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016 ある種の病

 借りたときよりは綺麗になった拠点部屋に槌音が響く。

 鈴芽が火造り箸(やっとこ)でつかんだ「それ」は徐々に武器へと変じていた。だがその光景は、やはりファンタジー的というよりゲーム的だろう。金床の上で槌が振るわれるたび、火花らしきものが散っては消えた。




 鈴芽に作るところを見せてくれと頼み始めたのが午前六時過ぎ。当然嫌がるだろうとは思ったが、頑なに拒絶する理由は想定と違った。秘匿したいのは製作過程ではなく、散らかっている部屋だった。


「……み、見せ、たく……なぃ……」


 涙目だった。そんなに嫌か。他の場所ではどうかという話になり、俺の部屋に招くことになった。決まったのは午前七時頃。承諾したのは、たぶん、これ以上遅くなると起きてくる者がいるからだ。というか、いた。


「相変わらず早いな、狂璃。と、今日は連れが違うみたいだが?」


 不審がる臣葦に、狩りは休むことを告げる。


「ってことは、追い付くチャンスだな」

「そういうところが危なっかしいんだけど……」

「向上心が高いと言ってくれ」


 深くは聞いてこない。関心はあるだろうに。俺が踏み込まないのを察して、向こうも距離を置いてくれている。


「じゃあ、また夜にでも」


 臣葦と別れて無銘亭を出る。その間、鈴芽はずっと無言だった。


『鈴芽:友達?』


 歩きながらチャットで問われ、返答に窮した。「狩り仲間だよ」と返すと鈴芽はなにか小さく言った。石畳を踏む靴音に隠れて聞こえない。


『鈴芽:他にもいるの?』


 道すがら呼白のことを話す。いままでは意図的に避けていた。鈴芽よりも親しい間柄の人間が存在することを意識させたくなかったからだ。そういったことは聞かれたときに答えようと考えていた。

 年齢性別背格好特技性格趣味等々。重ねられる問いに答えていると気が付くことがあった。鈴芽はなんの操作もせずにチャットを飛ばしてきている。初めはフードローブに隠れている手元で打っているのかとも思ったが、違う。疑問に思って尋ねた。


『鈴芽:脳内でカチャカチャ、ッターン!』


 彼女をうかがうと口元がドヤっていた。

 頭の中でキーボードを打つ感じだろうかと聞けば、肯定の返事がくる。


『鈴芽:長いのは無理』のあとに『鈴芽:難しい』という感じで、仮称「思考操作」は短文になりやすいようだった。長文は文意が複雑になるので安定して送れなくなるらしい。試してみたかったが、その前に俺の拠点部屋に着く。


『鈴芽:このぼろさは落ち着く』

「うるさい、ほっとけ」


 鍵を開けて中に入るとベッドで眠る呼白が見えた。いつもの起床時間はとっくに過ぎているはずなのだが。そう思っていると、突然ベッドから飛び起きた。


「ぎょおりい! おがありなざあひっ!」


 すっげー涙目だった。飛び付いてくる。とはいえ、軽い。俺にしがみ付きながら子供らしい本気泣きをし始めた。それを聞きながら、いまの叫びは「狂璃! おかえりなさい!」かと理解する。閃けた自分を褒めてやりたい。

 後ろで廊下をばたばたと逃げていく足音がした。階段のあたりで止まる。チャットにメッセージが連続着信しているが、まあ、放っておいてもいいだろう。


「とりあえず鼻水付くから離れろよ」


 引きずりながら歩き、タオルを確保、顔を拭いてやる。いまのところ女神広場で拾えないティッシュ箱は高級品なので使えない。


「なんで泣いてるのか知らんが、とりあえず落ち着け。客を待たせてる」


 撫でてやっていたら少しは平静さを取り戻したようで、すすり泣きをしながら断片的に事情を伝えてきた。要約すれば「捨てられたと思って泣いてた」だ。目が覚めたら俺の姿がなくパーティも解除されていた。不安になったらしい。置いたままの荷物を見れば、すぐに違うと分かりそうなものなのだが。言っても詮無いことか。


「……い、いらない子じゃ、ない?」

「必要必要。すげー必要。だからこれから部屋ですることしっかり見とけ。しっかり聞いとけ。あと考えろ」


 ベッドに座らせた呼白の頭をくしゃくしゃにしてやる。目は赤いが泣きやんではいるので大丈夫だろう。頷くのを見て、「よし」と笑いかけてやった。

 次は鈴芽だ。

 立ち上がって確認すると、メッセージ数が三桁に迫りかけている。いまもなお増え続ける数字に気が重くなった。が、対応しないわけにもいかない。

 廊下へ出て姿を探す。すぐに見つかった。暗がりに暗緑のフードローブがうずくまっている。風景画に描かれた人物のように小さく、そして溶け込んで見えた。メッセージは事態に対する驚愕から疑問を経て不安と猜疑に転じ最終的には呪詛になっている。


『鈴芽:嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き』


 手元で操作する様子がないのに送信され続けるこのメッセージは、つまり脳内で思考され続ける言葉ということになるのだろう。コピー&ペーストが思考操作にも存在するとしても、ずっとその作業をし続けていることになる。


