013 帰路/拠点
臣葦に対する簡単な講義を終えてから、二人で何度か狩りを繰り返した。
現れる怪物の数は一体から四体がほとんどで、やはり一人でいるときよりは増加傾向にあった。一、二体をメインに狩り、慣れてきたら三体にも手を出した。
基本的には俺が数を減らしてから臣葦が参戦するというスタイルだ。臣葦は戦力として計算していない。効率的に稼ぐというよりも、実戦経験を積むことでスキルを手に入れるのが狙いだった。
「よし、――じゃあ臣葦、あとはよろしく」
「任せろ」
触手を落とし終わったスライムの処理だったり、武器を取り落としたゴブリンの相手だたり、危険度の低い場面で臣葦の出番を設けた。その際、フォローできる位置から様子を見たが、やはり怯まず立ち向かえるのは強みだと感じた。ぼろ布男たちと同じことをしようとすれば、きっと何度もフォローが必要になるだろう。弱腰だと怪物も付け上がる。
「これくらいにしておこうか」
講義に三十分。狩りに一時間と少々。二人で怪物を十四体狩ることに成功し、集中切れと判断したあたりで狩りを終了した。午後六時前。移動時間を考えれば都合がいい頃合いでもあった。俺たちは女神広場から引き上げ、呼白との待ち合わせをしている無銘亭へ向かう。
道中、体力的にというよりは精神的に疲れた様子の臣葦はあまり喋らなかった。怪我らしい怪我はなかったが、やはり敵意を剥き出しに襲ってくる怪物と長時間やり合うのは神経をすり減らす。スキルによる各種能力の底上げがなければなおさらだ。疲弊するのも当然だった。
「明日はもっと楽だと思うよ」
「お、おう」
「ほら、無銘亭もすぐそこだし」
「やっぱ明かりがあると安心できるな」
開け放たれたままの扉から大通りへ光がもれていた。確かにそれを見て同じ感想を抱いたときもあったが、いまは少し違う。視線は自然と自分の手に向かった。俺自身が持つカンテラの明かりのほう心地好い。無銘亭に比べればささやかなものだが、道行を照らしているという確たる実感がある。
「風呂にでも入れば疲れも取れるんじゃないかな」
「あるのか、風呂!」
「あるよ、風呂」
分かっていたことだが、ほとんどなにも説明を聞かずに無銘亭を出てきたらしい。その決断力は羨ましいが、真似したくはない。
喋る気力は取り戻したようだったので、適当に付き合いながら無銘亭の前まで歩いていく。その道すがら、路地から小さな影が飛び出してきた。
「き、狂璃! おかえりなさいっ」
ぼさぼさ髪に白黒チェックの羽織れる毛布。子供らしい高めの声は暗い大通りによく響いた。弾んだ声色は機嫌の良さを伝えてくる。なぜそんなところから出てくるのか疑問だったが、とりあえず挨拶には応じてやった。
「あのねあのね! 言われた通り見つけ――ふぁぐっ」
「騒ぐな、お子様」
駆け寄ってきた呼白の口を塞ぐ。
「んー!」
「なんだ、妹さんか?」
「まあ、そんなとこ。――で、呼白。うるさくしないって『約束した』よな?」
目を見て言う。
呼白の視線が俺と臣葦を行ったりきたり。ようやく理解したのか頷いた。
狩りに関する情報供与はするつもりでいたが、さすがに「建物」の件まで臣葦と共有するつもりはない。
「まあ、紹介は中でするよ。ここは寒いし」
「立ち話もあれだしな」
「んー! んー!」
ああ、塞いだままだった。こいつもこいつで押し退ければいいものを。抵抗すらせずおとなしく塞がれているとは、なんというか、残念な奴だ。
◆
無銘亭の中には「三十路協定」がいた。俺の後ろに呼白が隠れる。
なるほど、外にいたのはそういうことか。
