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007 三十路協定

 重い足を動かしながら大通りを歩く。

 蛍火の密度は増していて、少しずつ無銘亭に近付いているのは実感できた。

 ゴブリンを倒したことで加算されたCPは百。それだけだった。あれだけ苦労して、紙一重で倒して、それで百だ。晩飯代にすらならない。狩りを続ける余力はなく、自然と帰途についていた。

 ようやく無銘亭の灯かりが見えてくる。体から力が抜けた。今晩は部屋を取って休みたい。一歩踏み出すたびに誘惑は強くなり、次の一歩が重くなる。一泊するCPがあるのなら、少しでもレベルアップにまわしたい。稼げていない以上、焦燥だけが募った。

 入口の黒ボードに視線を落とし、苦笑。

 値引きされているはずもない。一泊五千CPが果てしなく遠く感じた。加えて食事代もいる。さらに結晶化しなければならないので必要額は十パーセント増しだ。いまからでもお嬢様に頭を下げるべきかとも思うが、それも短慮だろう。別の、それもさらに厄介な人間関係という問題が浮上するだけだ。しかも優位に立てるカードが俺にはない。


「その様子じゃだめだったみたいだね」


 中で迎えてくれたのはカネイさんだった。昨日と変わらない顔付きだ。


「まあ一人じゃあしかたがない。帰ってこれただけでも凄いことだよ」

「どうも」


 話す気力もない。察してくれたのか、しつこく話しかけてくることはなかった。安い食事と飲み物だけ頼み、促されたので先に支払いを済ませる。そのまま定位置となった端の席へ。他に客の姿はなく、とりあえずは落ち着けそうだった。

 テーブルに顔を伏せてどれくらい経っただろうか。少し、眠っていた気もする。話し声がするので顔を上げた。見れば気付かぬ間に食事が置いてあり、やはり眠っていたのだと自覚する。


「何度でも言うが、CPがないのなら泊められない」

「だ、だって! 部屋は空いてるでしょ!」


 カウンターのほうでカネイさんとぼさ髪の女の子が言い合っていた。


「慈善事業をしてるわけじゃない。無料で泊めるわけにはいかない」

「て、手伝いとかするし!」

「手は足りてる」

「なんでもするから!」

「騒ぐなら追い出す」


 ぼさ髪が口をつぐむ。

 言葉を重ねるたびに声が大きくなっていた自覚はあったのだろう。


「君はこの二週間近く食べて寝るだけだっただろう。考える時間はあったはずだ。なにか特別なことができるのなら僕も考えるが、なにもできないのなら必要ない」

「……い。……、お、大人みたいに、できるわけ……ない……」

「安心してくれていい。君みたいな大人のほうが多かった。君が今日泊まれないのは君が子供だからではなく、君がなにもしなかったからで、君がなにも考えなかったからだ」


 泣き始めたぼさ髪に構う気はないらしく、カネイさんは厨房へと消えた。

 しゃくり上げる鬱々しい泣き声だけが店内に響く。

 少しぱさついたパンをかじり、ぬるい野菜煮込みスープを口に運んだ。すすり泣きをBGMにした食事が楽しいと感じられるはずもなく、重苦しい未来像だけが脳裏を支配していきそうになる。

 明日はどうするかな。

 心中で呟き、そう考えるだけの余裕はあったのだと口元に笑みを浮かべられた。

 手元で保持領域(ストレージ)を操作し、予定を考える。

 CPをどうやって稼ぐべきか。飛び道具でもあればマシになるかもしれないが、現状でそれは無理な話だ。誰も持っている様子がない。つまり観察が行えず、待ったところでストアに並ばないということになる。無銘亭での購入も検討するべきか。値段と在庫の有無を確認する必要がある。

 魔法でもあれば都合がいいんだけどな。

 GUIのアイコン群が作るリングを意味もなく動かしながら考える。手元で指を動かし選んでタップ。アイコンリングが切り替わる。広がった画面窓には三つのアイコン。見覚えがない。増えている。その一つに描かれているのは細長い棒状の――、槍のマークに見えた。止まっていた手をおそるおそる動かし、再度タップ。


「――――」


 声もなく息がもれた。

 画面窓の中でアイコンが展開する。広がるのは説明文。

 〈槍技〉レベル1。槍状の武装に関して扱いが向上する。

 仮称「スキル」。特殊能力。特別な力。それを指し示す単語の羅列が思考を占めた。同時に浮き足立つ気持ちが湧き上がる。浮かれてにやけそうになる口元を押さえ、他の二つも確認する。

