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第18話(仮)

 数秒前まで散々怨嗟の声を上げていた青年の眼から光が消え去る。

 同時に意思が消失し虚ろととなった眼に瞼がかかり、閉ざされた。

 そして、自身という支えが無くなったため、崩れる身体。

 青年が床へと崩れ落ちる前にフリギアは両手で彼を支え、昏睡の魔法を放ったミノアへと顔を向ける。


「助かる」


 小さく頷くが、やはりその人形めいた造作が変化することはない。

 ただ、ミノアは青年に近づくとその頭を杖で数回叩くだけ。


「フリギア、楽しい?」


 硬質な音を響かせたミノアは、青年が改良を加えた杖をくるりと回転させる。

 心なしか楽しそうな彼女に向け頷き、フリギアは抱え込んだ青年の頭を見下ろす。


「ああ、そうだな。ここまで小市民的な反応を見せる、弄り甲斐のある人間は久しぶりだ」


 すっきりした表情を浮かべ、フリギアは青年の身体を担ぎ上げ、立ち上がる。

 意識がない人間を担いでいるにも関わらず、彼の身体はふら付くこともない。そのまま、フリギアはミノアを見下ろす。


「ドゥールは用意を終えたか?」

「うん」


 ただ首を頷かせる彼女の返事では分からないが、用意させた物が物だけに、フリギアは眉を寄せる。


「まさか花なぞ用意してはいまいな?」

「大丈夫。摘んでおいた」

「そう、か」


 半分以上冗談のつもりであったが真顔で返され、フリギアは心の中で青年に謝っておく。

 冗談を冗談で済ませなかった少女は、やはり平坦な表情で小首を傾げてみせる。


「もう出る?」

「ああ。コイツのせいで大分遅れているからな」

「うん」


 頭の中で組み立てていた日程を再度確認するフリギア。意識がない青年の身体を杖の尖った部分で突くミノア。

 二人はそのまま部屋を出て、兵舎の入り口へと向かう。何人かの警備兵が、フリギアが青年を担いでいることに気付き目を見張る。

 が、フリギアはなんでもないと首を振り、ミノアも同じように首を振るため、物言いたげな視線を向けるに留める。


 兵舎から出た二人の前に、勢いよく飛び出す影が一つ。影は勢い良く両手を動かしながら小走りで近づいてくる。

 どこかイタズラめいた笑顔を浮かべた、エルフの少年が近づいてくる。


「おっまたせ! 馬車、確保して今、裏に回してきた!」


 弾む声に、フリギアは頷く。


「助かる」

「買い込んだ物も積み込んどいたよ! アレもバッチリ……ねえミノア、中身、アレ、どしたの…?」


 フリギアに対しては得意げに胸を張っていたドゥールだが、一転して引きつった笑顔でミノアへ問いかける。

 他方、少女は何を訊ねられたのか分からない様子で首をかしげていたが、数秒して応じる。


「寂しいでしょう?」

「えっと……ま、いっか。使うのオレじゃないし」


 自分から質問したにも関わらず、淡々とした返事を聞き、あっさり切り替えるエルフの少年。

 一人忙しない彼は次に、フリギアが担いでいる青年へと目を留めて笑う。


「にひひ、見事に爆睡してんジャン? やっぱ説得は無理だった?」

「ああ。脅迫しても無理だった」


 フリギアの言葉を聞き、青年の頭を突くドゥールは軽く目を見張る。


「へえ! 意外と根性あるじゃん。シアムのくせに」

「無駄な方向に働く根性だがな。行くぞ」

「はぁい」

「うん」


 ドゥールが加わり賑やかになった三人は適当に会話を交わしながら、人気のない兵舎の裏へと回る。

 質素な馬小屋や整地された訓練所が並ぶその場所。


 そこには場違いな……二頭立ての幌付きの馬車が止められていた。

 それも黒の幌の下部に白い花の装飾が施された、とある目的にしか使われない馬車。 

 そこに繋がれた二頭の黒い馬を見て、フリギアは目を細める。

