012 検証/殺害儀礼/臣葦
大通りに面した建物の入口。その近くに俺は身を潜めていた。積まれた木箱の陰で〈隠術〉を使いながら昼食のパンをかじる。少し、米が恋しい。
午前中は各種の検証に費やした。
パーティを維持していても単独行動時となにも変化はなく、予想だが、呼白と距離が離れているから「パーティプレイ」の効果が発揮されていないと考えられた。一応、近くにいた場合を確認する必要はある。獲得CPや戦利品が単純増加であれば、呼白に座っていてもらうだけで実入りが増えることになるからだ。そんなうまい話があるとは思えないが、念のためといったところか。
スキルは〈痛覚抑制〉が効果的で、怪我の跡に残る痛みをほとんど抑えてくれた。気が散ることもなくなるし、怪我をした瞬間も痛みが少ないお陰で怯まず戦えた。
「そういえば、昨日の怪我……」
いつから痛みが消えていただろうか。眠るときに間違いなくなかった。その前は、――と解体の記憶に触れ、舌打ち。歯を食いしばって感情のノイズを払拭。考える。死んだから痛みもリセットされたのだろうか。ぼろ布の男も生き返ったときに痛がる様子がなかったことを思い出す。ただ、風呂に入っていたあたりで随分和らいでいたことを思えば、一日もあれば浅い傷の痛みなら消えそうではあった。
ともあれ、〈痛覚抑制〉はレベルに余裕ができたら必ず入れておきたいスキルだ。これと似たような能力を、おそらく他の連中も使っているに違いない。痛みに怯える必要がなくなっているのなら、連日怪物狩りをしながら平気な顔をしているのも頷ける。
「妙だな」
口の中で小さく疑念を声にした。
痛みが平気なら、なぜ「三十路協定」の小男は俺の粘着殺害宣言を気にする必要があるのだろうか。ただ気が弱いだけ、――か? 答えはでない。
パンをかじって咀嚼。他の検証結果も考える。
同時使用が可能かどうかも確かめた。〈槍技〉と〈剣技〉は問題なく使えた。レベルさえ上がれば、サブ武器が素人状態なんて状況を変えられるだろう。〈槍技〉〈剣技〉と〈殺害儀礼〉も同時にいけた。〈観察眼〉とあわせた戦闘能力の高さは目を見張るものがある。〈槍技〉〈観察眼〉〈殺害儀礼〉で戦えば、怪物を一撃で倒すことも可能だった。
残る〈継続戦闘〉は戦いの疲労が薄れるような実感があった。連戦するなら有用そうではあったが、現状では火力を上げて行動量を下げたほうが楽だろう。
「レベルを上げてしまいたいところだよな……」
スキルを五種選択できるようになれば、もっとCPを稼げるようになるのは明白だ。すでに検証しながらでも二時間で二十体ほどしとめている。〈槍技〉〈観察眼〉〈殺害儀礼〉の火力セットなら、二体同時だろうと余裕を持って狩れることが分かった結果だ。
連戦が体力的に厳しいのもあり、三体同時は見送ることで休憩タイムにしていた。だがこれも〈継続戦闘〉を加えれば対応できる自信がある。それが意味するところは、広場に現れるすべての怪物を狩れるということだ。
毎時間平均ざっと十五体ほどなので、一時間あたり四千五百CPから六千CPほど狙っていける計算になる。取らぬなんとかの――、という気はするが、今日狩る残り予定時間から逆算するだけでも一万CPくらい変わりそうだ。
パンの最後の一口を飲み込み終え、決めた。
◆
簡素な槍の穂先に触れると瘴気のような黒炎が湧いた。
樹上の光で照らされる広場を駆ける。
レベル4にしたことによる身体能力の上昇は微々たるものだが、殺す気で突撃をしかける俺には〈殺害儀礼〉の補正が効いていた。上昇効果は威力だけでなく、行為全体に及んでいる。
「――っあ!」
