第5話(仮)
冷気を帯びた洞窟から抜け出してしばらくして。
「欲しい」
「だってさ。シアム、ミノアに杖作ってあげないの?」
「まあいいけど…」
「けど?」
山賊から取り戻した金品は、今向かってる町の警備兵に渡すとのこと。その金品が入った箱を、持ち運ぶのはドゥール。エルフの特徴であるとんがった耳が、機嫌を示すように動いている。
一方、ミノアはフリギアの持つ青い剣を、熱心に見つめている。
そんな道中。
「材料がないんだよね」
「そういえば、無一文だったな」
「そそ」
手持ちの材料だったものは水の精霊石だけ。それを全部使ったので、本当に無一文。
どうしようもない、んだけど……と少女を見下ろせば。
「死ぬ?」
「ちょっ? ちょっと待って! どうしてそうなるのっ?」
杖まで取り出し、ミノア女史は大層御冠の様子。それを押さえるのは苦笑していたフリギア。
ミノアを見て、僕へ横目を向ける。
「ミノア、待て。材料ならばツァイスの町で調達すればよい。シアム、悪いが一本頼む」
生命の危機もあるから、慌てて頷いてみせる。
「う、うん! 材料があれば作るから! ちなみにミノアさ、どういう魔法を使うの?」
「作ってくれるの?」
問いかければ、若干嬉しそうな少女が待っていた。怒気というか殺気というか、とにかく収まってよかった。
氷付けになって粉砕したトカゲの、二の舞にはなりたくないからね。
「もちろん。フリギアとドゥールには作ってあげて、ミノアに作ってあげないのは約束違反だし」
「約束? ん? ああ、山賊から助けたお礼に、何か作るって言ってたっけ」
ドゥールの笑い方を見ると、なんか違うことを思い出してるような気がする。
気になるけど、頷いて質問を繰り返す。
「そうそれ。で、ミノアはどんな魔法を使うの?」
「殺すため魔法なら何でも使う」
「思いっきり聞いちゃいけないこと、聞いた気が…」
ミノアの得意魔法を聞いて顔が引きつり、それに見合った鉱物の相場を考えて顔が強張る。
反射的に営業スマイルを浮かべて、のんびり歩くフリギアを振り返っちゃうぐらい、焦る焦る。
「どうした」
「あのですね、フリギアサン、お金貸してくださりませんか? ミノアの杖の材料代がちょっと」
「どれほどだ?」
「えっとですね、そのですね」
多くてこれぐらいかな、あはは、と民家半分ぐらいを建てられる値段を引きつった笑顔で言ってみた。
……僕だって、流石にその金額が異常だって分かってます。
だけど、それぐらいかけないと良い物が作れないし、なにより一から作るなら妥協はしたくないわけで。
「あ、あははは……」
「ふむ」
けど、途方もない値段なんだよね。
冷や汗かく僕の心配をよそに、フリギアはあっさり首を縦に振る。それどころか、拍子抜けしたように呟く。
「その程度で構わないのだな?」
「へっ?」
その『程度』? え、家半分建てられる金額だよ?
共感を求めてミノアとドゥールを見やれば、両者とも同じように『たったそれだけ?』みたいな表情。
「え?」
え、なに? 僕がオカシイのですか?
普通の人って、僕が思った以上にお金持ちなの?
違う意味で冷や汗かく僕に、フリギアは悪い大人の笑みを浮かべてみせる。
「だが、生憎持ち合わせがなくてな。悪いが家まで来て欲しい。既に分かっているとは思うが、我らはとある国に」
「あーあーきこえませーんっ!」
危険な単語が飛び込んできたので、手で耳を塞いでやり過ごす。『国』とか聞いてないから!
ミノアの杖を作るためとはいえ、やっぱりこの三人に付いていくのは、危険だ。
フリギアはといえば、無駄に精悍な笑みを浮かべて待ち構えてるし。
「シアムよ、もうその約束は守らなくて構わんぞ?」
「是非守らせてくださいっ!」
「実はだな、我々は…」
「語りださないでよ!」
実は、とか言わないでよ! 分かってたから、知らん振りしてるのに!
