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009 パーティチャット

 軋む木製の階段を三階まで進むと、屋根裏へと続くらしい梯子が見えた。

 カンテラが照らす無銘亭の中は新鮮で、薄暗くはあるが恐怖心は湧き上がらない。どちらかといえば好奇心が上まわる。屋根裏を覗き見たい衝動に駆られるが、さすがにそんなわけにもいかないと自制した。

 狭い通路にはいくつか光る石が置かれていて、それは部屋の数だけあるようだった。通路の左右に五つずつ。俺は奥から二つ目、右手にある部屋の前へと進んだ。

 カネイさんから渡された鍵で扉を開けて入る。

 ベッドが一つにサイドテーブルと椅子があるだけの簡素な部屋だ。手元のカンテラで照らしきれる程度の空間だったが、清潔感があって手入れされているのだと分かった。

 槍を壁に立てかけカンテラはテーブルに。外套を脱いでベッドに腰を下ろせば、遅れて入ってくるぼさ髪が見えた。

 ふらふらだ。よろめきながら歩いていたかと思えば、鞄を下ろしてへたり込む。小さな体でよくやっているとは思うが、CPを浪費しなければもっといろいろできたわけで、甘やかすつもりはない。扉を閉めるように促せば、不満そうにこちらを睨んできた。


「塔で寝たいなら好きにしろ」

「うー……」


 脅し文句としては効果的だった。ぼさ髪は渋々立ち上がって扉を閉めると、そのまま部屋の隅でおとなしく床に座り込む。少しは立場を理解しているようで、さすがにベッドを明け渡せとまでは言ってこない。

 いくら狩りが順調だったとはいえ、現状では一部屋取るので精一杯だ。まだ他にも三部屋空いているらしいが、ぼさ髪の部屋を取ってやる義理もない。頭を下げたので部屋には入れてやった。でもまあ、それだけだ。

 ぐでーっとしている姿を横目に、俺は今日の収支を計算した。

 怪物は三十三体狩れて三千三百CP。処分した戦利品がざっと三千CP。あわせて六千ちょっと稼げたことになる。今晩の宿と食事代が結晶化の割り増しをして六千五百CPほど。朝昼の食事代を考えれば確実に赤字だが、処分していない雑貨や用途不明の結晶類やがまだ残っている。ストアに投売りしても三千CPにはなるだろう。資産込みでトータル黒字といったところか。

 宿を取るほどの余裕があるとは言い難い。それでも疲れを取るためには必要な支出だと考えた。しっかり休まないと、たぶん、つまらないミスで死ぬことになる。

 まだ痛む腕をさすってからアイコンリングを一通りチェックし、なにも変化がないことを確認する。期待はしたもののスキルが増えているということもない。状況を鑑みるに、あまりのんびりもしていられないのだが――。


「おい、晩飯にするぞ」

「あと五分だけー……待ってほしいなーとかー……」

「却下だ却下」


 のそのそと動くぼさ髪の手を引き、さっさと立ち上がらせた。「ふぇあ!?」とかなんとか奇声を上げる姿に呆れながら、カンテラを握らせ前を歩くように言い含める。中身は光る石なので、仮に落としたとしても平気だろう。

 階段を下りる途中で気が重くなった。人の気配が増えている。騒ぎ方からして間違いなく「お嬢様と下僕」たちだ。実際に一階まで下りるとさらに気が滅入った。「三十路協定」の連中まで狩りからお帰りだ。


「よお。昨日は調子のいいこと言ってたくせに横取りか?」


 こちらに気付いた「三十路協定」の小男が絡んできた。俺の後ろに隠れたぼさ髪のことを言っているんだろう。


「まだ『バックパック』も買えないんだ。荷物持ちくらい雇ったっていいだろ?」


 値踏みしてくる視線相手に極力平静を装って返した。


「ガキなんか使えねぇだろ」

「あんたたちと違って稼ぎが少ないんだよ。使える奴を雇う余裕がない」

「は、どうだか」


 周囲は静かだった。確認するまでもなく、こちらをうかがっているのだろう。小男もそれを分かっているのか、さらに近寄ってからぼそりと言った。


「上手いこと懐かせたもんだな。俺にもまわせよ」

「なんのことだか」


 小男は俺の胸を小突いて離れていく。目が「お前も同類だろ」と言っていた。

 不快だが、これ以上揉めたいとも思わない。

 隅の席に向かう途中。ふと、店内を流し見たとき視線が合った。

 お嬢様こと涙紗那(るいしゃな)流緒(るお)だ。

 弓なりの笑みでこちらを注視し続けている。真意が知れず空恐ろしい。見つめ返す胆力の持ち合わせはなく、俺は不自然に顔を逸らして席に着いた。

 黙々と食事を済ませる。ぼさ髪もなにか喋るということもなく食べていた。落ち込んでいるのか俺を忌避しているのか判断が難しい。


「おい、風呂済ませるぞ」

「え、あ、あたしもいいの?」

「カネイさんがそう言ってた」


 入口から見て右側。階段とは逆位置に続く通路を抜けて建物の裏手へ出る。

 夜空の下、周囲を建物に囲まれた裏庭のような空間が広がっていた。そこには離れにも見える簡素な小屋があり、上部からは湯気が立ち昇っている。入口は男女別に二つ。


「カネイがサービスするとか信じられない」

「そうか? 最初に会ったときも一杯奢ってくれたけどな」

「ええー……、それありえないし」


 宿の部屋代一泊分には裏の浴場代と朝食代が含まれる。ただし一人分だけだ。無銘亭の客室はすべて一人部屋だからそういう値段設定なのだろう。基本的に一部屋に複数人が泊まることを想定していない。ぼさ髪が一緒の部屋に泊まることを許可してくれたのも例外ということになる。それなのに「君に限っては特例だよ」との一言で、ぼさ髪の浴場代と朝食代すらロハにしてくれた。