ようやくこちらに向き直った牛の頭部を狙った。このタイミングなら殺れると〈観察眼〉で読み取れる動きから確信している。黒い体躯のゼリーが血のように飛び散って。描いた未来像通りの結果が広がった。
もう一体。
倒れ伏した牛を挟んだ先に見えている。そうなる位置でしかけたのだから当然だ。
構え直す時間の猶予を確保。
消える牛の体を踏み付けにしながら、前進しつつ、二体目の牛と交差する。
殺せないと理解している刺突に〈殺害儀礼〉は上手く乗らない。だがそれも考慮に入れている。〈槍技〉の恩恵を受けながら、牛の横腹を浅く裂いて跳んだ。追撃に移る。こちらを向いて再度突進しようとする隙だらけの眉間。遅い。残りは駆けて穂先を押し込むだけの簡単なお仕事だ。
殺せる、という確信がさらに俺の動きを加速させる。
瘴炎を纏う槍は狙い違わず突き刺さり――、二体目の牛は膝を折って倒れた。
が、ビシリと木の裂ける音。
「おいおい……」
引き寄せた槍の穂先がない。妙な手応えだったと思ったら、最後の一撃で先端部近い柄が裂けたらしく、倒れた牛に引きずられて折れていた。
戦利品として片手持ちの刃物はいくつも手に入れていたが、槍はいまだに見かけていない。つまりストアから購入する必要があり、千CPほどとはいえ予想外の出費だ。だが、戦闘中ではなくて良かったと気持ちを切り替える。広場の中でいつまでも呆けている暇があるはずもなく、次に備えて槍の購入操作を済ませた。
手早く戦利品も選別売却処理。終わった頃には広場へ入ってくるゴブリンたちの姿があった。数は三。気持ちを引き締める。手斧持ち、短剣持ち、そして――。
「ち、槍持ちか」
別に厄介だから、というわけでもなく。ただ、持っている武器を高確率でドロップするがゆえに。苛立ちを心の中で殺意へ転がして。〈継続戦闘〉の恩恵で呼吸の乱れが少ない状態を維持しながら連戦に入る。
敵の数が多いときほど〈観察眼〉が頼りになった。狙うべき間隙を見出せる。踏み込むタイミングさえ計れれば、――殺すのは易い。
「――――――っ!」
槍持ちを喉を突く。殺した。その直後が一番やばいことも覚えた。なぜなら〈殺害儀礼〉の上昇補正が途切れるからだ。その分の余裕を頭に入れて立ちまわる。二体目、三体目と倒しながら動きが鈍ることに焦った。さすがにこの連戦は負担が大きい。
「終われ! くそがッ!」
殺意を剥き出しに手斧ゴブリンの胸を突く。足りない。瘴炎の消えてた槍を手放し、引き抜いた鉈で追い討ち。手元を見ずに刃先をなぞったので指を切った。どうでもいい。刃を届かせ、――殺す。
吹き出るのは黒い血もどきの液体。ゴブリンは四肢の動きを止めた。
消滅していくのを確かめて、ゆっくりと息を吐く。
一度休憩を取るべきだ。
広場から出るために鉈を収め、槍を拾い上げ、そこで視線に気付いた。
大通りから俺をうかがっている男たちがいる。
四人。
武器を持ったぼろ布姿には見覚えがあった。塔で見かけた槍持ちの二人と鉈持ちだ。
もう一人は――、初めて見る。
ラフな装いのジーンズ姿。結構な長身だ。歳は俺よりも少し上くらいで二十歳ほどだろうか。長い髪を首の後ろで結んでいる男だった。この男も簡素な槍を持っている。
「君強いな! こっちにきてから長いのか?」
気さくな様子で広場へと踏み込んでくる。他のぼろ布男たちは慌てて止めているが「へーきへーき」と笑っていた。物怖じしないのはレベルが余程高いのからなのかと考えるが、話に聞く限りそんな人物は存在しない。確かめておく必要はあるだろう。
「四日目。あんたは?」
「さっき起きたばかりさ。たったの四日でそこまで変わるものなんだな。オレでもやれるようになるかな? 運動には少し自信があるんだけど」
「その気があれば」
