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006 二日目/怪物広場/戦闘

「あ、狂璃(きょうり)さん。おはようございます」


 店内に入った俺は漆寝(しつね)の挨拶に応じ、一番安い食事と昼食用の軽食と水を頼んだ。CPを稼ぐ目処が立つまで贅沢はできない。端の席を選んで座り、槍は邪魔にならない位置に立てかけた。

 時刻は七時過ぎ。欠伸を噛む。身体のあちこちが痛い。あれから寝直したものの、やはりまともに休めなかった。それでも一応ストレージは更新されていた。

 ストアを確認し、並んでいた槍と鉈を購入。他にも安くて黒系の靴や外套代わりのぼろ布を揃えた。できるだけ闇夜に馴染む色合いを選んだつもりだ。「お嬢様と下僕」たちのように白服を選ぶ気にはなれない。

 腰に下げた鞘付きの鉈に触れた。刃物を持った落ち着かなさと、なにかあれば凶器を振るえるという安堵が同居している。慣れればこの気持ちも消えるだろうか。


「お待たせしました。あの、早速、ですか?」

「そのつもりだよ」


 応じながら、右手でGUIであるアイコンリングを起動。開いた仮想の画面窓に指で触れた。数字を確定するとなにもない空間に小さな結晶が生まれ始める。結晶化したCPを手に取って漆寝へと渡した。

 これで残りは五万CPちょっとだ。レベルを3にするのに累積で三万必要だったのが響いているがしかたない。心持ち体が軽い気もするし、効果はあるのだろう。レベル4にするにはさらに三万必要になるのでしばらく上げられそうにない。

 簡素なパンとスープを静かにテーブルへ置いた漆寝は不安顔だった。


「無茶をするつもりはないって」


 そう口にしながらも、単独で怪物退治に乗り出すこと自体が無茶だろうと内心で苦笑する。話を聞く限り、集団で狩りに出ても最初は死人がよく出るらしい。それを一人で、というのだから漆寝が気にしてくれるのも分かる。ここでトラウマになるような死に方をして「生きることを諦めてしまったら」、CPを吐き出す人間が一人減ることになるのだから。


「それでもやっぱり、その、心配です」


 営業用の建前であったとしても、そう言われて悪い気はしない。無銘亭一階の酒場兼食堂には他の客の姿がなかったので、そのまま少し話を続けた。


「あ、すみません。冷めちゃいますね」

「猫舌だから丁度いいかも」


 適当なことを言い、奥へと引っ込む漆寝を見送ってから食事に取りかかる。

 途中、ふと顔を上げた視線の先にその少女はいた。

 階段の途中でこちらをじっと見ている。少女というより女の子と表現したほうがいいだろうか。おそらく小学生くらいの歳で、ぼさぼさの髪をしていた。寝起きといった様相だったが、それを差し引いても目付きが悪い。

 特徴に心当たりはなかったが、宿にいるということはぼろ布候補なのだろう。怪物退治に出ることなく、ただ初期CPを消費するだけの存在だ。彼女が何日目かは知らないが、長くても二週間ほどで宿を追い出されることになる。

 この街に現れる人間の頻度を考えれば、まだ何人か同じぼろ布候補がいるはずだ。協力できれば戦力になるかもしれないが、行動できていない時点で足手まといになる可能性が高い。


「おはようございます、呼白(こはく)さん」


 漆寝の声にぼさ髪が揺れる。頭を下げて挨拶をしたということらしい。呼白という名の女の子が喋ることはなく、出されたパンも作業のように小さな口でかじっていた。

 鬱々しい。気が滅入る。

 どうしても連鎖増殖する負のイメージを追いやって、席を立つ。


「漆寝さん、ごちそうさま。いってきます」


 自分でも違和感を覚えるくらい、ことさら張った声でそう告げた。

 軽食入りの紙袋と革水筒を受け取った俺は足早に店を出る。





 塔からは十二方向に大通りが伸びている。その先にそれぞれ光の柱があるということだった。数えると光の柱は九つだったので、全方向にあるというわけではないらしい。俺は無銘亭が面した大通りを一時間以上進み、目的地である初心者向けの広場に到着した。

 光の柱の基部は広場になっており、その中心部には巨大な白い樹と女神を思わせる白い女性像が存在していた。像は樹と一体化しているかの様相だ。話によれば、場所によって現れる怪物の種類が変わる。初心者の怪物狩りに一番適しているのがここだ。

