお陰様。

 こいつらは日本のある神に惚れたらしく、また会ってあわよくばさらにお近づきになりたいとか見え見えの下心で日本へ行くことを強く望んでた。

 正直、あたしだけ留守番しててもいいんだけど、あいつらのことだから余計なことをする可能性大だ。何かあったときの為に、まあ一緒に行動することはしなくても、いつでも対応できるように日本へ来たというわけだ。


 結論、上と下がアホだと真ん中が苦労する。悲しい現実なわけだ。



 現在あたしは、周囲の目を気にしながら信濃を目指す。ついた港から信濃までは近いからすぐに着く。ここからあっちまでの道のりはどういうわけか覚えてた。


 ――はずなのに、なんであたしは夕方になっても途方に暮れてんだろう?

 港を出たのは昼ごろだ。予定では日が暮れる前には諏訪の社へ着くはずだった。

「……なんでだ」

 あたしはとうとう口に出してぼやいてしまった。一年の間で道とかいろいろ変わったのかもしれない。っつーかあたしが見ていた日本は穢れにまみれてた印象しかないから、復興が終わって日常に戻った日本に慣れてない。たぶんそれが原因だ。

 なんてこった……どうしてあたしはこうも詰めが甘いんだ……。

 今いる場所に人はいない。人もいないし建物だってない。道は整備されてなくて、時々ひゅーっと風が吹く。ストッキング穿いてるはずなのにやたらその風が寒かった。


 一晩をやり過ごそうにも辺りには宿なんてない。人どころか妖怪だっていない。――いや、そのうち出て来るだろうな。もう逢魔が時だ。悪さしたがる妖怪どもがこぞって群がる時間だ。そいつらを追い払うのなんて簡単だけど厄介なのに変わりはない。

 どうしたもんか。

 そうしてあたしが非常に非常に困っている時、



「……どうしたの?」


 

 声変わりしてんだかしてないんだか微妙な声がした。



「ひゃっ!?」

 思わずあたしはらしくもなく驚いて、後ろを振り向いた。

 そこにいたのはなんとも頼りなさそうなひょろっちい奴。

 

 灰色に少し青を混ぜた感じの色した髪で、しかも癖っ毛でふわふわしてて、目は紫かな。紺色のローブ羽織って、洒落てんのかカッコつけてんのか、真っ白い手袋してる。身長はあたしよりちょっとだけ高い。


「び、びっくりした……驚かすなよ……」

「え、あ……ごめんね。何か、困ってだみたいだから。声、かけちゃだめだった?」

「いやそんなことない! 誰かいたんだな、よかった……」

「そう? この辺りは逢魔が時になるとさ、人を迷わせるっていうイタズラする妖怪がいるから……慣れてないと国つ神でも迷子になっちゃうんだ」

「あぁ、そうなん? じゃあ、あたしは今絶賛迷子にされ中ってこと?」

「うん。そういう人を見つけて家に帰すのが僕の仕事みたいなものなんだ」

 一拍置いて、そいつが言う。

「あの、よかったら案内しようか? 君の行きたいところまで」

「いいの?」

「もちろん。それが僕の役目だからさ」

 ひょろひょろしたその男はへらっと笑う。間抜けた顔は人畜無害さあふれてて、警戒心を持たなくてすみそうだ。仮に悪意あって近づいたんなら、大鎌でぶった斬ればいいだけの話だもん。

「じゃー、お言葉に甘えて、頼むわ」

「いいよ。どこまで行きたい?」

「……信濃の、諏訪の社だ」

「わかった。それならすぐそこだね。こっちだよ」

 そう言うとその男はほら、っとか何とか言って、手を差し伸べる。取ってもいいんだけどあたしはべちっと叩いてやり過ごした。

 でもそいつは苦笑いするだけで何も言わない。


 その男に素直についていくと、見覚えのある社が見えてきた。諏訪の社。あたしら兄妹が居候していた場所。

 最後に見た時は申し訳なるくらいぼろぼろだったのに、今はもうすっかり治ってる。

 ここだけじゃない。日本はすっかり元に戻ってる。


 社からとととっ、と誰かが駆けて来る。それが諏訪の社に祀られている風神だと、あたしにはすぐわかった。


「あっ、トト……!? 久しぶりだな、言ってくれればお迎えしたのに……!」

 仮にも敵で、騙してたっていうのに、屈託なく笑ってる。お人好しにもほどがあるんじゃないのか?