右脚を軽く叩いておどけてみせる仮称「長髪男」。その体付きはいい。運動と無縁だった俺よりは有利だろう。
しかし発言に偽りがなければ今日目覚めた人間ということになる。ぼろ布男たちを引き連れている以上、怪物に脅威は感じているはずだ。なぜ、その軽薄な表情を貼り付けたままでいられる? 怪物を単独で処理できる俺でも、広場内ではすべての恐怖を拭いきれないというのに。想像力の欠如した馬鹿なんだろうか。
「そうか。じゃあ頑張らねーと。なあ、物は相談なんだが。怪物狩りを手伝ってくれたりはしないか? 報酬は今夜の宿代で――って、ああ! しまった、満室か?!」
突然左手で頭を抱える長髪男の後ろで、それどころではない様子のぼろ布男たちが周囲を気にしていた。あまり広場内で長話をしている余裕もないか。いつ怪物たちが現れるか分からないのだから。
この場で怪物を気にした素振りを見せないのは長髪男だけだ。だが、まったくの考えなしというわけでもないらしい。一番厳しいであろう初動を、人を雇うことで乗り切ろうと考えたのだろうから。目覚めてから何時間経ったかまでは知らないが、初日なのに狩りに出向いてきた行動力も素直に賞賛できる。
「つーか、あの店以外に宿ってあるのか? ないなら、あれ、いや、すまん。君は今日の宿って予約済みか? 四部屋取ったら丁度満室だってマスターが言ってたんだが」
「帰ってから頼むつもりだったから、予約はしてないかな。四部屋なら二十部屋全部が埋まった計算になるから満室であってると思うけど。それと、他に宿はない」
「そうか。まいったな」
なにやら思案し始めた様子だった。今夜の宿が取れないのは想定外だったが、それは朝の時点で部屋を取らなかった俺自身が原因だ。
しかし宿代、か。
ぼろ布男たちを盗み見る。同額のCPなら食事代を欲しがりそうに思えるが。いや――、狼狽する彼らには少し生気を感じるが、塔にいたときは他のぼろ布たちと大差はなかった。交渉する余力なんてなかったのかもしれない。あったとしても、たぶん、長髪男の勢いに負けたのだろう。
「ああ、名案がある。オレが野宿すればいいだけだ。よし、じゃあ改めて。宿代を奢るから、怪物狩りに手を貸してくれないか?」
「断る」
「か、帰ったら派手に飲み食いしようぜ。全部奢りだ!」
「断る」
「だったら、そうだな……。なにか君の手伝いを――」
「断る。別に俺は泊まれなくても困らない」
手を貸すのは簡単だ。部屋を譲ってもらう形になるのは気に入らないが、目くじらを立てるほどでもない。問題は俺の他者へ対する優位性が限られていることだ。敵対するかもしれない相手を育てるのは愚行だろう。まして、目先のCPを得るためや自尊心を満たすためでしかないのならなおさらだ。
まあ、泊まれないと少しは困るのだが。それを正直に言う必要もないだろう。呼白の成果次第では本当に困らない可能性もある。
長髪男はばつが悪そうに頬を掻いていた。後ろで怯え気味の男たちが早く広場から出るべきだと提案している。しきりに何度も。
「さ、三匹以上きたらやばいんだって」
「二匹でも……」
「なあ、広場の外で話せばいいじゃないか」
応じる長髪男は、
「へーきへーき。まだどこにも怪物見えてないって」
しっかり確認した様子もないのに言い切っている。
思慮が浅いとまでは言わない。走って逃げれば間に合う距離だからだ。
「ああ、そういえば。何時まで狩る予定だ? それまで邪魔はしない」
「特に決めてないけど、そうだな。――疲れるまで」
「じゃあ待たせてもうらうかな」
余裕の笑みを向けてくる。全部、見透かしているんだろうか。
腹を探るつもりが藪蛇だったかな。余裕がないことを覚られたかもしれない。
