第9話(仮)
「町の近くの川、川…」
まずは材料を確保しないと。
ということで、目的地は昨日のうちに決めた場所に決定!
昨夜の会話を思い出しつつ、鼻歌歌いつつ川がある方へ。
「腐食の精霊石かあ。珍しいなあ」
あの場ではクズ石とか散々言われてたけど、黒に象徴される精霊は万物を腐食させる力を持っている。
武器としては優秀な性能を誇るけども、僕自身としてはあまり扱いたくない精霊石だ。
「でも、上手く使えば果物とかすぐに熟してくれるから、便利なんだけどね」
ううむ、包丁でも作って売ろうかな。精霊石の比率を変えれば、ちょっと便利な包丁が出来上がるわけだし。
…それが一番手っ取り早いっぽい気がしてきた。
「しかも、精霊がいるかもしれないなんて! ああ、楽しみ!」
精霊石には大きく二種類に分類されて、一つは自然に出来たもの。これはその場所に蓄えられていた力が結晶となってできる。
小粒なものが多いけど、それを寄り合わせた物や大きい物は宝玉として売りに出されていて、値段に幅があったりする。
二つ目は精霊自身が自分の力を凝縮したもの、だけど、精霊は人間の前に姿を現すことが少ないから、得られる機会は本当に少ない。
…エルフとか他種族なら精霊とも交流があるから、比較的入手しやすいらしいけど。
こっちの精霊石は本当に純度が高いから、どれだけお金を出しても欲しい、というのが一般認識。割って宝玉にしても純度のお陰で高値がつく。
「結構人間寄りの精霊っぽいし、上手くいけば精霊石もらいたい放題……うふふ」
ちなみに、川でお姉さんが水浴びしている、というのは本当の話らしい。
といっても、本当に水浴びをしてるわけじゃなくて、川の近くで立っているのを何回か目撃された、程度。
それも、見つかったらすぐに姿を消したとのこと。
とりあえず川に到着。といっても笑いながら言われた通りで、町を出てすぐ見えたから案内は不要だったけど。
「いい天気……ふあぁ」
今日は天気がいいからか、浅い場所で子どもたちが楽しそうに水遊びをしてる。いやはや、とっても長閑な光景です。
ふと見れば、川沿いに巨木が生えていて、その枝に服が掛けられている。
で、今回はその川を溯るのが僕の目的。
これもオッチャンたちから聞いたことだけど、川の源流までは魔物も近寄ってこないらしい。『水浴びしていたお姉さん』も川を溯るようにして姿を消したらしい。
ということは、源流にお姉さん、もとい精霊の住処があるということではなかろうか? という簡単な推測。
オッチャンたちは見間違えだの何だの言ってたから、検証してないんだろう。
「さてと、行きますか」
気持ちよい風が身体に当たる。腐食の精霊がいるにしては、とっても普通な光景。
半分以上散歩している気分で川を上っていく。途中目にした木の実をもいで食べてみれば、いい熟し具合。
のんびり歩きつつ、森へと。
「ん?」
だけど川の中流辺りから、何か異臭が漂い始める。確認すると僕が山賊さんに襲われた森のような、見通しが悪い感じの場所だ。日は木々に遮られてはいるけど、薄暗いというほどでもない。
腐食の精霊がいるから、その影響が出てるのかな? とまあ少し疑問に思ったけど、構わず歩みを進めていく。
「おっと。あぶなっ」
地面のぬかるみが酷くなってきた。突然のことだったから足をとられて驚く。ふと周囲を見れば、木も湿り気をおびていて、触ると腐っているような柔らかい感触を伝えてくる。
さらに…骨が増えていく。骨だけじゃなくて、分解途中の屍骸まで。
今まで嗅いできた臭いが腐臭だと気付くのもこの時点。思わず眉を顰める。
「なに、これ…」
それでも、先へ。
「ちょっとこれは酷くない?」
何十分歩いたことだろうか、川の源流っぽい場所に突き当たる。小さな池があり、そこへ土壁に開いた穴から水が絶えず流れている。
奇妙なほど澄んだ川を覗き込むと、底が見えるけど生物が一切見当たらないのが不気味。そういえば、辿ってきた川にも生物がいなかった気がする。
加えて周囲は完全に腐り果てて、よくもまあ町で騒ぎにならなかったものだ、と感心しちゃうほど異常な場所になってました。
なにせ大小様々な動物や魔物が横たわり、腐敗の進行を見せているわけですから。
「うっ、と…」
そして川の脇に積もった、人間の死骸も同じように腐敗の時を歩んでいるんですけど。
…本当に、誰も気付かなかったの?
そんな思いを押し込め、濁り腐った空気を吸い込む。咳き込みそうになるのを意地で止めて、声を出す。
「精霊さん、黒の精霊さん、いますか?」
『また人間ですか。何用ですか』
「ああいた! 良かったあ」
すぐさま透き通った女性の声が返ってきてほっとする。町の人たちの話を疑ってたわけじゃないけど、不安だったんだよね。
池の上に立つようにして表れたのは、腐食を司るにしては、美しすぎる精霊さん。
精霊石と同じ、流れるような黒い長髪が特徴の、黒を基調としたローブを身に着けている。
でもって、なんか険しい顔をしてるのはどうしてでしょうか?
……僕、まだ何もしてないんですけど。
僕が動きを見せないことに苛立ったのか、精霊さんは指を川の下流、つまり町へと向けて再度忠告のために口を開く。
『人間、今すぐ立ち去りなさい』
「すいません、そのう、もう少し友好的に接していただきたいんですけど」
『立ち去りなさい』
「そのですね、用がありまして。僕に精霊石を分けていただきたいのです」
町を示し続ける精霊さんを無視して、要件を伝える。
こっちも、生活がかかってて結構必死なのです。ご理解とご協力をお願いシマス。
でも、やっぱり精霊さんの表情は変わらない。硬い声も、変わらない。
『戻りなさい』
「ああもう……この水、飲んじゃいますよ!」
『駄目です! 止めなさいっ!』
しゃがんで透き通った池へ、手を伸ばす。
その瞬間、横合いから白い腕が伸びて、素早く僕の腕を引っつかむ。それと同時に鋭い痛みがその場所に走る。
「いったぁ…っ」
焼け付くような、鋭い痛み。反射的に手を引っ込めようとしても、がっちりと掴まれて動かせないんですけど!
鈍い、けども確実に侵食していく痛みに眉が寄る。
『ああ…また……人間、その水は毒です。飲まないで…お願いですから…』
僕の声に、どうしてかソレをやってのけた精霊さんが腕を離す。
じくじくと痛みを発する場所を確認してみると、掴まれた場所だけが見事に赤く腫れ上がっている。もう少し長く掴まれていたら、皮膚がめくられて腐ったと思う。
おっそろしい。けど、さすが精霊さんだ、と感心しつつ顔を向けると…
『やはり…』
なんか悔恨の表情で目を逸らしていました。
はて、どうして僕を排除しようとした精霊さんが後悔しているのやら…
不思議な現象を前に、しばし思考。目を伏せて自分の思考に沈む精霊さんを前に、こっちも思考中。
奇妙に静かな時間が過ぎていく。
「んん? もしかして、もしかするかも?」
しばらくして思いついちゃった僕は精霊さんへ訊ねてみることに。
なるべく、優しく聞こえるように気をつかいつつ、笑顔も心がけて、ゆっくり息を吸って。
「精霊さん、一体どうしました? 自分の力を制御できないだなんて」