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011 スキル/歪

 セットしたアラームアプリで俺は早めに起床した。

 自分にだけ聞こえる音というのは便利だなと、まだ眠る呼白を眺めて思う。ベッドに座りながら手早くアイコンリングを起動し、ストアの更新をチェック。めぼしい物はない。続けて一通りのアイコンを開いては閉じる。原因不明のCP加算があったが、メモした数値と照らし合わせても微増程度。それよりもスキルだ。四つ増えている。

 〈剣技〉〈継続戦闘〉〈痛覚抑制〉。どれもオート表記で言葉通りの効果が書かれていた。向上する、抑制する。曖昧な言葉なのはいつも通りだった。

 そして最後の一つが〈殺害儀礼〉。トリガー表記で、発動条件が「自身が使用する凶器の殺傷部位に指で触れること」、効果は「殺意の乗った殺傷行為に上昇補正」とある。


「俺は殺人鬼かなにかかよ……」


 禍々しい文面にため息が出た。

 試しに使おうかと思ったが、効果が発揮されない。よく見れば新しく増えたスキルはすべてグレーアウトしていた。要求値的なものを満たしていないのかと思ったが、チェックボックスの存在に気付いて解決した。三つだけ選べるらしい。〈隠術〉を外して〈殺害儀礼〉を入れてみる。

 鉈の刀身を触れてみると今度は効果があった。なぞった周囲に邪悪そうでおどろおどろしたオーラ的ななにかが這いずり始める。ある種の炎にも見えるそれを纏わせたまま、腕の動きだけで素振りしてみた。だが、〈槍技〉のように巧みに操れるようになる感覚がない。効果にある通り、殺意が必要なのだろう。しばらくすると自然に黒炎は消えた。


「しかし三つか」


 口の中で繰り返していると、自分のベースレベルも同じだったことに気付いた。スキルの取得ペースに対して効果を出せるものが三つは少なすぎる。であるならば、レベルを上げれば増えると予想できた。問題はレベルを3から4に上げるためには三万CP必要なことだろう。間違っていたら痛すぎる出費だ。楽観的な予想は思い付きに等しい以上、できれば補強する材料がもう少し欲しい。


「んむにゃ……んぬー……」

「だから何語だよ」


 熟考が途切れた。おかまいなく床でごろごろする呼白の寝言に苦笑させられる。


「ああ、そういえばこいつレベル1か」


 二週間引きこもっていたのなら、なにも上げていない可能性が高い。もしスキルを二つ覚えていれば検証ができることになる。


「おい、起きろ」

「んんー……」


 揺すっても起きないのでぺしぺし叩く。昨日も同じことをした気がする。


「あ……、おはよう」

「おう、おはよう。早速だがお前のレベルは1か?」

「うん」

「よし、じゃあスキル――ああいや、GUIに魔法とか特殊な力とか書いてあるアイコンがないか調べろ」


 唐突に絶望顔をする呼白を訝しく思うが、とりあえず操作しているようなので待っておく。俺のスキル取得のタイミングを考慮すると、おそらくストアと同じで睡眠を挟んで更新されていそうだ。いままで持っていなかったとしても、変わったこと体験した翌日なら増えている可能性もあるだろう。


「あ」


 見れば口元を緩ませた呼白が虚空を注視してた。たぶんそこに取得できたスキルが表示されているのだろう。数を問う。


「あのね、あのさ、すごい! うへへ」

「俺を怒らせたくて言わずに引っ張ってるんだとしたら、お仕置きを考えるぞ」

「うわ! 変態変態! なに考えてんの!」

「飯抜きのどこが変態なんだよ」

「え? あ――、ちち違うし? ほらあれ虐待! 虐待はだめだと思うなー」

「テンション上がってるのは分かったから、数を言え数を」


 ようやく「二つ」と聞き出すことに成功し、グレーアウトの件を確認する。これも手間取ったが、レベルの数と選択できる数が一致するのは間違いないようだった。


「しかし〈力持ち〉と〈居眠り〉か。なんだよ『効果:重い物が持てる気がする』『効果:よく眠れる気がする』って。いろいろ凄いな、おい」

「言わないで言わないで言わないで」


 聞いた説明を茶化すと、顔を手で覆った呼白は首を振る。

 スキルを得たと知った直後は嬉しかったものの、あまりに微妙な効果すぎて恥ずかしくなったらしい。「気がする」は俺の「向上する」と大して変わらない意味合いな気はするが、語感のせいでとても残念な感じに聞こえてしまう。ドヤ顔で効果を言い放った呼白は、まあ確かに残念な子ではあったから間違いではないのだが。