「おい、きた、きたって」
「三匹! 三匹いるって!」
「犬はやばい犬はやばい犬はやばい」
少し離れた位置だが、広場に入ってきた狼の姿があった。言葉通り三体だ。確かに影絵のような姿は犬にも見える。これで二体、三体、三体――か。この出現頻度はいままでになかったとは言わないが、少し、珍しいペースだ。
まだ笑みを崩さない長髪男を計りかねながら、尋ねた。
「俺からも聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「いつ頃からここに?」
「そうだな――、君がさっきの……ちっこい奴らとやり合う少し前あたりだ」
もしかしてとは思うが、確証はない。
狼たちはこちらに向かって走り始めていた。追いかけられたら、そろそろギリギリ喰い付かれるタイミングだろうか。騒ぐ男たちが逃げ出し始めた。長髪男も咎めない。
「観戦料がいるなら――」
「――始末したあと、あいつらに聞きたいことがある」
「オーケー」
遮りながら言った要求に対して、即答。
長髪男は余計なことを聞かず、大通りへ遁走を開始していた。
前へ出る。二体は俺を標的にしたようだ。もう一体は長髪男を狙っている。位置関係から、そちらを追いかけても届きそうにない。ので、
「――――らっぁ!」
抜いた鉈に〈殺害儀礼〉を施してぶん投げる。牽制のつもりでは効果が乗らない。しとめるつもりで狙う。当たった。浅い。こちらにくる気配もない。さっさと意識を前の二体へ移した。長髪男が喰い殺されても自業自得だろう。
槍の穂先に触れて瘴炎を燈す。
殺さなければ殺される。
自ら襲われる場所に踏み込んでおいてなにを――、とも思うが、殺意を薄れさせないように心を塗り潰す必要があった。色濃く固めるための暗示として必要な呪詛だ。
ふと、疑問が湧いた。なぜこの怪物たちは死ぬまで樹を狙うのだろう。
――答えが出るはずもない。
赤い瞳を覗き込みながら、俺は殺害を開始する。
◆
咄嗟に足を引く。
仮称「狼A」の牙が掠め通った。仮称「狼B」がすでに迫っている。連携してきやがるのでただ避けただけでは対処が間に合わない。引いた足の動きから、そのまま攻撃に転じて狼Bを槍で突き刺した。それを、――投げる。
「でぇゃぁ――――らぁ!」
重い。俺の一連の動きは流麗とは言い難く、思い描けるイメージにも身体が追い付いていない。原因は明白で。穂先は光を描くが闇はなく、それは〈殺害儀礼〉のトリガーを行えていないことを意味していた。余裕がない。接敵までに囲まれると隙を見出すのも一苦労だ。いまの一撃もとどめには至っていない。〈槍技〉があろうとも、ベースレベルがあろうとも、所詮は俺の身体だ。〈殺害儀礼〉で引き上げられた身体性能を経験したことで世界が違って見える。足りない。まだなにもかも。
だから――、
投げ終わってから狼Aを牽制。距離を取りたくなるが、逆に踏み込んでいく。そのほうが狼相手には余裕ができるのを経験則で学習した。動きは速いが意外と臆病だ。
――もっと貪欲になるべきだ。
安全マージンを削りにかかる。生まれた余裕を思考の冷却に充てるのは簡単だ。冷静に対処できるようになる分だけ確実な勝利へと近付く。ただ、そこに甘んじていては届かない高みがあるというだけの話。
いままでなら次の対処構築に向けていた間隙で、槍の柄を持ち替えて穂先に触れた。
狼Aが眼前に迫る。爪で俺を押さえ付けてから喉笛を咬むつもりなのだろう。見えてはいないが死角から狼Bが向かってくる気配。もう〈槍技〉だけで対処できる状態ではなくなっていた。〈観察眼〉が死を幻視させる。痛みの恐怖が首筋を撫でた。