「……あぁ、うん」

「今さ、ちょうど八坂が食事の準備してるんだ。よかったら一緒に……」

「いや、あたし……あいさつに来ただけで」

「だったらなおさら! ほら、八坂の料理はおいしいから」

 無邪気に手を引っ張られれば、そりゃ強く断れないよなあ……。振りほどいてもいいんだけど気まり悪いし、挨拶もまだしてないし、いいかと思ってあたしは半ばヤケだった。ついでに腹減ってたし。


 風神――建御名方に連れられて、あたしは社の中へ入ってく。ふっと思い出して後ろを振り向いたけど、あたしをここまで導いた癖っ毛ぼわぼわのひょろっちい男はいなかった。「どうかしたのか?」って建御名方に聞かれたけどあたしは何でもないって答えた。あたしが建御名方と再会した時にはもう消えてたんだろう。

 屋内に入っていくと、白いワンピースに青いエプロンつけた儚げな女の子がいた。その子が八坂だとあたしにはすぐわかった。この子も一年前の騒動に巻き込まれて、相当大変な目に遭った。

 その八坂は黒くてさらさらな髪をふわふわさせながらあたしを歓迎してくれた。いつも櫛でとかしてもぐねぐね曲がるあたしの髪とは全然ちがう。どうやったらあんなストレートになるんだ。


「あら、トト様いらっしゃい。また会えて嬉しいわ」

「あ、そ。あたしは、その……挨拶ついでにお邪魔してるだけだから」

「まあ、わざわざ。ちょうど今からごはんだったの。食べてってね?」

「しょうがないな」

 

 つやつやの食卓(ちゃぶ台っていうんだっけ?)に並べられた食事は普通のものだと思う。

 白い飯に味噌汁に、緑の葉っぱを醤油? っていう調味料で味付けしたものとか、焼いた魚とか、あとは野菜を煮た奴とか、しっとりしたのが多かった。

「はい、たくさん食べてね」

 そう言って客用の茶碗を出す八坂は、見た目はあたしよりも幼いのに立派に奥さんしてるみたいだ。

 最初は気が進まなかったけど、葉っぱを一口かじるとこれがなかなか美味いもんで。相当腹減ってたのもあってか、あたしは結局甘えておかわり二杯くらいした。

 八坂の話によると建御名方も相当食うらしく、「今日はふたりにたくさん食べてもらってとてもいいひとときを過ごせましたわ」とか無邪気に微笑んでいた。お邪魔しっぱなしもあれなので食器洗いを手伝った。


 その後食休みにとお茶を出してもらった。日本のお茶って苦くてちょっと避けてたけど八坂の淹れるお茶は少しだけ甘かった。おかげでかすんなり飲めた。砂糖でもまぜたんじゃねーのってくらい甘い。でも八坂は「淹れ方にコツがあるのよ」って砂糖混入説を否定した。


 ふっとあたしは境内に出たくなった。建御名方に一言断って、外へ出させてもらった。「体が冷えないうちに入っておいでね」なんて声かけて。あんたはあたしの親父か何かか。


 月が少し欠けてる。でも空は雲ひとつない。夜中だってのに昼と同じくらい明るい。あたしはらしくもなく、物思いにふけって月を眺めた。



「ぼんやりするなんて君らしくないね」

 後ろから声がした。結構最近に聞いた声だと思ったら、ついさっき道案内してくれたぼわぼわ頭の奴だった。

 紺のローブをはためかせて、そいつはにっこり笑ってあたしの方へ近づいてくる。知らない奴には大鎌を向けるんだけど、道案内してくれた奴にそうそう悪者はいないと思い、あたしはしれっとそいつを見た。

「今までどこにいやがった」

「ちょっとだけ地下に潜って隠れてた」

「モグラかお前は」

「神様だよ」

 ということはこいつも八百万の神なのか。あたしはそいつの胸あたり(っていってもローブで体は隠れてるから適当なんだけど)をじっと見る。ぼわっと、青白い御霊が視えた。何だろう。薄ら寒いんだけど、でも悪い奴じゃないみたいだ。