小男は俺の顔を見ると渋面を作って視線を逸らした。昨日の一件は効果が続いているようで、ひとまずは安心だろう。問題は気にせず振舞う度胸を呼白が持ち合わせていないことか。俺の外套にしがみ付いているようでは舐められる。
「わ、と、たはっ」
振り払うと、バランスを崩した呼白が恨みがましい目で見てきた。知るか。
「やあ、お疲れ様。君たちは組むことにしたのかい?」
声をかけてきたのはカネイさんだ。俺と臣葦のことを言っているのだろう。
正直、返答は微妙なところだ。
「さっきまで一緒に狩ってましたよ」
「そうか。順調かい?」
「それなりに。ああそれと、手に入った物の買取お願いしたいんですけど」
「それは急ぎかな。違うなら漆寝が店を見ているときにしてもらっていいかい。僕よりも手際がいいしミスもない」
柔和な物腰ながら拒否させないつもりなのが感じられた。俺としても急ぎではないので頷いておく。揉める必要もないだろう。夕食を注文して席に着いた。
「漆寝って眠そうな子だろ? 説明が長くてオレも眠くなったけど」
臣葦が話す横でなにやらガタガタとうるさく椅子が鳴る。呼白が座る場所を調整中だった。なにをしているんだか。気にせず、俺は視線を戻した。
「話がこう――、ズバッとこないんだよなァ」
妙にオーバーリアクションで語る臣葦だったが、指摘しているポイントは的確だ。漆寝にそういうところがあるのは話していてよく感じる。
ともあれ、そんな彼女から説明を受けたという話は聞いていた。流れは俺のときと同じだったようだ。よく考えるまでもなく眠そうなのは当たり前の話だ。深夜から朝にかけて店に立つ彼女は、昼間に眠る生活スタイルだろうから。
ただ、臣葦が眠くなった原因は別だろう。講義をした俺の感触からすれば、単純に人の話をじっと聞くのが苦手なだけという印象だ。ずっと戯言で言い訳する臣葦に一応言っておく。
「つまり聞き流したわけか。それで知らないことが多いんだな」
「あー……、ははは……」
臣葦は頬を掻いて誤魔化した。図星らしい。
そのまま取り留めもなく話していたが、料理が置かれたことで気が付いた。
「狭い」
「……――っ」
呼白が俺のほうに寄りすぎだった。俯いて固まっているぼさ髪を眺め、ため息。俺は自分の椅子を動かし適度な距離を確保する。快適な食事スペースは譲れない。
そのまま歓談しながら食事を済ませ風呂も借りた。部屋を借りなくても、五百CPを支払えば使って構わないとの話だった。俺が殺された現場を通ることになったが、少し動悸が激しくなる程度で済んだ。
臣葦は別れるときに気まずそうにしていたが、泊まった回数のほうが少ないと告げたら微妙な顔で笑ってくれた。明日、広場で会うようなら一緒に狩るという約束だけした。
臣葦の身体能力を考慮すると、〈槍技〉と似たスキルの一つでも獲得すれば宿代くらいは簡単に稼げるだろう。いつまでも過剰に手を貸す必要はない。俺はまだ自分の身すら守れていないのだから。
無銘亭を出て近くの小広場まで歩く。横道に入ってほんの数分だ。適当な建物の入口に陣取り、石段の上に腰を下ろした。カンテラを横に置く。後ろを付いてきた呼白も隣に座るよう促した。
「ずっと喋らなかったことは褒めてやる」
「だって、こっち見るときずっと怖い目だったし」
「余計なこと言ったらクビ確定だったからな。分かってるか?」
「またまたー、はははー……は、え、あ、マジ?」
「秘密を守れない奴は本気でいらない」
「う、うん……」
声色を落として言ってやると、分かりやすいくらいしょげた。反省はしてもらわないと困る。ただでさえいまいちなお子様なのだから。
「とりあえず資料な」
「うん。いっぱい調べたよ」