「あー……、スズ?」


 小さく鈴芽が震えた。俺は数歩の距離で腰を落として話しかける。


「驚かせて、ごめん。スズのことに夢中になりすぎて呼白を不安にさせたみたいだ。もう落ち着かせたから大丈夫。いつもはあんな騒ぎ方をする奴じゃないんだけど――」


 途中で不意に鈴芽が立ち上がった。ツカツカ歩み寄られ覗き込まれた。間近に彼女の顔がある。眼鏡の奥、見開いた濃藍(ダークブルー)。凝視されている。


「ど、どうかした?」

「…………う…………た……?」


 唇の動きで喋ったということは理解できたが、声が小さすぎて聞き取れない。ほとんど音になっていないのではないだろうか。


「ごめん、いまなんて――?」


 突然視線を逸らされた。見れば、鈴芽の病的に白い肌が赤く染まっている。


「よく聞こえなくて、悪い」

「――っ」


 唐突に片手で押された。バランスを取りながら、考える。

 俺の言い訳に怒りを感じて問い詰めたものの、近すぎたことに気付いてきょどり、察しの悪さに苛立って押した――、そんなところだろうか。よく分からない。


「えーっと……、あれだ。改めて。スズ、武器作りお願いできるかな」

「……ん」


 こちらもこれで落ち着いた――、のだろうか。鈴芽は露骨によそよそしい態度へと変貌しているが、彼女に関して深く考えすぎるのは無意味だと思考を断ち切った。

 部屋へと再度案内して呼白とも一応挨拶を済ませる。鈴芽は無言で会釈。呼白も俺が促すまでは無言。重苦しい。

 その空気を軽い乾いた音が打ち破った。

 鈴芽が両手を打ち合わせたらしい。なにかと思えばすぐに広げ始めた。手の間の空間に金床がじりじりと実体化されていく。完全な実体を持つ前に部屋の石床へ置くように固定した。

 彼女は当然のように取り出したが、異空間収納系でも時間を要したそれは「ボックス」であることを示している。それだけで百万CPする高嶺の機能だ。続けてより短い時間で槌などの道具類を取り出し並べていく。こちらは袋から取り出す程度の時間で済んでいることから「バックパック」であると予想できた。最後は結晶類。これは瞬時だったので「ポーチ」だろう。しかし――。


「毎回手を叩くのは大変そうだな……」

『鈴芽:これはただの趣味』


 詳しく聞けば、動作はなんでも構わないそうだ。保持領域(ストレージ)の用法は随分と融通が利くのだと改めて思う。鈴芽にとっては物を取り出すイメージが「両手を打ち合わせる」だったのだろう。曰く『鈴芽:誰もが通る道』。よく分からないが、機能を動作に関連付けて操作するのは他にも応用ができそうだった。


「炉を使うわけじゃないんだな」

『鈴芽:高レベル用だと必要なはず』


 皿の上で燃焼させている結晶類は、鍛冶というより理科の実験を思わせる。鈴芽が用いる他の道具は鍛冶屋といった趣だったので妙なちぐはぐさだ。結晶が消えると火の中に光が生まれた。火造り箸(やっとこ)で「それ」をつかみ、金床の上で槌を振るう。

 鈴芽の顔付きは真剣だった。邪魔になるからとローブは脱いでいる。初めてゆっくりと顔立ちを眺められたが、整い具合に感心してしまった。金髪がよく似合っている。

 金音が響き始めて数分が経った頃だろうか。鈴芽が俺を見た。手招きされる。光は刃物らしき形状に変化し始めていた。


「ん……」

「――針?」


 渡された小さな縫い針の意味を問う。『鈴芽:血。登録するから』と返事がきた。感心しながら素直に従っておく。詳細を確認しておきたかったが、大粒の汗で濡れる鈴芽を前にあれこれ問い詰めるのも気が引けた。俺専用の武器に仕立てるつもりなのだと理解できたので問題はない。

 指先を針で刺した。〈痛覚抑制〉によって痛みらしい痛みはない。刃状の光を向けられた。目で問えば鈴芽は頷く。血を一滴落すと作業は再開された。

 それから完成するまで数分間、再び槌音が続く。

 仮にこれがすべてスキルによるものだとして、こんな儀式めいた手順を鈴芽はどうやって確立したのだろうか。鍛冶の真似事をしていたらスキルが手に入っていった? その断片を繋ぎ合わせて一連の作業ができるようになった? そんなパズルを目隠しでやるような行為が可能なのか?


「ん……、いい感じ……」


 鈴芽の呟きは小さかったが聞き取れた。一際強く光った輝きが収まると、金床の上には短剣状の武器ができあがっていた。黒塗りで片刃。西洋風の短剣というよりは狩猟用の剣鉈といった感じだろうか。


『鈴芽:黒血惨禍(ディザスター)

「名前か? これの名前なのか?」


 それはもう「いい仕事をやってやったぜ」という顔で黒剣鉈を渡された。確かにデザインにはどこか禍々しさが感じられるのだが――、さすがにそれは仰々しい。ゲーム的に考えても序盤の武器にその名前はちょっとないだろう。ともあれ、鞘は使っていた鉈の物を代用して身に付けた。


「スズ、ありがとう」


 清潔なタオルを渡して礼を言う。代金をどうすればいいかと問えば、鈴芽は汗を拭きながら首を横に振った。


『鈴芽:いらない』


 フードローブを手に取り『鈴芽:それより』こちらを向いて彼女は告げてくる。


『鈴芽:情報交換、しましょうか』


 唇には艶然。思わず引き込まれそうになった。鈴芽はどこまでなにを知っているのだろうか。腰に下げた黒剣鉈の重みが足を石床に縫い付ける。錯覚だ。そんなものありはしない。それでも、俺が唾を呑み込む音は耳に付く。

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