第8話(仮)
「何だったんだろう、あれ」
ほんの数十分いただけなのに宝玉店でフリギアには距離をとられ、店長や店員たちからは恐怖の眼差しを向けられたんだけど。
なんか釈然としないけど、ケースに入れられた三つの宝玉はそれを吹き飛ばすほど美しかった。できれば、ずっと持っていたいぐらい。
雷の宝玉、陽光によって色の強弱が変化していくその様を眺めつつ、ふと思い出すことが一つ。
店を出て、横に立つフリギアに頭を下げる。なんだ、と心当たりがなさそうに眉を上げるフリギアがちょっと面白い。
「フリギア、お金出してくれて有難う」
そう、出資してくれたお財布さんに、お礼を言わないとね。
理解してくれたようで、フリギアは小さく頷く。
「礼を言われるほどではない」
「でも結構な金額だったじゃん。本当に、大丈夫なの?」
「お前が心配する必要はないと言っただろうに。それよりも…あれは値切り過ぎではないか?」
ん? 気になる言葉が聞こえたような。
宝玉の引力から目を離して、まだ引き気味だったフリギアを見上げる。
「あれで相場よりちょっと安いぐらいだよ。まさか宝玉の値段、知らなかったの?」
「そういうものか? だが、あの店主の表情は明らかに…」
小さく呟くフリギア。何か悩んでるみたいだけど、悩むようなこと、あったっけ?
あ、あるか。
「なるほどなるほど。知らないなら、先に教えてあげたのに」
「確かに知らんが…」
宝玉の相場を知らないこと、引きずってたんだね、フリギア。変なこと、気にするなあ。
宝玉に顔を戻すと、強烈な光に目が眩む。思えば宝玉店に長居してた気がする。
空を見れば大分日が昇ってきてるし、人通りも多くなってきてるし。
「ねえフリギア、どこか落ち着ける所ない? できれば杖を広げても平気な所がいいんだけど」
「…ならば兵舎か」
「へいしゃ」
「そうだ」
その単語からは嫌な予感しかしないんですけど。フリギアの意味深な笑みが、それを増長してる。
けど、仕方ない。僕はこの町を知らないんだから、知ってる人に聞くっていうのは。
でも、また余計なことを知っちゃう気がするんだよ…ね。
「ううむ…」
色々考えて、結局首を縦に振る。
「分かった。フリギア、案内してもってもいい?」
「ああ。付いて来い」
「うん」
歩きながら、宝玉の加工を進めておく。兵舎に着いたら、すぐにでも作業に取り掛かれるようにしたいし。
さっきまで加工してた雷の宝玉を、ケースに戻して、さらに頑丈な袋にしまって、と。
次に取り出したのは、深い青色をした、氷の宝玉。これがまたとっても美しい。
「あと十年ほど置けば、間違いなく上級の宝玉になれるよ」
お財布さんがいたからこその、この買い物。宝玉のひんやりとした感触が、心地いい。
黙って加工をしていると、フリギアがそういえば、と思い出したように口を開く。
「傷が付いていた宝玉が、とか言っていたな。それは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。宝玉はね傷が付くと質が下がったり、そのままの状態で取り付けると、魔法を使ったときに割れたりするんだ」
「それは売り物として良いのか?」
「傷は治せるから、大丈夫。でも、余分な手間がかかるから、傷付きの宝玉は嫌がられるんだ」
「…つまり、お前は直せる方の鍛冶ということか」
「ん? どしたの?」
「いや」
取り出した三つ目の宝玉、その虹色を鑑賞。地面に落ちる光まで様々な色に輝いていて、本当に神秘的だ。
「足元に気をつけろよ」
「大丈夫、この子たちに怪我させたりしないから」
「この子? 怪我? お前の話だぞ」
「えっ?」
「…なんでもない」
途中、フリギアが不思議なことを言った気がする。
しかも、首を振られてため息まで吐かれたような気がする。
あくまでも『気がする』だけど。
「そろそろ着くぞ」
「きれいだな……」
見た目では分からないけど加工を終えた宝玉。そこに映る色をずっと眺めていたいけど、我慢してケースに戻す。
こんな場面じゃなければ、何日でも心行くまで堪能したところなのに。
最後に、腰に下げていた杖を手に取って眺める。
その先端に嵌まっている宝玉、中に混在している宝玉たちも年代物。加えてしっかり吟味されていて、調和が取れてるんだよなあ。
あまり身辺探りたくないけど、ミノア、余程良い家柄なんだろうねえ。
「この杖、欲しいなあ…せめて、この宝玉だけでも…」
「シアム、着いたぞ」
「ん、なに?」
「着いた、と言っている」
肩を引っ張られて止められる。
フリギアが立ち止まったのは、石造りの堅牢な建物。灰色の石材が隙間なく並べられていて、装飾の一つもない。実用的って感じだ。
けど色々興味深い石の使い方をしてるから、見てて飽きないけど……まずは杖!