 建物に囲まれた直径二百メートルほどの円形広場は、照らされる強烈な光でスキー場のナイターを思わせる空間になっている。中央の巨木は淡い光に包まれ、舞い上がる光が高さ二十メートルあたりから円柱状の光を作っている。そこからばら撒かれる輝きによって広場は染め上げられていた。


 それらを、外周に存在する建物の陰から俺は眺め続ける。

 蛍火が漂うのは大通りだけで、仮称「女神広場」には見受けられない。それが示す意味は当然、広場が危険地帯であるということだ。跳梁跋扈と言うにはほど遠いが、それでも広場には時折怪物が現れた。三十分で八体といったところだろうか。間隔は不定期だったので、その数はあまり当てになりそうにない。その怪物たちはすべて中央に向かって歩き、そして樹や像を壊そうとして消滅した。力尽きたといった様子だったので、おそらく死んだのだろう。

 アプリで撮影した動画を確認しながら、怪物たちの特徴をメモしていく。奴らはすべて影絵のように真っ黒で、そして光の加減で透けて見えることもあるゼリーのような体だった。半透明立体影絵――などという言葉が浮かぶ。姿形から、ゴブリン、スライム、狼、牛と仮称を決定していく。大きさや武装が違って見えることから、個体差は存在するようだった。続けて、消滅までの時間からタフネスを想定し、壊そうとする動きから攻撃手段を確認。戦いやすそうな相手を選別する。


 そのまま休憩を挟みながら三時間ほど過ごしたあたりで、俺は手にした小石を強く握り締めた。観察と分析を終え、初戦に相応しい獲物が登場したからだ。

 広場、それも大通りに近いあたりに牛型の怪物が一体いた。角などはなく、突進と踏み付けくらいしか攻撃手段を持たない。タフネスは高めだが、一撃をもらう可能性が一番低い相手だと見積もった相手だ。

 俺が怪我の痛みに耐えながらまともにやりあえるとは思えない。だとすれば、すべての攻撃を避けるつもりで挑める相手を見繕うべきだろう。

 身長ほどの長さがある槍はひとまず足元に。あまりためらっている時間はない。怪物は広場に現れてすぐに樹へ向かって攻撃し始めるのだから。

 狙いを定め、小石を投擲した。


「――っ」


 風を切り進む小石は牛に向かって飛び、そしてそのまま空しく石畳を転がった。

 そ、想定内だ。集めておいた小石を再び投擲。今度は当たる。

 こちらを向いた牛は赤く目を光らせた。

 足元に置いていた槍を拾い上げる。再び視線を上げたときには牛は動き出していた。

 喉から引きつり声を吐きそうになったので強引に飲み下す。

 突進してくる影の怪物を前に、気勢で負けてはなにも手に入らない。

 距離はある。攻撃しようと思うな。避けることだけ考えろ。

 敵意を感じさせる赤い目に呑まれないよう、歯を食いしばった。

 大通りに立つ俺は横へと避ける。

 牛は当然狙いを修正しながら走り込んでくるが、急な方向転換ができるはずも――。


「な――っ!」


 勢いに乗っているように見えた突進を前肢で支えるように急停止させ、振り上がった後肢を器用に曲げて俺のほうへ向く。

 愚鈍さなど感じさせない動きに、俺は怯んでいた。どう避けようなどと考える余裕はなく、ただ手にした槍を前へと突き出すだけで精一杯だった。

 牛の蹄が石畳を打ち鳴らす。近くで唸るその姿は遠目の何倍も大きく見えた。それが自分に向かって踏み込んでくる。作りの粗雑な槍もどきなんか、風で折れる細枝のように頼りない。