 〈隠術〉レベル1。隠密行動に関する動きが向上する。

 〈観察眼〉レベル1。観察行為に上昇補正。

 説明が短すぎる――が、概略は把握できた。ゲーム的で俺には分りやすい。よく見れば全部オートと表記があるので自動発動なのだろう。

 レベルの上昇には一万CP必要だった。これは身体能力のほう――紛らわしいので仮称「ベースレベル」と呼び名を変更――と同じだ。となると、レベルが低い間はあまり効果は期待できないのかもしれない。必要なCP量を考えると頭が痛くなるが、ないよりは強くなっているはずだと自身を鼓舞した。

 残りの食事を口に詰め込み、早速だが効果を確かめるため席を立とうとする。


「おい、見ろよ。俺の勝ちだ」

「ち。ま、まだ分からないだろ。だろ?」

「……はやく、メシ」


 粗野な空気が入り込んできた気がした。思わず離れかけた腰が椅子に戻る。狩りから帰ってきたらしき「三十路協定」の三人組だった。身なりは小奇麗な冬服だが、見て分かる武装は持っていない。アプリの「バックパック」か「ボックス」あたりを利用しているのだろう。荷物を見えない異空間にしまえて便利らしいが高くて手がでない。「ポーチ」ですら十万CPもする。「バックパック」は五十万。「ボックス」に至っては百万もするのだから雲の上の話だ。


「おいお前。ガキ。こっち向け。お前だロリっ娘」


 ずかずかと歩く三人組はぼさ髪を取り囲み、背の低い男がぼそぼそと言う。


「もう泊まれなくなったんだろ? そうだろ? あ?」


 明らかに怯えた様子のぼさ髪は小さく頷き返した。


「なあおい、俺の勝ちだろ。へへ、今日はお前の奢りな」

「ち。う、うざい。分かったから、から。その顔やめろ、ろ」

「なあ、メシ……」


 痩せた男が小男をあしらい、大柄な男は一連の流れとは関係なくそわそわしていた。

 ぼさ髪が今日も無銘亭に泊まれるかどうか賭けていたのだろう。


「ああそうだ。お前CP欲しいよな」


 小男がぼさ髪の顔を覗き込む。「ひっ」と言いながら下がるぼさ髪だったが、小さな背が大男の足にぶつかって止まった。慌てて横へ逃げるが、その先を痩せた男が塞ぐ。


「お兄さんと遊んでくれたら宿代くらいすぐに稼げるかもなぁ?」

「……――っ」


 小男はぼさ髪の顔に手を這わせながら言った。

 その光景を眺めながら、力尽くで襲っていないだけ紳士的だよなと感想を抱く。だがまあ、あいつらと徒党を組む案は完全に却下だ。胸糞悪い。


「なあ、あんたたち。取り込み中に悪いんだけど、ちょっといいか?」

「あ?」


 三人組の視線に、少しびびる。それでも近寄りながらスマイルだ。


「良かったら一杯奢らせてくれないか」

「はぁ?」

「なんかあっという間に強くなったって聞いてさ。お近づきになりたいんだ」


 なに言ってやがんだコイツ、――という顔で見られた。注意は引いたので、気にせずごり押しにかかる。


「今日怪物とやり合ったんだけど、あれ勝てるわけないだろ? だってのに、あんたたちあんなの狩りまくってるんだろ?」

「ま、まあな」


 不審顔を崩さない痩せた男は無視し、そもそも状況を飲み込めてなさそうな大男も無視し、反応をした小男狙いでいく。適度に本音を織り交ぜながら、おだてる方向でまくし立てる。カネイさんを呼んで注文も手早く終わらせた。「三十路協定」は戸惑ってはいるが悪い気はしていないようで、流されるままテーブルに着いていく。視界の端で、ぼさ髪が店を出ていくのが見えた。


「やっぱり強くなる秘訣とか、あったり?」

「も、もしあっても、お、教えると思うか?」


 興味津々という体でいけば、痩せた男がどもりながら牽制してくる。「三十路協定」のブレーンなのだろう。適当に誤魔化しながら「口が堅いので舌を巻く」風を装い、小男狙いを維持。小男が調子に乗るほど、痩せた男はそれを見下せて気分が良い様子だった。

 酒を勧めながらいくつか情報の確認を済ませ、頃合いを見て席を立つ。


「じゃあ俺はそろそろ。あざっした」

「おう、まあ頑張れや」


 赤ら顔の小男は上機嫌だった。単純で助かる。そのまま、騒ぎを背に店を出た。

 少しアルコールの入った体に冷たい風が心地良い。

 塔へ向かって歩き出そうとし、足が止まった。暗がりに人が立っている。ぼさ髪の女の子だ。こっちを直視したまま動かない。ちょっと、いや、かなり不気味なのでそういう行為は遠慮してほしい。