こうなったら必殺、全力で耳を塞いで、聞かないフリ、知らないフリっ!
「手品だって言うけどさ、シアムほどの職人がいれば、騎士団も安泰なんだけどなあ」
「あーあー!」
意地悪な笑みが良く似合うドゥール。活き活きしすぎて目に痛いです。
「杖」
「あー! あ、そうだ。ミノア、手を見せてもらっていい?」
「うん」
素直に差し出された手を、耳から手を離して歩きながら観察する。
思ったより小さな手で、杖の握りだこが少しだけある、きれいで白い手だ。
「ふむふむ」
「死にたいの?」
「どうしてそうなるのさ! つ、杖! ミノア、次は杖見せて!」
「うん」
続いてミノアが背中から取り出した銀色の杖を観察する。
上部に宝玉が嵌める込まれてる、伝統的な形状の杖だ。ただし、そこから滲み出す風格は数年で出来上がるものじゃない。
商人程度じゃ、手が届かないほどの一品だ。
「なるほどなるほど。ねえフリギア、今持ち合わせいくらぐらい?」
「そうだな」
軽い調子で言われた金額は、かなり上質な装備が整えられるぐらい。
これで持ち合わせがないって、嫌味なの? いっつもそのぐらいお金、持ち歩いてるの?
彼らには絶対に関わらない、と心に決め、フリギアを見上げる。
「じゃあさ、ツァイスについたら、そのお金で杖を強化するから。これでいいよね?」
「金については問題ないが…シアムよ、一から作らないのか?」
「なんだか恐ろしいことになりそうだから、遠慮する。ごめんね、ミノア」
「……」
「ご、ごめんって!」
いくら睨みつけられても、こればかりは譲れない。
明らかにお忍びで何かしてるフリギアたちに付いていったら、絶対ロクなことにならない。
平穏一番!
「と、とりあえず、町に着くまでこれで我慢して」
「…うん」
「え? とととっ! シアム、何したの?」
杖を返せば、驚いたようにミノアは目を見開いてまじまじ見つめる。そして、くるりと杖を回し始める。
その様子にドゥールが驚いて、金品が入った箱を落としそうになる。
「えっと、その杖ミノアには重いだろうから軽くして、杖の直径をミノアに合う大きさに変えてみたんだ。町についたら宝玉を二、三個買って取り付ける予定。そうすればミノアの魔法はもっと強くなるよ」
フリギアたちが、普通の商人だったら杖一つ作っても良かったんだけどね。
「いやいやちょっと。どうやって変えたんだよ。さっきもそうだけどさ、道具ないじゃん」
「あははは。まあ門外不出の手品だと思って」
「思えないって! んでも……オレの弓でもその手品? 出来る?」
「できるよ。ちょっと弓借りるね」
「頼むねえ」
ひょいと片手で渡された弓を両手で受け取って……受け取って……
数十歩歩いたところで、ようやく口が動く。
「ちょ、ちょっとこの材料……」
震える手で弓を持ち上げれば、ニヤリと笑うエルフの少年。
「さっすがシアム、分かってるねえ。この弓、エルフの聖域に」
「いや、いい! 言わなくていいから!」
「ちぇ、ダメだったか」
途端、残念そうに口を尖らせるドゥール。あのね君ら、どんだけ、僕を厄介ごとに巻き込みたいの?
「駄目だったかって……はい、返すよ」
「おおっ、スゴイスゴイ! なんかスゴイ馴染む!」
「喜んでもらえて幸いデス」
弓を片手で振り回すエルフは、確かに嬉しそう。
それにしても……知識では知っていたけど、まさかこれほどのモノを無造作に扱うエルフがいるなんて。
「僕は何も知らない、うん、そう、なあんにも知らない」
「ははは、そう硬いことを言うな」
「シアムったら、つれないなあ」
「は、早くツァイスについて…」
なんか係わり合いになっちゃマズイ人たちに、目を付けられたような気が。
誰か助けてクダサイ。早く僕を解放してクダサイ。