でもつい兵舎を観察してると、入り口に立つ守衛兵とフリギアが僕を見ながら二言三言交わしている。え、なに?
と、守衛兵が頷いて開け放たれていた扉を手で示す。
「来い」
「あ、うん」
フリギアに続いて、今回は僕も顔パスで中に入れる。なんだろう、あまり嬉しくない。
好奇心に満ちた守衛の視線を受けつつ、杖を持ったまま中へ。
兵舎というだけあって、少なくはない人が行き交ってるし、みんなそれぞれ良さそうな武器を持ってるし、建物内部の作りも気になって仕方ないけど。
作業第一!
左右を見回して、作業できる場所を探して……お、良い場所発見!
先を歩くフリギアを呼び止め、ほどよい空間を指差す。
「じゃあさっさと加工するから。ここの隅っこ、使わせてもらうね」
「いや、別に部屋が」
「よいしょ」
「おい待て…」
まずは杖を置いて、と。
そして杖の前に座る。
よっし、やるぞ!
「ごめん、ちょっと外すね」
杖に断り、その先端から宝玉を丁寧に取り外す。静かにに杖を床に戻して。
銀色に輝く宝玉を両手で持って『手品』でその詳細を解析して、三つの宝玉を加えるために容量を『手品』で拡張してもらう。
感覚の話だから、こう表現するしかないんだけども……我ながら、胡散臭いことこの上ない。
「まずは雷を、と…」
気を取り直して、黄色の宝玉を掴み上げる。調和が難しいから付加を拒否されやすく、他の宝玉を喰らうこともある雷。
だけど、寛容なこの子ならそれほどの調整はいらないっぽい。
杖についていた宝玉へソレを近づければ、すぐさま水面に沈んでいくように溶け込んでいく。
「次に氷」
雷と同じぐらい気難しい氷。それでも杖の宝玉は包み込むように青い宝玉を飲み込んでいく。
「これ作ったのは誰なんだろう。本当に凄い技術」
最後に調整用の宝玉。虹色のソレは全てを平らにし、全てを万全にととのえる。三つの宝玉を飲み込んだ宝玉はそれでも容量が有り余る。
再度宝玉を解析して威力を司る部位に少し改良を加えて、破壊魔っぽいミノア好みの杖にして、と。
「よし! で、杖と宝玉の重さを…」
宝玉を杖に装着して軽く振ってみる。やっぱり三つの宝玉を加えた分、最初より頭が重いな。
というわけで、数度同じことを繰り返して杖の重さを微調整していく。
「ここまで素直に調整できるなんて、凄いや。でも、銘がないんだよなあ…この杖」
他人の作った武器が、僕の手で簡単に調整できるという事実。
それだけでも、この製作者の技術がずば抜けているのが分かる。
「僕も、ここまで行けたらいいなあ」
調整を終わらせて、最後に杖全体を補強しておく。滅多なことじゃ折れないだろうけど、折られたくないし。
完成した杖を手に持ち、心地良い疲労感と共に作業を眺めていたフリギアへ終えたことを報告する。
「フリギア! できた……よ?」
「ああ、それは分かった」
「どうしたの、この人だかり? 何かあった?」
何故だか頭を押さえているフリギア。
彼の周囲には数十人の人だかりができていて、どの人も大なり小なり鎧を着てる。どうも宿舎の利用者っぽい。
みんな好奇心に満ちた表情でフリギアの方を見てるけど。
「お前、気付いてなかったのか?」
「気付くって、やっぱ何かあったんだね」
「…さすがの集中力、か」
「良く分からないけど…あ、杖の改良は終わったからね! これ、渡しておくからミノアに返しといて」
立ち上がり、完成したばかりの杖をフリギアに押し付ける。
空手を振って服についた埃を払い、一歩、扉があるほうへ下がる。
「これで約束は守ったから。フリギアたちともお別れってことで!」
「待てシアム!」
「じゃあね! って、手! 離してよ!」
約束は果たしたからとっとと解放してくれるのかと思えば、フリギアは僕の腕を掴んで離さない。杖はと見れば、しっかりもう一方の手で持ってるし。
これ以上、係わり合いになりたくないし、咄嗟のことだからか、やたら痛い掴み方してくるし。
「フリギアってば」
「どうした」
「どうしたじゃないよ。手! 痛いって!」
指摘すれば、気付いたように掴んでた腕を離してくれる。
「あ、ああ…すまん」
「杖はちゃんと調整してあるから、そんな心配しなくてもいいのに」
「待てっ」
「それじゃあ。ここまでの護衛? ありがとね」
しまった、という表情で自らの手のひらを凝視するフリギア。
そんな彼を周囲は珍しそうに見て、僕はそんな彼らを軽く押しのけて、兵舎から脱出する。
なんか無性に走りたくなったので、全力で兵舎から遠ざかる。
「はあ……疲れた」
ここまではある意味ただ働きだったけど。
「さてと、どうしようかなあ。本当にお金ないし、お金ないし…」
本格的に路銀の確保をしないと、色々マズイんだけど!
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