「確かに、裏がありそうではあるな」

「でしょー。気を付けたほうがいいって」


 厚意を無下にする態度ではあるのだが、上辺だけでも気勢が戻ったのは扱いやすくて都合がいい。咎めることはせず、言わせたいままにしておいた。

 入口で別れて浴場へ。

 簡単に説明は受けていたので特に迷うことはなかった。戦闘で穴の空いた衣服を脱いで棚に置きながら、新調するコストも考えなければと頭が痛いことを考える。傷は塞がっても服は塞がらない。同様に武器も刃こぼれする一方だ。

 脱衣所から浴室へ入ると視界が白く埋まった。湯気が立ち込めている。浴場内には馬鹿でかい桶があり、中は綺麗なお湯で満たされていた。数人は入れそうな大きさだ。なぜか小石の入った袋がお湯に沈み吊るしてある。石――というか、これは結晶か。その意味はある程度予想が付いた。

 確認はあとでするとして、いまは身体の汚れを落として湯船に浸かるべきだろう。

 肩まで沈めれば、自然とため息が出た。

 弛緩する身体を伸ばし、意味もなく天井を眺める。怪物を狩った興奮も、嫌悪も、全部が自分に染み込んでいく気がした。知った以上、自分の中のどこかが変わっていくとには逆らえない。


 不意にパーティチャットの通知音が鳴った。

 各種機能の検証や使い勝手の確認のため、パーティを組んでいた事実を思い出す。帰り道の途中から「パーティプレイ」のアプリを利用したので、ストレージのシステム上はぼさ髪と「協力体制」になっている。範囲は不明だが、この程度の距離なら問題なくパーティチャットが可能ということだろう。

 GUIで「パーティプレイ」関係のテキストチャット画面を開くと『呼白(こはく):これで届く?』の文字が表示されている。入力方式を仮想キーボードに指定し、湯面を叩いて文字入力。『狂璃(きょうり):突然なんだよ』とだけ送った。自動表示されている名前も、少し慣れてきた気がする。


『呼白:あのさ』少し間を置いて『呼白:使えない奴でごめん』と続いた。

『狂璃:気にするな』


 否定はしない。俺が二人いればもっと快適に立ちまわれるからだ。問題は俺は一人しかいないということで。だから、


『狂璃:俺に都合が悪かったら雇ってないに決まってるだろ』


 とりあえず当たり前のことを言ってやる。

 ぼさ髪が入力中表示のまま応答しない。長文でも書いているかと思いきや、


『呼白:うん』


 表示されたメッセージはそれだけだった。


『狂璃:一人じゃこのチャット機能だって確認できないからな』


 そのまま思い付く限りの利点を挙げてやる。事実を並べるだけで苦労はなかったが、誰でも良かったと浮き彫りにしただけな気もした。

 ほどほどで切り上げて、のぼせる前に湯船を出る。着替えてから夜風に当たり、少しぼさ髪を待ったが、なにをしているのか出てくる気配がない。先に戻ろうかとも考えたが、カンテラが一つしかないことに思い至る。

 風が心地好かった。もう少し待つのも悪くないだろう。

 よく見ると、裏庭は手入れのされていない草木が野放図に茂っていた。小奇麗なのは道なりに敷かれたレンガの周りだけだ。崩れかけの石垣も見える。

 と、一際強い風が吹く。

 巻き上げられた砂埃に思わず目を閉じた。

 茂みが鳴る。人の気配。レンガを踏む、靴の音。


「――――」


 視界に映ったのは白い影。単眼装飾の仮面頭巾。細くしなるような刃。

 サーベルの切っ先はすでに俺に届いていた。

 喉を裂かれた痛みが走る。


「ぁ……、か、ふ――っ」


 言葉になるはずもない。裂かれた喉を押さえる。ああ、やっぱり斬られているなと分かるだけだった。痛い。意味が分からない。痛すぎる。熱い。視界が狭くなっている気がした。

 続けて脚を斬られた。鮮やかな手並みというやつだろうか。立っていられない。転がった。俺の体は何度も突き刺される。痛くて声がでなくて思考がまとまらない。もっと仕事しろよ俺のアドレナリン。痛み感じまくりなんだが? 麻痺させやがれちくしょう。血だまりに転がったまま痛み耐える。その中で湧き上がるのは、これだけされてどうして俺は「死なないのか」という疑問。

 息苦しい。涙も出っ放しだ。ただ、それ以上に血も流れっぱなしなので、もうどうでもいい。霞み暗い視界に、俺を襲った奴の靴だけが見えていた。


「死なないのが不思議だろ? オレがいいことを教えてやるよ」


 くぐもった声。頭が踏み付けにされる。


「曖昧な殺意じゃ人は簡単に死なない。必要なのは『殺してやる』って意気込みだ」


 刃が風を切る音がする。再び首が裂かれた。いや、これは――。

 髪をつかまれ持ち上げられる。軽々と。ああ、当然だろう。

 血に沈んだ「俺の首から下」を見せ付けられた。


「まあ、頭を潰せばそんなの関係なく、ソッコー死ぬんだけどな」


 高く放り投げられたのだろう。

 くるくるぐるぐるまわりまわる視界は白刃に貫かれ、止まった。

 ようやく――、痛みが終わり、死が訪れる。

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