解体された記憶が想起され――、
そんなものは要らない。
――塗り潰す。黒く黒く黒く塗り潰す。
後ろに倒れ込みながら槍を狼Aに向けてやった。あとは支えてやればいい。できあがるのは百舌の速贄だ。自ら死に跳んだ狼を見て笑う。纏う瘴炎は臓腑を焼いて燃え広がる――ようにも見えた。こいつらにそんな「中身」なんてものはない。
音を頼りに突き刺さった死骸ごと狼Bを狙った。姿勢が悪い。完全には起き上がれていない。殺せるはずがない。そんな言い訳を、――殺意で塗り潰した。
穂先に手応え。
切り裂いた。鼻面を。浅いが、追撃するには充分な隙だ。終わりは見えていて、実現するのは容易く、そして俺は飢えていた。それ以上手間取ることもなく、狼Bの死もこの手につかみ取る。
「っし」
狼を二体とも始末し、残る仮称「狼C」に目を向けた。
大通りの近く。一体の狼を男たちが囲んでいる。途中からその様子を伝える音は聞こえていた。倒せていないことに疑問を感じたが、すぐに理解できた。
長髪男が狼相手に避ける練習をしてる。
「ははっ! 怖ぇ! やばいなこれ!」
興奮した様子だ。心底楽しいらしく、笑いながら攻撃を誘って捌いていた。
俺としては急ぐ理由もなかったので素通りして安全圏まで歩く。戦利品を整理しながら大通りで長髪男を待った。ぼろ布男たちの声が次第に大きくなっていく。次に現れるであろう敵に怯える内容だった。
「わかった、わかったって!」
断末魔の鳴き声が聞こえた。狼Cをしとめたらしい。ようやくこちらに向かう靴音が聞こえてくる。打っていたパーティチャットの文章を送信し、俺は顔を上げた。
「勝手に一匹もらったけど良かったか?」
「不都合はないよ」
「そうか。じゃあなんでも聞いてくれ」
長髪男は俺の前にぼろ布男たちを促した。要求は説明済みらしい。乗り気ではないようだったが、特に不満の声を上げることなく彼らは応じてくれた。
「見かけた怪物は多いときで同時に何体くらい?」
「――五、いや、六だな」
「俺は七匹のゴブリンってのを見たことあるぜ。勝てるわけねぇーよ」
槍持ちの二人が言った。鉈持ちは追従するように「五匹」と呟く。
「やっぱり狩りは何人かで組んでやるのが普通?」
これは三人とも頷いた。「一人で狩りにきたことは?」と聞けば、ないとの返答。最近は以前手に入れたCPを食い潰すだけの生活らしい。
手持ちの情報と照らし合わせれば、一つ予想ができた。
広場近くにいる人間の総数に比例して怪物の出現数が増加する。
怪物たちがなにもないところから湧いて出ているのか、常に徘徊していて臭いかなにかを嗅ぎ付けるのかは分からないが――、とにかく増える。
「四人同時なら二体は狩れると思う?」
男たちは微妙な顔をした。互いをうかがい合って返答に迷っている。狩れなくはないと思っているが、できれば危険な橋は渡りたくないといった感じか。
話している間に再び怪物が現れた。スライムで数は五体。当然、手が出るはずもなく、勝手に樹へ触手を伸ばして死んでいくさまを見送るだけだ。
「オレからも聞きたいんだが。一匹だけ現れることって、もしかしてほとんどありえねー感じだったりするのか?」
その問いに答える者はいない。ぼろ布男たちの目が泳いでいた。
なるほど。長髪男は宿代を報酬にぼろ布男たちに話を持ちかけ、彼らは一体狙いを条件に手伝うことを承諾したのだろう。報酬をCPで求める交渉には失敗しているあたりが、ぼろ布男たちがぼろ布である証左でもあると思えた。どんな理由があったにせよ、中途半端だ。騙す気はあるのに、踏み付けにする覚悟はない。
「そうか。やっぱお前ら知ってたんだな」
長髪男は納得したらしい。怒気は孕んでいないが瞳は冷めていた。
