第2話(仮)
「ところで、何故シアムは無一文なのだ? いや、それ以前にどのように生計を立てているのだ?」
尤もな疑問は、歩き始めてすぐに飛び出してきた。
前を歩く小柄なミノアから殺意が漏れ出してるのが、怖い。ちなみに、先頭を歩くドゥールは山賊をちまちま苛めて楽しんでいる様子。
「僕が無一文なのは、欲しいものが高価だったからで。生計はコレで立ててるよ」
そういって短剣が収められた鞘を軽く叩けば、フリギアは察したように頷く。
「ほう。観賞用の武器職人か」
「えっ? 違うよ。普通に武器職人」
「…本当か? すまんがそのナイフ、見せてもらっても構わないか?」
「はいどうぞ」
鞘から短剣を抜き出し、柄を差し出す。とはいえ、これは殺傷用の短剣じゃあないから刃を持っても怪我しないけど。
ただ、それがフリギアの不審を買ってるわけで。
「本当に飾り……いや、これは…」
「いいんだよ、フリギア。これ、切れない短剣だから。でも、僕が始めて作ったものだからね、お守り代わりに持ってるんだ」
「なるほど。すまんな」
「ううん」
短剣を返してもらい、鞘へ戻す。となれば、次にされる質問は決まってる。
フリギアは僕を上から下から見て、口を開く。
「ならばアインスの町での買い物とは、鉱物か?」
「そうそう。これこれ」
頷いて服を捲り上げる。そして、腹部にくっつけていた青色の板を取り出す。大きさは胴体より一回り小さい程度。
透き通った青が森から漏れる光を浴びて輝く。何度見ても惚れ惚れする輝きだ。
「ううむ。我ながらいい買い物をしたもんだ」
「それが何なのか分からないが……シアムよ、何故、そこに隠した」
「あれ、分からないの? えっと、これ、水の精霊の加護を受けた結晶だよ。この大きさなら、立派な剣が一つ作れるんだよ!
それから、別に隠したわけじゃなくて。鎧代わりに着てたんだけどさ、やっぱりちょっと動き辛いね」
原石でも頑丈な水の精霊石を再度腹部へ戻し、服を直す。フリギアはそんな僕を見て、肩を振るわせて…笑う。
「お前は本当に面白い男だな!」
「そう?」
自分では良く分からないけど。フリギアは顎に手をあて、興味を惹かれたように僕を見下ろす。
「あのナイフでは鍛冶の腕は分からんが、落ち着いたらお前に一本打ってもらうか」
「別に構わないよ。剣でもロッドでも弓でもなんでもどうぞ。助けてくれたし、フリギアたちなら材料費だけでいいよ」
「金なら払うぞ」
さすが商人………うん、商人!
意外としっかりした言葉に、営業スマイルを浮かべる。そして両手をもみもみ。
「僕は助けてもらったんだから、当然だよ。遠慮しないでいいって」
「意外と義理堅いのだな」
「えへん」
褒められ、胸を張る。
「調子いい奴め…ドゥール、ついたか」
「うん! そうみたいだねえ」
「…死ねばいいのに」
最後の言葉だけ聞かなかったことにし、三人にならって山賊さんのアジトとやらを観察する。
見た目は普通の洞窟っぽい横穴。といっても地面を見れば人の足跡が沢山ついている。意外とがさつだったり?
