第15話(仮)
「ううむ、僕が逃亡生活だなんて。世の中何が起きるか分からないなあ」
活気ある町中を通りつつ、これからのことを考える。
知りたくもなかったけど、フリギアたちはどうも『国』とやらへ帰るっぽい。
しかも、こんなしがない鍛冶である僕を連れて行きたいらしいけど、それは全力でお断りしたい。
これ以上、厄介ごとに巻き込まれたくないのです。
「どうしようかな…」
抱きしめていた大剣を撫でながら、つらつら思考を流す。
「そうだなあ……」
なら、僕は逆方向、つまりアインスの町に戻ればいいんじゃないか?
そうすれば、フリギアの、あの凶悪な顔を一生拝むこともないんじゃ?
「おぉっ? 我ながら良い考えじゃないか?」
特に目的があるわけでもないし、しばらくアインスでお金稼ぎをしたら、さらに逆走していけば…
フリギアと一生顔を合わせることもない!
「そう、そうだ! 決まり! おおっ、なんか凄く頭良くなった気がする!」
取りあえずの方針が決まって頭がすっきりした。
足取り軽く町から出て、川を遡っていく。本日もまた、子どもたちが遊んでいる。
ただ前回と違うのは、森に入っても周囲の景色が変わらないこと。途中の木の実も硬くて食べられなかった。残念。
地面のぬかるみもなく道が続いているからか、大して時間もかけず川の源流、池へと到着。
腐臭を放っていた大量の死骸は片付けられていて、代わりに小さく黒い精霊石が数個、置かれていた。
「さすがに生き物はまだいないか……精霊さん、いますか?」
透通った池を見ながら、周囲に声を掛ける。
『ああ、貴方ですか! 有難うございます!』
すぐさま、黒を基調としたローブを着た腐食の精霊さんが現れる。
僕を待っていた様子で、精霊さん、嬉しそうに両手を胸の前で組んでました。
『貴方がこの場所を離れてすぐ、力の制御が出来るようになりました!』
「僕の予想が当たって良かったです。ところで、ここの遺体を片付けたのは精霊さん、ですよね?」
『はい。動くなと言われたので、せめて埋葬だけは、と。今までは触れる傍から腐食したので、彼らに触ることが申し訳なくて…』
「そっか」
精霊さんはそこで首を傾げる。その動きを受けて長い黒髪が流れる。
『力の暴走が止まったのは有難いのですが、原因は何だったのでしょうか?』
そういえば、原因も後で教えるって言ってたっけ。
何度か頷いて、口を開く。
「精霊さんの力が漏れた原因は、ドラゴンですよ」
『ドラゴン、ですか? この近辺には生息していませんが…?』
自然自体が意志を持った存在である精霊さんなら、誰がどこにいるか把握することは簡単。
「ああそうなんだ。やっぱり最初から死骸だったのか」
だけどそれができない。つまり、それは精霊さんの力を超えた存在か、既に死体となったモノだということ。
今回は、後者。死骸となって自然に還る途中のドラゴン。
ドラゴンの死骸があった場所に視線を動かして、説明を続ける。
「あの辺りにあったドラゴンの死骸が、精霊さんの力を受けてドラゴンゾンビになりかけていたのですよ」
『ドラゴンが…』
「そしてドラゴンゾンビは力を付けようと、精霊さんの力を無理矢理吸収していったわけですね。それが今回の事態を起こしたということです」
僕が口を閉ざして数秒、自分なりに理解したらしい精霊さんは、疑問の表情。
『…私の力が、ドラゴンに吸収されたのですか?』
「も、もちろん普通の状態なら、精霊さんの方が強いからそんなことは起きません」
『はい、それは分かります。今までもそうでしたので』
「ですが、あまりにも強い意志を持って死んだドラゴンは、怨みなどの負と、死してなお生きたいという生の力への欲求が強くなります」
…あのドラゴン、元々それなりに強くて、人間たちにとって脅威の存在だったと僕は思うわけです。
だから、あの場所で誰かさんたちに討伐されて。
でもって討伐されてから相当時間経ってるっぽいし、比例して怨み嫉みも相当溜まって。
そこに力の塊である精霊さんが来て。
ドラゴンソンビにならない方が、おかしいと思う次第です。
『誤った生への渇望が、精霊である私の力を超えたと。そういうことですか』
「ええ。そして偶然強大な力、つまり精霊さんがやって来て、これ幸いと力を奪い始めた、というわけです」
『成程…ですから、貴方は力の結晶である精霊石を所望されたのですね』
その通り!