言って「パーティプレイ」の機能を使おうとしたところで思い出す。そろそろ更新が必要な時間だった。協力体制が維持され機能が利用できるのは結成後十六時間まで。今朝組み直したので、残り時間は二時間ほどだった。手早く更新し、呼白にも要請受諾の操作をさせる。
「面倒だね。どうして時間制限付き?」
その疑問はもっともだ。制限はそれに加えて、結成時も更新時もメンバーが近くにいる必要がある。離れていると対象指定リストに識別名が表示されない。多少手間なのは確かだった。
「考えても分からないことは考えない」
「ええー……」
不満の声をスルーし、パーティ共有ボードを開いた。大型テレビほどの青白いフレームが空間に浮かぶ。触れば液晶のような感覚だ。俺と呼白の前に指で軽く移動させた。重さは感じない。その上に、呼白が資料をぺたぺたと貼り置いていった。
本来ストレージの中身は他人に見せられないが、こうして「パーティプレイ」の機能を利用することで一部制限が解除される。共有ボード上であれば、パーティメンバー間でのみ閲覧が可能になる仕組みだ。内容を「落として」手元にコピーすることはできず、アプリで撮影してもなにも映らないのが難点ではあった。ともあれ、できあがるのは掲示板風の光景だ。
「店舗や一軒家は無理だな。高すぎる」
「小さいところでも一週間七万CP以上するね」
「居住環境なんかを考慮すればもっと必要になるな。とてもじゃないがCPが足りない」
「安いところだと――、このへん?」
呼白が資料を指した。
「そのへんだな。週貸しで一万前後。一日当たり二千CP以下だ」
「あ、泊まるより安い」
呼白が驚きの声を上げた。いま気付いたのかと辟易するので取り合わない。
狙い目は集合住宅の上階か。上に行くほど安い。安普請で大通りから離れるほど価格は下がっていく。呼白製の資料によれば最安値は週貸しで八千二百CP。未完成地図から考慮すれば、もっと安い物件が存在しそうではある。
「内装が分からないのが悩みどころだな」
撮らせた画像から外観はある程度分かるが、内部はガラス窓などがなく見通せないため判然としない。ただ無銘亭の内装を考慮する限り、一揃いの家具は備え付けだろうと予想できた。年季の入り方がどれも同じ風合いだったからだ。戦利品かなにかで新たに家具を置いたといった歪さは感じなかった。問題は安すぎる部屋の場合、家具のグレードが低いだけならともかく、ベッドすらないということが考えられる。それはちょっと頂けない。倉庫が欲しいのではなく、休める場所が欲しいのだから。
「まあ、ここか、ここだな」
「どこどこって、うわあ……、どっちも微妙」
「贅沢言うなら――」
「言わない言わない言いませんー!」
どちらの値段も外観も似たようなものだったので、無銘亭に近いほうに決定する。
いまいる小広場からは逆方向だったが気にせず歩く。さほど離れてはいない。地図の間違っている箇所を三回ほど指摘したあたりで到着した。
「ぼろいな」
「ぼろいね」
廃墟とは言わないが、うらぶれた空気の漂う建物だった。三階建てで石造り。レンガを積み上げたような建物それ自体は大きいが、同じような入口や窓が並んでいるさまはどこか「巣穴」を連想させた。
内部にある階段へと続く入口には扉はない。なるほど、こういう場合は敷地に入り込めるわけだ。カンテラで照らしながら中へと入る。蛍火が少量ながら浮いていた。外と扱いが変わらない――ということだろうか。三階まで上がる。
通路にある木窓の隙間からは月明かりが入っていた。とはいえ薄暗い。カンテラで照らせる範囲にも限りがあるわけで。見知らぬ建物は不気味でしかなかった。暗がりに不安を覚えないといえば嘘になる。俺の外套を握ったままの呼白を咎める気にはならなかった。