 それでも、穂先が肩口を捉えた。そのまま抉るように突き刺さる。

 ただ、だからどうした、――という話でもあった。牛の勢いが止まるはずもない。角はないが、その体躯の突き上げを食らえば終わりだ。

 視界が揺れた。

 痛みがないのは逆に致命傷だからだと思い、即座にそれを否定する。

 横に流れる光景の中、しがみ付いていた槍が抜けた。

 槍ごと振り払われる格好になった俺は、石畳の上を滑るように転がる。痛くて無様だったが、とりあえず、無事だ。動ける。

 俺の槍を受けた牛は、踏み込みきる前に突き上げる動作に入ったらしい。

 お陰で助かった。起き上がった俺はそのまま全力で走り出す。目指すのは塔の方角。つまりは逃げの一手。蛍火の密度が濃い場所を目指した。

 走り出してすぐ、俺は蹄の音が聞こえないことに気付き振り返る。

 敵意のこもった赤目の牛は動いていない。距離を置いて対峙。いつでも走り出せるように意識しながら様子を見た。

 そもそもここは蛍火の存在する大通りで、おそらく怪物にとっては居心地の悪い場所のはず。高い知性はなさそうだが、深追いを避けたいのが向こうの心情なのかもしれない。


敵愾心(ヘイト)切れってところか」


 広場へ帰っていく牛を見送って、一息。力が抜けそうになるが、槍を杖代わりになんとか座り込むのは回避した。それでも情けないことには変わりない。

 牛はそのまま樹に突進を繰り返して消滅したが、CPは加算されなかった。とはいえ収穫もある。大通り――、蛍火を怪物が嫌うということも実感できたし、倒せはしなかったものの、一撃を入れた上に大した怪我もなく生きている。

 初戦にしては上出来だと自分を褒め、昼食を取るべく物陰に身を潜めた。





 牛はヤバイと理解したので、他の怪物狙いに切り替える。

 狼は論外だ。動きが素早くて対応できる気がしない。となるとゴブリンかスライムの二択になるのだが。一体だけで現れたスライムを観察しながら熟考する。

 樹に触手を伸ばして溶かそうとしているように見えた。滴り落ちた液体が酸のように煙を上げている。普段の動きは鈍いが、触手を伸ばすときは別だ。蠕動する体躯は人の腰ほどの高さまであるので不気味でしかたがない。タフネスも牛ほどではないがある。

 結局は消去法だ。

 俺は一体だけのゴブリンが現れるのを待ちながら時間を過ごした。複数で徒党を組んでいることがほとんどだったので、午後二時をまわってもチャンスは訪れない。次のプランを実行するべきか悩みながらの午後三時。ようやくゴブリンが一体だけで姿を見せた。

 手順は牛と同じ。

 小石に対する反応はゴブリンのほうが良かった。当たっていないのにこちらへ向かってくる。好戦的だ。逃走時のマージンは少し多めに見積もるべきか。ゴブリンが追ってくるのを確認しながら、できるだけ大通りへと引き込んだ。


「ガッゲェッ!」


 ゴブリンは意味を成さない奇声で威嚇してきた。黒い影のような体は光をなかば通していたが、滑らかに動くさまは生物的な印象を確実に生んでいる。ゼリーのようにも見えるが、噛まれたら痛そうな歯が並んでいるし、手にした黒い短剣らしき凶器も鋭そうだ。

 上背が俺の胸ほどまでなので威圧感は少ない。向けた槍による牽制も効いている。生唾を呑みながら、ゴブリンの動きにあわせて穂先を動かし続けた。無駄に心臓が激しく鳴っている。意識しなければ呼吸を忘れそうだ。

 不意にゴブリンが右に跳ぶ。


「――!」


 慌てて槍を向けるが、すでに穂先より内側に入りこまれていた。

 身を低くしたゴブリンの姿が目に入る。

 対応できるはずもなく、

 ――だが、慌てた勢いのまま振り抜いていた槍に思わぬ衝撃があった。

 打ち据えた感触。頭を打ち据えられ怯んだゴブリンの姿。

 槍の柄が偶然にもゴブリンの頭部を捉えていた。


「――っあ!」


 槍を引き戻し、狙いを定める余裕もなく、とにかく全力で突き出す。至近距離にいるゴブリンの赤い目と視線が交差した。俺は必死で、たぶん、向こうも必死だ。

 刺さった手応え。

 ゴブリンがなにか叫んだ気がする。そのまま体重を乗せて踏み込んだ。押し倒すつもりで全力だった。深く抉る感覚。崩れ落ちる黒い影。仰向けに倒れたゴブリン相手から槍を引き抜き、突き刺す突き刺す突き刺す突き刺す。抵抗しようとしてきた。腕を踏み付けてやった。これで短剣も振るえない。突き刺すたびに黒い液状のどろりとしたものが溢れ出ていた。次第にゴブリンは動かなくなる。それでも突き刺した。消えてなくなるまで、何度も何度も何度も何度も、繰り返し突き刺した。


「はあはあはあはあ――……」


 石畳に槍を転がした俺は座り込む。

 もう脅威だった敵の残骸はない。痕跡もない。勝ちだ。勝利だ。

 汗を拭う。髪が額に張り付いた。

 嫌な気分と好い気分がぐちゃぐちゃで、しばらく動けそうにない。いましがたの攻防を思い起こす。鮮明に刻まれたそれは到底忘れられそうになかった。

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