第14話(仮)
「……お早うございます。お早う、ございます?」
見覚えがない天井と、見覚えがない部屋に向かってお早うの挨拶。
「二度も繰り返さんでいい。ようやく気がついたか」
「へ? あぁっ?」
でもって、なんか聞き覚えのある低音がしたなと思って振り返ったんですよ。
そしたら恐怖の権化、フリギアがとてつもなくいい笑顔で椅子に座っていてですね!
こ、これはまずい!
かつてないほどの速度で、直前の記憶が浮かび上がってくる。おお、僕の頭が激しく働いてくれてる!
って喜んでる場合じゃなくて!
反射で体を起こし、そのまま流れるような動作で頭を下げる。こんな素早い動き、やろうたって出来るものじゃない。さすが僕!
じゃなくて!
「ほ、本当に反省してますっ! すいませんでしたっ!」
モチロン分かっていましたとも。謝っても駄目だってことぐらい!
瞬間、僕の頭を揺るがすほどの衝撃と、部屋を揺るがすほどの怒鳴り声が返ってきました。
「馬鹿者が!」
「いったぁぁっ?」
「何をしでかすかと思えば、対抗手段も持たずドラゴンゾンビを引き寄せるなど!」
「ごめんなさい! まさかあんな大物が釣れるとは思わな」
「思っていたくせに、言い訳をするな!」
「バレてたっ?」
「当然だ!」
さすがフリギア、僕の考えなんてお見通し。
でも、ここまで言われっぱなしはなんか嫌だ。
……負けん気じゃない、負けん気じゃない!
フリギアの凶悪な視線を見返し、口を開く。
「でも、あのドラゴンゾンビさ、長いこと腐食のせいれ……腐食の力を吸収してたから、放置してたら完成してたよ?」
「……」
「フリギアも分かっていると思うけど、完成したら陽光の下でも再生するし、なにより、ドラゴンとしての知能が備わっちゃうし」
「……」
「だ、だからさ、ええと、むしろここで引き連れて討伐できて良かっ……てなりませんよね! ごめんなさい!」
無言の威圧に完敗。いくら精霊さんの頼みとはいえ、即決せず相談すればよかったのだ。
ああ、馬鹿だ。僕の馬鹿!
うな垂れた僕の猛反省を分かってくれたのか、フリギアは表面上、怒りを治めてくれた。
「…まあいい。シアムよ、これに懲りて今後一切下らん独断をせんこと! 分かったな!」
「あ、分かっ……え? いや、それ、僕同意できないんだけどっ?」
うん分かった、なんて頷いたものなら、フリギアたちと一緒に行動することにナリマセンカ?
危なかった……ナイス、僕の頭脳。
嫌だと視線で訴えると、フリギアは気付くなよ、と言わんばかりに悔しげな表情を浮かべるし。
この人鬼だよ、鬼!
「ばれたか」
「ちょっ? 助けてくれたのは有り難いけど、それはないよ!」
「素直に頷いておれば良いものを。お前ほどの鍛冶、確保しておくに越したことはないからな」
「いやいいって! ホント、僕を平穏じゃない暮らしに巻き込まないでっ?」
平穏、平凡が一番! 改めて思う今日この頃。
だけど、フリギアは顎で壁を、そこに立てかけられたモノを示す。
「切れないとはいえ、あの剣といい、俺に預けた剣といい傑作ではないか。是非とも国に招待」
「あーあーあーっ!」
危険な言葉に耳を塞ぎつつ、壁にいた息子たちへと視線を向ける。
すぐに、二人の『意思』を感じて、慌てる。
「ご、ごめんよ、二人とも! 僕が迷惑かけてごめん! どこも怪我はない? 無事だった?」
ベッドから抜け出して、漆黒の大剣を撫で、短剣を手に取る。
「二人に迷惑をかけて……寂しい思いをさせてごめんよ」
心配する僕の身を、二人は案じてくれている。それが嬉しくて、思わず涙ぐむ。
「こんな僕のために、二人とも力を貸してくれたんだね! 有難う…」
「……突然奇妙な行動をとったら武器を人換算し、泣き出すとは。後遺症か?」
「お前には、絶対いい主人を見つけてみせるからね! それまで、僕の傍に居てくれるかい?」
大剣を撫でれば、元気の良い返事が返ってくる。感激の余り、刀身を抱きしめる。
「こんな親想いの子を持って、僕は幸せだよ!」
そうなれば、まずは大剣の鞘を作らないと! 今まで抜き身で放っておいて、本当にごめん!
難しい顔をしているフリギアに、取り合えず質問。
「フリギア、どこかに革売ってる店ない?」
「お前、先ほどまで意識不明だったのだぞ。頭はいいとして、身体に不具合はないのか?」
「え?」
「あれほど血を吐いていたのに、この返事か…」
全く見当違いの返事を返すフリギア。不思議でたまらない。
今必要なのは鞘に必要な材料だって、分かってるのかな?
「血? ああ、久しぶりだったけど、仕方ないし。それよりさ、革売ってる店だよ! 知らない?」
「…一発では足りんようだな」
「え? えっ?」
瞬時に聞こえてきた『声』に反応して、大剣を引っつかんで盾にする。その中心へ、唸りを上げて見事な拳が入る。
だけど、大剣の干渉力をなめてもらっては困るのです。
柄を握る手にも衝撃が伝わることなく、僕にはフリギアが放った拳の風しか通らない。
でも、風を起こすほどの拳なんだよね……危ない…というより、これ食らったら僕が持たないと思うんだけど……
「危ないじゃないか! どうして殴るのさっ?」
漆黒の刀身から顔を出して確認すると、フリギアは眉を吊り上げ若干お怒り状態だった。
拳を握り締めて、僕を睨んでるし。
「本当に痛みを感じんな……さてシアムよ。もう一発殴らせろ」
「ど、どうして? あ、もしかして武器に欠陥でもあった? いや、でも、ちゃんと調整したけど…」
「そうだな、殴りたいというのは俺の我侭だ。さあ、顔を貸せ」
「ちょっと、なにその理由! お、お断りしさせてもらいますっ! それに、店が無いって言うなら自分で採りに行くまでっ!」
「待て! 誰もそのようなこと、いや、お前、そこは窓…」
「じゃあね!」
壁際の窓を開け放ち、片手に大剣を、もう片手を枠にかけて身を外に躍らせる。結構高所だったらしく、見下ろすと地面まで距離がある。
でも焦ることはない。自由落下中に大剣を持ち直して、切っ先を地面に向ける。
そのまま体が衝突する前に漆黒の切っ先を地面へ突きたて、衝撃を吸収させれば……完璧!
「よっし、探しに行こう!」
さすがに抜き身のままだと不審がられるだろうし。
なるべく刀身が見えなくなるように抱きしめて、取りあえず町の外へ向かうことにする。
あの森なら、きっと手頃な材料があるだろうし。
一仕事してくれた大剣を撫でていると、ふと、腐食の精霊さんに会う約束を思い出す。
…事態が収拾したら会いに行く、って言ったっけ。
「そうだそうだ。それに、この子も紹介しないと! ううん、緊張してきた!」
ちょっと歩いて、僕がいた場所を振り返る…兵舎、だっけ? なんか見覚えがあると思った。
兵舎、ね……これ以上フリギアと一緒にいたら色々マズイよなあ。
「色々助けてくれたのは分かる、けど」
一緒にいるとロクでもないことが起きると、僕の勘が警鐘を鳴らしているのだ。
こういう勘だけは、良く当たるから、信じて損はない。
「よし決めた!」
今後はフリギアたちを見たら逃げておこう! そうしよう!