「はー……。で、神様とやら、道案内してくれた礼は言わせてもらう。けど黙って消えたりいきなり出てきたりはやめろ。心臓に悪い」

「ごめんね。ここの社は、ちょっとだけきれいすぎて僕には毒なんだ。かといって建御名方殿に顔を見せるのも気が引けるし」

「……? あんた、建御名方と知り合い? っつーか毒ってなんだよ」

「顔見知り程度で、少し前に何度か仕事を手伝ってもらったことがある」

 そいつは一旦言葉を切る。

「それでね、僕も君と同じ神様なんだけど、ちょっとだけ特殊でね。長い間毒というか闇と言うか、ここでいうとこの穢れみたいなものにさらされてきたから、穢れの耐性が強くなった代わりに、光や清らかさにちょっとだけ弱いんだ。太陽も苦手」

「昼間はどうしてんのさ」

「お屋敷で昼寝」

 あたしにしてみれば太陽の光がダメだなんて悲しい体質だ。でもそいつはなんとも気にしてないようで笑ってる。

「それよりさ」

「あん?」

「何だか、君は建御名方殿に遠慮してる風だね?」

 無言で睨んでやってもそいつはビビりもしなかった。こいつ、地下からあたしたちの様子を見てたんだろう。

「建御名方殿のこと、嫌い?」

「嫌いじゃないよ。ただ、ちょっと苦手なだけだ」

「そうなんだ」

 そいつはそれ以上何も聞かないし踏み込んでこない。ほわーっと笑いかけてくるだけで、自分からあたしに何かを言ってくることがなかった。


 何でなのかわかんない。どうして心の内を話せるくらいにはあいつを信用したのか、まるでわかんない。

 でもあたしは、独り言みたいに今までのことをそいつに話してた。


「あたしさ」

「ん?」

「昔ね、ちょうど一年前だな。そん時、信濃でひどいことしちまったんだ」

 ラオみたいにすらすら話ができるようなタチじゃないから、あたしの話はつっかえつっかえだ。

 一年前に起こった穢れ異変のこと。あたしたち極西の神々が、ゲネに騙されて日本を穢れで埋め尽くしたこと。その罰として一年の入国禁止を食らったことに、今日がその一年が終わった最初の日だってこととか、そういう全部を、こぼした。


 話も説明も下手なあたしの言葉を、そいつは黙って聞いててくれた。たまに相槌は打つけど、それ以外はずっと聞いてた。

「そっか」

「だから、なんだろうな。あたし、あいつに負い目があるから、やさしくされると困るんだ。あたしはそんな親切にしてもらうような奴じゃないって……」

「トトは悪神なの?」

「前の故郷じゃ邪神の濡れ衣着せられたけど、悪じゃないよ。……たぶん」

「もともとは故郷を守る神だったのに、外から入って来た神が邪神だって人間に吹聴して追い出させた、っていう? そうして追い出されてしまう神々の例はよく聞くね」

「そうだよ。あたしもその例のひとりなの」

「辛いね」

「もう慣れた。……いやそう言うことじゃなく」

「あ、ごめんね。それで、親切心が苦手なんだね」

「うん。っつーかあいつに限らず、日本の神々は能天気すぎやしねーの? さすがにあたしらの顔くらいわかってんだろうに、誰も白い目で見てこないし、避けたりしないし。むしろ近づいてくるし」

「そういうとこだから、ここは」

 そいつはあたしの疑問を、そんな一言で納得させた。


 庭で月をぼんやり眺めながら、あたしはそいつに好き勝手喋っていた。いつもはこんなに自分のこと喋んないんだけどな。ラオとシェンがまくしたてるから、あたしの付け入る隙なんてなかったし。