「まあ、あれだ。動くときは〈力持ち〉で寝るときは〈居眠り〉に変える感じで様子見だな。一応言っておくが、なにかの拍子に大量にCPを手に入れても勝手に使うなよ? 俺に相談しろ。命令じゃないが老婆心だ」

「ろーばしん?」

「いつまでも俺に使われるのはお前だって嫌だろ。CPを稼げる早道を一緒に考えてやるってことだよ」

「え……、と、あ、と、そかそか。そっか。うん。わかった」


 ともあれ、あまり遅くなって他の連中と鉢合わせするのは避けたい。話をまとめ、身支度を整え、扉を引き開け、部屋を出ようとして――、派手に人とぶつかった。

 出た瞬間にタックルを喰らった形だ。こちらはよろめくだけで踏みとどまったが、走り込んできた相手は尻餅をついている。


「あ、うあ……ひ、ひぃぁっ……」


 暗緑のフードローブを着込んだ少女だった。乱れていたフードを即座に目深へとかぶり直し、慌てて立ち上がろうとして失敗している。一瞬しか見えなかったが、ずれた眼鏡をかけており、その向こうにあったのは濃藍(ダークブルー)の瞳。それに金髪。随分と整った顔立ちで、率直に言えば綺麗だった。


「お、おい」

「う、あ、ごめ……、ん、なさっ……」


 フードで顔が隠れているので、自然とその少し厚めの唇に視線が向かう。動揺しているにしても声が震えすぎだ。完全に怯えている。ばたばた起き上がったフード少女は奥の部屋へと逃げ込んでいった。鍵を数回取り落としていたのが印象的だ。


「なんだったんだ……」


 ふと戻した視線の先、紙袋が落ちていた。拾い上げてみる。


「ふむ」


 たぶん昼食だ。あの様子ではノックしたところで出てきそうにない。扉近くに置いてやり、声をかけずに放っておく。見たことのない顔だったが、あれもぼろ布候補か。


「あの人ずっといるよ。あたしより長くいると思う」


 呼白が妙なことを言ったが、あり得ない話でもない。もっと前に稼いだCPで引きこもるようになったか、あるいは部屋にいながらCPを手に入れる手段を持っているか。ただあの様子では戦えそうにない。いま無理に接触する必要もないかと考え、寝る前と変化のない暗い廊下を歩き始めた。

 そのまま階段を静かに下りていく。途中、無遠慮に足音を鳴らす呼白をたしなめた。幸い他にはまだ誰も起きていなかったようで、一階には眠そうにしている漆寝の姿があるだけだった。


「あ、狂璃さん。――と、呼白さんも。おはようございます」

「おはよう。あとで少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「はい、大丈夫です。狂璃さんが泊まったということは、その、それだけ怪物と戦えたってことですよね……? あの、ストアに全部売るのは待って欲しかったりするんですけど、えと、手遅れ――ですよね? 買い取れるものがあるってこと、確か言わなかった気がします。すみません」

「今日も同じくらい狙うから大丈夫。買取リストみたいなものはあったりする?」

「あ、はい。ご用意できます。お時間もらえますか」

「食事の間に、というのはできる?」

「あ、できます。それじゃあ先に朝食を――」


 昼の分も注文を済ませ、わたわた厨房へ消える漆寝を見送った。

 テーブル席に座ると向かい側から問いがくる。


「ねぇねぇ、狂璃。どうして漆寝には丁寧なの」


 寝癖髪のまま、テーブルに頬杖を付いたお子様が口を尖らせる。


「それは違うな。正しくは、お前への対応が雑なだけだ」

「……怒ってもいい?」

「俺の中でお前は特別でスペシャルってことだよ。喜んでくれていいぞ」

「なんかヤだ。気持ち悪い」


 のたまう寝癖髪をからかって遊んでいると、漆寝が朝食を運んできてくれた。

 薄い固焼きのパンが円をカットした形で皿に置かれている。バターを塗った上にチーズが乗っていた。彩りのいいサラダと、果物入りのヨーグルトも付いている。紅茶も用意されていて、最安の朝食メニューより確実に豪華だった。


「これは凄いね。美味しそうだ」

「別にいつもと同じじゃん?」


 漆寝に率直な感想を述べると、興味なさそうな声で呼白が横槍を入れてくる。

 困ったように微笑む漆寝を見ていると申し訳ない気分になった。会釈して下がる彼女の長い黒髪がさらりと揺れる。しっかり梳かしてあるようだった。

 目の前の寝癖娘を見る。


「はぁ……」

「人の顔見てため息とか、なんなん! マジなんなん!」

「いや、顔は見てない」


 髪は見たが。

 テーブルを叩く呼白を叱り、名前も知らないパンをかじる。んむ、美味い。

 食後、まとめてもらった買取リストを受け取り、それを画像撮影して保持領域(ストレージ)に保存しておいた。リストの紙はルーズリーフで、その異質感に苦笑する。中世西洋風ファンタジーの色合いが強いのに、現代でしか目にしない物が当然のように存在していたりする――、そんなこの街の歪さにも少し慣れてきた。