あの時、精霊石に蓄えられた力の方が、力を吸い取られていた精霊さん自身より強い状態だった。
つまり。
「精霊石をエサに、力に引っ張られるドラゴンゾンビをこの場所から引き剥がして、人間の中でも特に強い人たちに討伐してもらいました」
フリギアとか、尻尾切断しちゃうぐらいだからね…怖い怖い。
その瞬間を思い返していると『討伐』という言葉を耳にした精霊さん、不安そうに眉を寄せていた。
『…皆さん、お怪我は?』
「怪我? ええと、それなりに。ただ、酷い怪我をした人はいませんよ。安心してくださいな」
僕以外は。でも、厳密に言うと、僕も怪我をしたわけじゃない。
僕の言葉に、精霊さんは緊張を解き、ほっとため息をつく。
『そうでしたか……人間は強いですね』
「ええ! 貴方が好きになるぐらい、強いですよ」
『そう、ですね』
「ですが、次からはご自身の居場所、その周辺の死骸を確認してくださいね?」
『はい…』
「ドラゴン、未練を残した強欲な人間、特に強大な魔力を持った魔物。これは精霊さん、見つけ次第しっかり埋葬して下さい」
単なる注意なのに、精霊さんは怒鳴られた子どものように、しょんぼりと落ち込む。
長い髪が顔を覆い隠して、チョット怖い。
『申し訳ありません。私が至らないばかりに、ご迷惑を…』
「そ、そんなに落ち込まないで下さい、ねっ? 今回は発見が早かったから人間でも対処できたのです、良かったではないですか」
『はい…』
「ええと、そう! 二度目がなければいいんですよ! ええ!」
と、そこで精霊さん、おずおずと顔を上げる。
『…あの、人間さん』
「はい? なんでしょうか」
『私、今回のことで皆様にお詫びをしなければなりません。何か所望されるものはありませんか?』
「へっ? いや、そんな突然」
人間にお詫びをする、という心がけは素晴らしい。
けど、生憎町の皆は原因分かってないだろうし……精々、僕が森から魔物を引き連れてきた、ぐらいだろうなあ。
だから、笑って手を振っておく。
「必要ないですよ。悪い人間や魔物が蔓延らないよう、注意していただければ、それで十分です」
『その程度で…よいのですか?』
「ええ。町の皆さんも気にしていませんし、結果として精霊石も沢山戴きました」
僕が。
『ですが、私を恨んでいるのではないのですか?』
「いえいえ。皆さん驚いてはいましたが、精霊さんにも不可能なことがあるんだ、気付かなかった、って申し訳なさそうでしたよ」
嘘です。
むしろ、恨まれてるのは僕です。諸悪の根源だと思われてます。
けれど、精霊さんは感激したように目を潤ませている。ううっ、何か、悪いことしてる気分に……
『怨まれて当然のことをしたというのに…』
「精霊さんが見守りたいと思うほど、優しい人間ですから!」
一部を除いて。
『それでも、見守るだけでは…』
余程罪悪感で一杯なのか、精霊さんは納得してないっぽい。
あ! いいこと思いついた! 早速言ってみよう!
「それならば、あと一つ精霊石を戴いても?」
『一つだけ、ですか?』
「ええ。いただければ助かります」
お礼はいらないって言っといての発言だったけど、精霊さんは気にしてない。
逆に嬉しそうに白い手を前に差し出す。するとその手のひらの上へと、黒い長方形の石が出現する。
『これでよいですか』
「はい! 有難うございます!」
『本当に、これだけで宜しいのですか?』
「モチロンです!」
精霊さんから黒い石を受け取る。今回は受け取っても皮膚が爛れるだなんてことはない。
やった! これで鉱物があれば、当分お金に困らないぞ!
「よいしょっと……ああ、あと…」
腐食の精霊石を背中へ括り付けておく。
代わりに、道中背中に括り付けておいた大剣を地面に突き立て、精霊さんに見せる。
「この大剣! どうです?」
『これは! まさか、貴方は』
何度見てもスラリとした刀身が美しい。木々から零れる陽光を受けて、漆黒が力強く輝く。
驚いたように目を見開いていた精霊さんも、顔を綻ばせる。
「いい子でしょう? 精霊さんの人柄? 精霊柄を継いでると思いませんか?」
『ええ、とても優しい子ですね……そうですか、私が視えた貴方は』
「ち、違います! 僕はそんな大層なものではありません!」
言いかけた精霊さんを慌てて制する。
そして地面に刺さった大剣を引き抜いて、持ち直す。と、同時に精霊さんから顔を逸らす。
『いつ振りでしょうか。懐かしいものです』
「精霊さん、そんなに感動しないで下さい。僕は……僕だけは…」
それ以上言えない僕を、けれど精霊さんは穏やかな眼差しで見つめている。
『この子が、貴方をとても信頼しています。それでも自身を貶すのですか?』
「そ」
指摘され、柄を握る手に力がこもる。精霊さんの言う通り、大剣から温かい意思が流れてくる。
それを感じて、頷く。
「そう、ですね! この子の親として、駄目ですね。有難うございます、精霊さん」
『いいえ。何事も完璧はないのですよ。今の私もそうですが、貴方たち人間なら、なおさら』
「…ですね」
精霊さんは穏やかに微笑み、顔を天へと向ける。
『そろそろ日が落ち始めます。私がいるとはいえ、日が落ちた森は危険ですよ』
「…精霊さん、これからもこの町の人たち、見守ってあげてくださいね」
『ええ。貴方に加護を』
音もなく近づいてきた精霊さんの手が、僕の頭に触れる。その温かい手を受けても、もう腐食することはない。
頭を下げて、感謝の意を伝える。
「有難う、腐食の、偉大なる精霊さん。果物、美味しかったですよ」
『果物……あの、道すがら一本だけ生えている木ですね。私もあの木の実、好きですよ』
「っ! ですよね!」
さようなら、人間さん。
そう言って微笑んだ精霊さんは、虚空へと姿を消した。
今更ですが、本文では数字が漢数字表記となっています。
本来なら算用数字で表記するところなのでしょうが…読み辛くて申し訳ないです。
ご了承のほどを。