その周囲は偽装のためか、巨木や蔦で取り囲まれている。
なんというか、いかにも……
「…アジトっていうか、魔物の巣?」
「巣をそのままアジトにしたんだってさ! 安全だけど、頭悪いねえ」
正直な感想は正しかったらしい。
エルフの少年はキツイことを言いつつ、調子外れの鼻歌を歌いながら、いい感じの木に山賊を縛り付ける。
さすがに抵抗している山賊を見ながら、フリギアは指示を出す。
「俺が先頭でミノアは罠の警戒と照明を頼む」
「……」
僕を視線で射殺そうとする少女。顔が無表情だから、かなり怖い。
それでも持っていた杖の先端に光を灯し、大人しく待機している。フリギアは呆れたように首を振る。
「ミノア、シアムを殺そうとするな。ドゥールは最後尾で挟撃の警戒」
「はぁい!」
遠足にでも来たかのような返事。エルフの少年は手を上げて元気に返事をしていた。
フリギアは最後に、僕を見て…
「シアムは何か面白いことでもしていてくれ」
「なにそれっ? どゆことっ?」
「行くぞ」
僕の抗議を無視し、フリギアはずかずかと洞窟へ足を踏み入れる。続くミノア。
「シアム、面白いこと期待してるからねえ」
「期待されても困るよ」
ううむ……また少女の、殺気にまみれた背中を追うことになるのか。肩を落とし、彼女の後に続く小市民。
最後に楽しそうなドゥールが弓を手に持って、僕の背中を叩く。
「うわぁ…さむっ」
洞窟に入った途端、全身に冷気が吹き付ける。コケだらけで、時折滑りそうになる。
ミノアが灯した魔法の明かりと、洞窟の壁につけられた明かりのお陰で視界には困らないけど、気をつけないと…
「ミノア、ドゥール。残党の始末と、奪われた品物の回収だ。気を抜くなよ」
「みんな、死ねばいいの」
「僕、ここで死ぬかもしれない。ああ、折角結晶を買ったのに…」
「シアムはオレが守るから大丈夫!」
「…気を抜くな、といったはずだがな」
言ったそばから賑やかな面子に、けれどフリギアは怒りはしない。
多分、僕がいなくても万事こんな感じなのだろう。どこか諦めを含んだ声が、それを物語っている。苦労してるみたい。
奥に行くにつれ、壁に水滴がつき、温度が下がっていく。寒い寒い、と腕をさすれば、少年に心配される。
「シアム、大丈夫?」
「まだ耐えられる……ねえフリギア。ちなみにここって何の魔物の巣だったの?」
「確か火トカゲ、ファイアリザードの巣だ。結構な大物だったらしいな」
「だろうね。縦も横も余裕あるし……ううさぶ…」
火トカゲなのに、洞窟が寒いとはこれいかに。疑問に答えてくれたのは、意外にも殺気に満ちたミノア女史。
「燃え尽きればいいのに。リザードは暗くて湿度が高い場所が好き。閉所恐怖症……窒息すればいいの」
「そうなんだ」
最初と最後に恐ろしいことを言われたけど、納得できました。最初と最後……僕に向けて言ってないよね?
「ファイアリザードかあ。オレの矢じゃ燃え尽きるね! でもさ、倒してみたいよねえ。シアムもそう思うでしょ?」
「そういう不吉なこと言わないでっ?」
振り返れば、残念そうに自分の弓を見つめる少年。
全身に火を纏ったファイアリザードなら、ドゥールが持ってる木製の矢なんて瞬時に灰になるだろうけどさ。
「一本道か。幸い、リザードも山賊どもも横道など作る余裕がなかったようだな」
壁に手をついていたフリギアが言えば、ミノアも暗鬱な表情で頷く。
「罠がないの。知能が低そう。発動させたかった」
「ちょっ、どうして僕見るのっ? そこまでして僕を殺したいのっ?」
「死んで」
「助けてドゥール!」
杖を向けられ、思わず背後に助けを求める僕。
「シアムったら羨ましいな。会って数時間もしないのに、ミノアに懐かれちゃってるよ」
「嘘でしょっ?」
これが好意ってどんな罰ですか!
羨ましいなら代わってあげますよ!
涙を零しそうになったけど、フリギアが立ち止まり剣を抜いたので堪える。
「ここだけ扉があるとは……いいな」
呆れつつ、どこか手作り感漂う扉から距離をとる。
「知能が低いの」
明かりを消し、呪文を唱え始めるミノア。
「はいはーい。シアムはそこにいてね」
楽しそうに矢を番えるドゥール。
「うん、気をつけて」
頷いて大人しく待機する僕。だって足手まといだしさ。
「いくぞ」
小さく鋭いフリギアの声に、無言で頷く二人。確認した男は足で扉を蹴破る。どんな一撃か、二つに割れ飛んだ扉の破片。
複数の戸惑った声と、怒鳴り声が交差する。
そして、続くフリギアと、氷の矢を宙に舞わせて奥へ飛び込むミノア。素早く獲物を見つけ、矢を放つドゥールもすぐさま中へ飛び込んでいく。
剣が打ち合う音、怒号と罵声、悲鳴と断末魔。遠目では何が起きているのかよく分からない。それに、怖くて近づけない。
この先に何人山賊の残党がいるかは分からないけど、こっちは三人。いくらチームワークが優れていても、実力を間近で見ていても、不安で仕方ない。
手に汗が滲み、背中に冷や汗が流れる。早く、早く終わって。
怒鳴り声に混じってずずずっ、と低い音が聞こえた。今更罠? と思って周囲を確認しても土壁が広がるだけ。
それに、今まで一つも罠らしい罠はなかったから、罠じゃあないだろう。じゃあ……なんだろ?
低い、何かを引きずるような音。
「な、なに?」
ずずずずず、と徐々に音が近づいてくる。速度も上がってる。
もんのすんごい嫌な予感で、身体が動かない。確認もとりたくない。
「そういえば、誰も討伐したって言ってなかった、よね?」
そして、全身に衝撃が走った。