とりあえず通路にある扉をすべて確認していく。木製で薄いのだが謎ノイズに守られ壊せる気はしない。結局、通りに面した一番奥の扉を選んで契約を完了させた。他に比べて部屋が狭いらしく、その分だけ値段も安い。
「これで一泊千三百CPか」
中に入るとようやく呼白が外套から手を離した。思ったより部屋は広い。無銘亭の客室よりもひとまわり以上は大きいだろう。とはいえ、それだけだ。家具のグレードは低い。干し草を詰めただけの簡素で大きいベッドが一つ。椅子代わりになりそうな長方形のチェストボックスが三つ。壁も床も石造りで、木板を張っていないせいか寒々しい。
「まぁ、値段相応か」
ベッドシーツの上に転がっている鍵を拾い上げた。同じ鍵が三つ。試してみるとすべて入口の鍵だった。改めて部屋を見る。
「ああ、これで三人部屋の想定なのか」
ベッドの大きさもそれなら理解できた。とりあえず薄汚れたシーツを剥ぎ取り、毛布を実体化して敷き直す。部屋は汚れていたが、かび臭さを感じるほどでもない。休むことはできそうだった。靴を脱ぎ、ベッドの上に座り、ストレージの確認を――。
「あ、あの、あのね。狂璃」
「どうしたよ、突っ立ったままで。そこの箱、椅子にしていいぞ」
「あ、うん」
ずりずりとチェストを動かし呼白は座る。
「えーっと……。お願いがある、あります」
珍しく神妙だった。言葉遣いもおかしい。
「この部屋は寒いです」
「そうだな」
「石の床は冷たそうです」
「確かにそうだ」
「そのベッドは大きいです」
「間違いないな」
「あたしは今日頑張ったと思います」
呼白は膝に手を置いたまま俺をじーっと見つめ続ける。
描かれた地図の広さはそのまま歩き回った距離だ。資料の数はそのまま調べまわった建物の数だ。上階ほど安いのが判明したのも階段を上って確認したからだ。
一人で全部見てまわったんだよな。
さっきまで外套をつかんでいた姿を思い出す。大変だったんだろうと想像するのは難しくない。実際、よくやってくれたとも思う。甘いか。甘いな。
「好きにしろ。とりあえず今日だけだぞ」
「んへへ、やったあ!」
毛布をもう一枚実体化して放った。風邪でも引かれて使えなくなるのは無駄が多い。
「狂璃様大好き愛してる!」
「うぜえ……」
ベッドの一画を占有した呼白は芝居がかったテンションで騒いだ。どうでもいいことで喜びすぎだったし、子供らしい真っ直ぐな好意は対応が面倒で煙たい。
「とっとと寝ろ」
「ええーまだ眠くなーい!」
「おわっ」
テンションに任せて干し草を撒くな。わきまえろ。子供か!
――子供だった。
「それ以上やったら床で寝させるからな」
「言ったこと取り消すとか、かっこ悪いゾ!」
語尾のテンションが最高にうざかった。
煮えくり返る感情を抑え、深呼吸。俺にはやることがまだ多い。
気になる雑貨や道具を実体化して性能をチェック。結晶類の効果も買取リストと合わせて確かめていく。「どーん!」とか「うりゃー!」とか「ひゃーう!」とかうるさかった呼白も、しばらくすると俺の作業に興味を持っておとなしくなった。
確認を続けたが、時間も体力も気力も足りない。
とりあえず、燃えはしないが熱を発する結晶を毛布の下の干し草に仕込んだ。これで眠る分には充分暖かいだろう。
CPは残り二万ほどだが、一週間は寝泊りする場所を気にしなくて済む。結晶や雑貨類が戦利品袋にまだ詰まっているので余裕もあった。
残るは水と食料――、なんだけどな。
眠る場所は確保できたとはいえ、まだ無銘亭通いからは抜け出せそうにない。