「お気を付けて」


 見送ってくれた漆寝に手を振って返し、紙は呼白に渡して鞄にしまわせた。

 さて、狩りを始める前に確かめておきたいことが多すぎる。

 店を出てから街並みを眺め、一考。


「どうかしたの?」


 下から聞こえる声に問われて決めた。

 スキルの確認もしておきたいが、まずは――。


「地図を作るぞ。散策するから付き合え」





「お、おー?」


 分かっていない呼白の半端な返事を聞きながら、用意しておいたペイントアプリを起動する。タッチペン代わりに普通のペンを使えることは確認済みだ。意識して練習すれば、エアスマホ法よりは簡単に動かせた。

 周囲の道と目立つ建物をざっくり描いて平面地図にする。俺から見ても一目で下手だと分かるが、内容は把握できるので問題はないだろう。続けて、白い結晶を実体化し、手に入れていたカンテラに放り込んだ。周囲が少し照らされ明瞭になる。蛍火だけよりは断然心強い。呼白にも持たせて道を照らさせる。

 買取リストには『中に火が見える白い結晶:周囲を照らせるくらい光ります。発熱しますが手に持てる程度です』と書いてあった。買取額は二百CP。これはストア売却で得られるCPの二倍だ。結晶の扱い方も簡単に書かれていた。対応した器具にセットするか、強く擦ることで効果が発揮されるらしい。外すかもう一度擦ることで効果は消えるが、再利用が可能なものも多い。

 漆寝がくれたリストは親切にいろいろ書かれてあり、手に入れていた結晶類のほとんどは効果が把握できた。買取額を見る限り、手持ちを売れば六千CPにはなりそうで、収支を昨日より強気で計算できそうだった。


「な、なんかお化け出そうじゃない?」


 路地を歩いてしばらく、呼白が言った。いつの間にか俺の外套をつかんでいる。確かに蛍火が照らす建物の壁は陰影が移ろう。カンテラの光も揺れるので影が動く。音といえば風と俺たちの靴音くらいのものだ。不気味に思えてもしかたはないが――。


「お化けはいないんじゃないか」


 いるとすれば、同じ人間だろうか。一人二人潜んでいても不思議はない。襲われる想像が脳裏をよぎった。舌打ちし、振り払う。

 二時間ほど散策し、女神広場へと続く方面の地図ができあがる。穴だらけで距離としても蛍火の境界線に届いていない。それでも、無銘亭の存在する大通りには店舗として使える建物が並び、それ以外は集合住宅がほとんどだということが分かった。いくつか小広場もあるようだ。そうした小広場の周囲は住宅ではなく店舗風の建物が多い。

 だが、やはりと言うべきか。どの建物にも入ることができなかった。扉や木窓は開かなかったし、壊そうとしても妙なノイズが走るだけでびくともしない。


「なにか手はあると思うんだけどな」


 建物の前の石段に座ったまま足を投げ出した。無銘亭からは少し離れた場所にある小広場だ。特になにがあるわけでもなく、広がる石畳の空間は閑散としている。動いているのは入れる建物がないか調べるように指示した呼白だけだ。


「だめだめだめどこもだめ。ないんじゃない?」

「かもな。休憩していいぞ」


 戻ってきた呼白は疲れた顔で言った。頷き、俺の後ろへとまわる。なにかと思って見ていると、建物の扉に背を預けてずるずると座り込んだ。


「つーかーれーたー」

「それが仕事だ。休憩しながらでいいからペイントアプリの練習もしておけよ。このあとは一人で地図作ってもらうからな」

「えええええー。ってゆーか、それ休憩じゃなくない!?」


 アプリ自体は安いので、結晶化CPを渡して呼白にも購入させた。あとは操作精度だけだが、これも時間の問題だろう。

 

「だいたいさー、なんの意味があるわけー?」

「この街を知る必要があるんだよ」

「そんなの漆寝かカネイに聞けばいいじゃん」

「聞けばなんでも教えてもらえると思ったら大間違いだぞ」

「そ、そりゃ知らないこともあるだろうけど……」


 知っていても話すとは限らない。ここでは誰もが無知だ。自分だけが知っている「なにか」の価値は計り知れない。できることを増やすためにレベルも欲しいが、同じように情報も欲しかった。