「……何であんたに話してんだろ。ラオにもシェンにも言わないのに」

「たいしたことじゃないよ。僕がちょっと聞き上手ってだけ」

「そういうもん?」

「うん。……ところで聞きたいんだけど」

「何?」

「その穢れ異変ってさ、君たちに罰は下されたんだろ?」

「そうだよ。一年日本に入ってくんな、ってだけ。おかしくね? 普通国土を穢されたら入国禁止じゃヌルいってわかんねえかな」

「わかってると思うよ。でも罰を下した神はそれで充分罰になると判断したから、それ以上君たちに求めなかったんだ」

「その場にいなかったのによくいう」

「わかるよ。僕も地下でこっそり活動してたから」

 地下からにゅっと出て来たこいつのことだ。ありえなくはない。

 そいつは少し庭を進んでく。

「悪いことしたってわかってるよ。取り返しのつかないことになったって知ってるよ。だからあたし、別に誰かにやさしくしてもらうなんて……」


「それはどうなのかなあ」

 そいつは初めて、あたしの言葉を遮った。


 くるっと回って、こっちに戻って来る。月の光で、そいつがやけによく見えた。

「罰は一年なんだよね」

「うん」

「その一年は、昨日終わったんだ」

「うん」

「じゃあ、それでいいんだよ」

 そいつが笑う。


「一年待ったなら、君の罰はそれで終わりさ」


 ひゅっ、と風が吹いた。そいつのふわふわの髪と、だぶだぶのローブが揺れる。あたしの髪もスカートも揺れた。盛大にめくれても、まあ……下はストッキング穿いてるし、大丈夫だろ。


 

 あたしは一年、悩んでた。やってはいけないことをやってしまったって。しかも、いくら後悔したって取り返しがつかないし、償いだってできないんだ。兄弟とは違って、あたしには罪悪感っていうものが確かにあった。

 この一年、ずっとそればかり考えてた。一生、この罪に苦しんでいかなきゃならないのは覚悟の上だった。それでも罪の重さはあたしにとってはきつかった。


 でも、名前も知らないそいつは、あたしのことも知らないはずのそいつは、あっさりとあたしを許した。

 「でも」とか「そうじゃなくて」とか、そいつの言葉に反論できない。する根拠がなかった。

 今まで悩んできたのは何だったんだ、ってくらい、そいつの言葉に救われた。

 なんでだろう、って考えてみたら、ただあいつの笑顔が嬉しかったからかもしれない。


「……うん。あたし、の罪は、罰として終わったんだな」

「そ。だから滞在中は、遠慮せず楽しんでいくといいよ」

「うん。ありがとな。名無しの神様」

「なんてことはないさ」

 そういうとそいつは地面に溶け込んでくようにして消えてった。これが地下に潜るってやつなのかな。


 あたしはふっと息を吐いて、社に戻る。屋内に置かせてもらってた大鎌を取りに行く。

「あら、トト……?」

 奥から出て来た八坂が、首をかしげる。

「悪い、八坂。あたしはこれでおいとまするよ」

「ええ? 今ちょうどお風呂が沸いたところよ。入っていって、それから一晩泊まっていってちょうだいな」

 八坂は驚きながらあたしを止めてくれる。でもあたしはそれを断った。

「ごめん。お泊まりはまた別の時にお願いするよ。あたしはもう行く。夕飯ごちそうさん」

「あっ、トト……」

 あたしはさっさと外へ出る。体が軽い。足取りがふわふわして、今にも飛んでいけそうな気がする。

 鳥居をくぐる直前、建御名方があたしを呼んだ。

「トト! もう……せめて見送りくらいさせてよ……! 八坂に教えてもらわなきゃあやうく見逃すとこだった」

 少し息切れしながら、建御名方が言う。若干恨めしそうにあたしを睨む。あたしは悪くない。

「ごめんな。別にあんたらのおもてなしが嫌だったわけじゃないんだ。一晩お邪魔するよりもやんなきゃならないことができちまってな。それが終わったら、今度こそまたご馳走させてくれ。また来るから」

「むー……。どうせ言っても聞かないからもう止めないけど……。やらなきゃいけないことって、何?」


 あたしは笑う。

「うちのバカ共を、さっさととっ捕まえにいかなきゃなんないのさ!」

 建御名方は一拍おいて吹きだした。じゃあな、とお別れして、あたしは信濃を出る。

 さて、罰は終わったことだし、相手もあたしを歓迎してくれてる。これはありがたいことだ。

 滞在期間は一か月もある。


 それまでに、首根っこ捕まえて、これ以上バカやんないようにとっちめてやるからな、兄弟。

『やさしさの境界線』後日談の第二弾でした。敵キャラとして登場したトトは原型ができたのも学生時代とかなり古く、それだけ思い入れがあるというか愛着わいた女の子でもあります。ちなみに我が家の諏訪君は結構食べます。でもお酒はだめなんである。

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