「あ、あんたが聞かなかっただけだろ」
「そうだ。聞かれなかったから言わなかっただけだ。俺は悪くない」
「わ、悪気は別に……」
「そうか。そうだな。途中からびびりまくってるから妙だとは思ったんだ。端から戦う気なんてなかったんだな。オレとしたことがまんまと騙された」
自嘲する笑いで長髪男の喉が震えた。
「お前ら散々調子のいいこと言ってたよな? あれは全部嘘かよ」
「ひ――」「いや……」「それは――」
軽薄だった気配が一瞬消える。ぼろ布男たちが後退った。
「ああ、ちくしょう。もういい。帰れ帰れ。別に恨んだりしねーよ。さっさと寝ちまえ」
ぼろ布男たちは慌てて去っていく。顔に反省の色がないのは当然か。彼らからすればただの棚ぼたで、このあと長髪男がどうなろうと関係ないのだろうから。蛍火の向こうに消えるぼろ布男たちから視線を外した。見送る形になるのも面白くない。
見れば、長髪男はその場で座り込んでいた。
言動を鑑みるに裏切られた気持ちがあるのだろう。実戦を経験して怪物狩りの難しさも理解したはずだ。CPをどれだけ残しているかは知らないが、どう考えても楽観的になれる量ではない。
突然の見知らぬこんな街でこの状況。気落ちするなというほうが無理がある。
顔を俯かせたままの長髪男に問われた。
「なあ、ここはあんな奴らばっかりなのか?」
「割と」
「なあ、ここでCP稼ぐのって大変か?」
「かなり」
「なあ、オレでもやっていけるか?」
「その気があれば」
唐突に乾いた音が響いた。長髪男が自分の頬を両手で叩いたらしい。
「やってやる。死んでも生き返るなら、死ぬ前に一匹殺せばオーケーってことだよな。そう考えれば、相手がどんだけいても関係ねー」
「え、いや」
なにを言っているんだこいつは。
もう槍を握って広場に入ろうとしている。
「おい、ちょっと。怪我したら痛いし、死ぬのも痛いって」
「我慢すればいいだけだろ?」
「まあ、そうだけど……。いや、だから、そうじゃなく」
「事故で大怪我したときも意外となんとかなったからいけるって」
なんでこいつはこんなに軽いんだ。馬鹿か。
ただの開き直りでこうまで無謀になれるものなのか。
「怖くないのかよ」
死ぬのが、ではない。
続けるのを嫌になることが、だ。
それが伝わるはずもないと思いながら、長髪男の目を見た。
「怖ぇーよ。けどさ。それから逃げて後悔するの苦手なんだわ、オレ」
そう言って笑える理由なんて知る由もない。たぶん、聞いたところで俺にとっては所詮他人事だ。本当の意味で理解できるはずもない。
それでも――、ここで笑えるこいつが強いということだけは分かる。
ただまあだけどそれ以上に――。
「あんた馬鹿だろ」
「なんだ喧嘩売ってんのか」
呆れる俺に、長髪男は笑いかける。
不敵で余裕のある笑みだ。泰然自若な姿は無知で馬鹿なのに頼りに見えた。
「喧嘩は売らないけど、情報は売りたい」
長髪男の目が微かに見開かれる。
「そいつはありがたいな。けど、もうオレほとんどCP持ってねーぞ」
それは駆け引きではなく事実なのだろう。そのあたりが器用なら、たぶん、ぼろ布男たちに騙されていない。
こいつは馬鹿で、だからこそ――。
口元が気に入らない形に歪みそうだったので、妥協案を告げてやる。
「出世払いでよろしく」
「あ――……、そいつは高く付きそうだ」
よく分かってる。そう考えられる奴は嫌いじゃない。
「期待してる。俺は狂璃。あんたは?」
「臣葦だ。オレ自身、まだ名前に違和感あるけどな」
「三日もすれば慣れるよ」
「その情報も出世払いでいいか?」
差し出された手を握り返す。臣葦の手は力強かった。