 ドゥールは両手を組み、自分が調達したモノを満足そうに眺めている。


「また立派なのを持ってきたな」

「でっしょう? コッチの方が色々楽しめそうだと思ってさ!」

「それを基準にするなと言っているだろうが」


 二人でじっくり馬車を眺めていれば、ただ一人、ミノアだけが杖で幌を指し示す。


「早く」

「ああ、分かってる」

「ミノアったら、どんだけシアムを気に入ったのさ」


 苦笑する二人を気にせず、ミノアは率先して幌の中へ入る。続く二人。

 馬車の中は片側にだけ備え付けられた座席があり、その対面に置かれていたのは、少なくはない荷物。


 そして、場違いな雰囲気を醸し出す物体が鎮座していた。


 ミノアが即座にソレへ向かう。


「真紅」

「ミノア、こういう色好きだもんね」

「好き」


 頷くミノアの小さな手は、艶やかな棺おけの表面をゆっくり撫でる。

 それは大人用の棺桶。その深紅の表面は鏡のように艶を帯び、けれど用途のためか場にあるだけで冷たさと重圧を感じる。

 青年を担ぎ上げ、中に入ったフリギアもソレを目にし、ドゥールへと声をかける。


「こいつを入れるのだから、シアムが好む色にでもしておけばよかったろうに」

「言うけど、オレ、シアムの好きな色知らないし」


 二人が話している間にも、ミノアの小さな手が棺桶の蓋をずらして中を整える。

 ……布だけでなく、白い花が一面に敷き詰められた棺桶を、整える。

 仄かに漂うのは、花の匂い。


「で、花、か…本当に摘んできたとは…」

「ま、ね。オレが色々準備してる間に、こうなっちゃっててさ」

「早く」

「ああ、分かった……本当に葬式だな」


 棺桶が醸し出す存在感にやられたのか、フリギアはまるで遺体を扱うような手つきで意識がない青年の身体を下ろす。

 続いて、彼が作り上げた漆黒の大剣を棺桶の隣へ、短剣を棺の中へと入れる。

 棺桶の中央に置かれた、意識のない青年の身体。

 フリギアが棺桶から離れた途端、ミノアが杖を棺桶の横に置き、青年の位置を微調整し始める。


「……」

「……」

「……」


 奇妙な沈黙が馬車内に漂う。ただ、無表情の少女が棺桶に収容された人間の服装を正す、その音だけが静かに聞こえてくる。

 数秒それを眺め、ドゥールが強張った口を開く。 


「えっとミノアさ、シアム生きてる、じゃん。でさ、中に入れてんの、死者を送る花じゃない?」

「綺麗」

「…そだね」


 ドゥールでさえ、生者に対して容赦なく死者を弔う花を入れる少女を前に、言葉が少なくなる。

 だがミノアは白い花の位置さえ調整しながら、青年の額を軽く撫でる。


「もっといいの、あげるから」

「いや、死んでないからねっ?」

「今は、これだけ」

「ちょっ? ミノア、ソレ、用意しすぎ!」


 叫ぶドゥールの言葉を完全に無視し、ミノアは自らが摘んできた白の花が入った袋、その口を開ける。

 そして、棺桶の中、意識を失った青年を囲むように置き始める。花に埋もれていく青年。心なしかその顔色は蒼白に見える。

 その様子を腕を組んで見つめていたフリギアは、ドゥールへと声を掛ける。


「…出発する」

「りょーかい」


 応じつつ、ドゥールは自分の肩を抱きしめ小さく震える。

 花の匂いがさらに強くなる。心なしか気温も低くなり、空気もそこだけ形容しがたい、けれど陰鬱なモノへと置き換わっていく。

 ちらとエルフの少年が確認すると、表に繋がれている馬も、どこか落ち着かない様子で頭を巡らせている。

 再度小さく震えたドゥールは、馭者台へと向かうフリギアの背へ声をかける。


「オレなんか怖くなってきた。フリギア、オレも前行く」

「そうしておけ」


 二人は熱心に中身が入った棺桶を整えるミノアを前に、全力で目を逸らした。

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