「そんなところにいると、また絡まれるぞ」

「だって泊まるお金ない」


 鼻声で言いながら寄ってきた。

 まあ、よく見ればただの泣きはらした子供だ。声の調子は思ったより明るい。絶望していないのは状況の最悪さを理解できていないからだろうか。目付きの悪い上目遣いでぼさ髪は口を開く。


「ねぇねぇ名前なんていうの。どこ住み?」

「馴れ馴れしいな、おい」

「だって助けてくれたじゃん」

「あいつらに用があっただけだよ」

「へー、ふーん」


 歩き出したが付いてくる。

 石階段を上り、塔の円状基部へと入る。広場と呼んでも差し支えない大きさだ。邪魔なものはなにもなく、運動したりするには都合がいい。蛍火の密度が濃いのである程度は見通せた。暗視スキルか照明魔法でもあれば快適だろうなあと考え、狩り効率は上がらないだろうから優先度は低いと思い直す。


「刃物振りまわすから近付くなよ? あとできればどっか行け」

「どっかてどこよ」


 その疑問は真理だ。行き場所なんてどこにもないのは俺も知っている。

 槍を手に、怪物をイメージした立ちまわりを繰り返す。


「――――っ」


 〈槍技〉スキルを意識して振るえば、妙に体が軽く動くのを感じた。鋭く突けば、穂先に光が乗ったようにも見える。錯覚――ではないようで、巧く動けたと感じたときには必ず光を纏っていた。

 光の軌跡が見えるときは、威力補正でもあると考えるのが妥当か。

 どう動けば攻防が易くなるのかというのが漠然とだが「分かる」ようになっていた。槍を使うと意識下でなにかが忙しなく動いている気配がする。たぶん、ストレージが仕事をしている。

 気が付けば一時間ほど経過していた。随分と息が上がっている。汗が酷い。夢中になって槍を振っていたらしい。単純に楽しかった。動かしたことのない身体の使い方が次から次へと実践できる。

 槍を転がし革水筒をあおった。スキルの有無で随分と違いが出るのは誰もが実感することらしい。だが、レベルによる上昇幅は緩やかで、5レベルほど上げなければ体感し難いという話も聞いた。ひとまずレベルを上げるのは見送りだろう。正直、槍が自分に合っているかも分からない。間合いが取れる分、心に余裕が生まれると考えて選んだだけだ。


「お、おつかれー?」

「まだいたのか」


 寄ってきたぼさ髪に座りながら顔を向けた。


「だって行くとこないし」

「塔の中は暖かいぞ」


 動いていたので俺は平気だが、じっとしていたのであろうぼさ髪は声が震えている。そもそも格好からして寒そうだ。薄手のパーカーに短パン生足スニーカー。腕を抱えてしきりに足踏みしているが、そもそも靴を履いているのが気になった。塔と聞いて嫌そうな顔をしているぼさ髪に聞く。


「あのときはコンビニの帰りだったし。てゆーか、流れ星すごかったよね」

「夜中に出歩くなよ、不良娘」

「別にいいじゃん。親なんも言わなかったし」


 過去形で評することに少し感慨を覚えた。こいつはもう「こっち」で二週間くらい過ごしていて、「向こう」の生活は遠くなっているんだろう。


「ねぇねぇ、どこで寝てるの? 昨日泊まらなかったんでしょ?」


 それが知りたくて待ってたのか。少し呆れながらも顎で塔を示してやる。

 途端、ぼさ髪は眉を寄せて露骨に顔をしかめた。


「マジ?」

「マジ。暖かいぞ。時々自殺し始める連中がうるさいだけで」

「………………ぇぇー……」


 これはそうだな、あれだ。ドン引きした顔だ。

 気にせず、俺は体が冷える前にと起き上がった。昨日と同じように浮遊石の間で眠るつもりだ。少し遅れて足音が付いてくる。

 中は相変わらずだったが、一つ違うことがあった。ぼろ布たちの総数が十五人になっている。武器を持った連中は三人ともいたので、仮に出歩いている者がいないのなら、「生き返ることを諦めた」奴が一人いる計算になる。そしてそれはたぶん、ここで繰り返されている日常だ。

 CPを稼げなければ、――長くは生きられない。

 壁際に腰を下ろし、魔法のように何度も心で言葉にする。

 数歩離れた位置に座るぼさ髪を見た。

 あいつの手持ちは間違いなく五千CP以下で、それはぼろ布たちへの仲間入りが近いことを意味している。あと何度か食料を買ったら、もうなにもない。飢え死にするか、飢えに耐えかねて自ら死ぬか。そして生き返ることを選び、再び飢えるまでの時間を過ごすだけだ。

 それが嫌になったら? 生き返ることを選ばなかったら?

 もし「本当に」死んだらどうなるかなんて――、誰にも分からない。

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