 光の柱の近くで怪物を狩り、無銘亭で飲んで食べて暮らす。見聞きする限りでは「お嬢様と下僕」も「三十路協定」もそんな生活サイクルだ。トップクラスの実力者であるはずなのに、調査や探索といった響きはどこにもない。それも当然だろう。いまの閉じた暮らしが続く限り、自分たちの優位性は失われないのだから。どんな奴が新しく現れても、力で潰してしまえばこと足りる。この不安ばかりの場所では、そうでもしないと安寧が得られないのかもしれない。


「なあ、呼白は『向こう』に帰りたいと思うか?」

「え、な、えっ? 突然なに言ってんの」

「俺はどっちでも――いや、どうでもいいって思うんだよ」

「……あ、あたしもそう、かな。そうかも」

「これはまあ、ただの憶測で確たるものはなにもないんだが」

「うん?」

「ここにいる全員がそう思っている気がするんだよ。誰も本気で帰りたいと思ってはいなくて、だからそれぞれ好きなように閉じこもってる」

「だって帰る方法ないし?」

「探してみたか?」

「ううん。だって、ないって聞いたし。だったら無駄だろうなぁって」


 無駄――、そう無駄なんだろう。帰る方法を探すことが?

 いや、そもそも見つかるはずがないと感じている。

 漠然と、帰れないと思っている。

 こんな手がかりもない状況だから? 違う。

 たぶん、俺は、俺たちは――、知っている。

 あの日、空が流れ星で埋め尽くされて。

 きっと、あのとき、すべてが――。


「狂璃?」

「なあ、呼白。お前は誰だ?」

「え――」

「なあ、呼白。俺は――、誰だ?」


 頭が痛い。意識下で蠢くなにかが痛い。

 俺は狂璃だ。だけど「向こう」で流れ星を見ていた俺が狂璃である自信が持てない。

 いつからかどこかがズレている。たった数日前の記憶なのに。


「ねぇ、狂璃。大丈夫? 変だよ?」


 呼白が心配そうに覗き込んでくる。

 ――ああ、そうか。数日前じゃない。

 こいつはいつからここにいる? 二週間以上前だろう。

 それで俺が靴のことを聞いたときなんて言った?


『あのときはコンビニの帰りだったし。てゆーか、流れ星すごかったよね』


 もし仮に。

 あの日なにかが始まったのだとしたら。

 俺はどれだけ眠っていたことになるのだろう。

 二週間? 三ヶ月? あるいは――。

 意識下でざわつく音が頭の中をぐちゃぐちゃに。振り払った。頭を振って、余計な考えを消した。音が遠ざかる。波が引くように。


「少し……、ああ、少し気分が悪くなっただけだ。気にするな」

「そう――、なの? 平気?」

「ああ、大丈夫だ。妙なこと聞いて悪かったな」

「それは、いいけど。うん」


 呼白は納得できない顔のまま座り直した。


「あ」

「ん? どうした」

「なんかね。……って、あれ」


 扉にもたれていた呼白が、座ったまま身を乗り出したり戻ったりと繰り返す。


「変なアイコンがある。離れると、消える?」


 不思議そうにする姿の後ろに目がいった。

 ――扉から離れると消える?

 思わず立ち上がって扉に触れていた。呼白は驚いて逃げている。

 右手でアイコンリングを起動し、増えているアイコンを選択。


「利用契約……、週貸し、月貸し……、購入……」


 手が出ないCP額が並んでいる。

 だがこれは間違いなく。


「はは……」


 扉に触れながらGUIを確認するだけのことだったわけだ。

 知ってしまえは実に単純で、いままで誰も試していないのが信じられない。


「いや、いたのかもしれないが」


 CP額を見て諦めたか、あるいは無銘亭があるから必要ないと判断したか。


「ど、どしたの?」

「呼白!」

「は、はひっ」


 おそるおそる声をかけてきた呼白に指示を出す。

 地図作りに加えて、もう一つ。安い物件探しを言い付ける。画像も撮れるようにアプリ代を渡し、資料作りの手順を一通り教えておいた。


「じゃあ頼んだからな。待ち合わせは午後七時に無銘亭。期待してる」

「う、うん!」

「それと。このことは絶対に誰にも言うなよ? 約束だ」

「わ、わかった!」


 意気揚々とはこのことだ。俺は軽い足取りで女神広場へと向かう。呼白から受け取った肩下げ鞄の重さも気にならない。それも当然だ。これで目指す環境へ一歩近付いたのだから。まだ障害は多いが、それでも確かな前進だった。

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