第12話(仮)
「一体、どうしたと…」
「シアム!」
「えっ? ちょっと待ってよ! シアム、ゾンビの攻撃受けてないでしょっ?」
滅多に叫ぶことのないミノアが、ドゥールと共に血を吐いて倒れた青年に駆け寄る。
刺せと言う指示を即座に否定したシアムだが、結果としてドラゴンゾンビを滅ぼし……そして倒れた。
「負傷者を町へ運べ! 残りは破片の始末をしろ!」
『はっ!』
ドゥールの言う通り、シアムはドラゴンゾンビの攻撃は受けていない。
では何故、彼は血を吐いて倒れたのか? それが引っかかりつつも、焦りを表に出すことなく指示を飛ばす。
勝手に兵舎から出て行ったシアムがどこへ向かったのか気になり、聞き込んでいると町近くの川について尋ねていたという。
何をしでかすつもりかと、後をついていく決心をしたは良いものの、兵舎で見せた『鍛冶』が気になったらしい警備兵たちが後をついてきて、この大所帯。
そこに、血相を変えて戻ってきたシアムと、巨大な影が……
「あの阿呆が!」
偶然人間が揃っていたから良かったものの、あの阿呆は一人でどうするつもりだったのか!
それも、どうやら考えなしに行動した様子。なおさら怒りがこみ上げてくる。
「一発では治まらんな」
剣を鞘へ戻し、警備兵たちが指示通り動いているのを確認した後、倒れた青年の下へ向かう。
大概の傷ならば、エルフであるドゥールの回復魔法で癒せるはずだが…
「ドゥール! シアムの様子は」
「ダメ! 何か知らないけど魔法が効かないっ!」
焦ったように、それでも魔法を使い続けるドゥール。その手のひらから光が漏れるものの、青年の様子は一切変わらず、むしろ悪化しているように思える。
すぐさま青年へ杖をかざしているミノアへ問う。
「ミノア」
「止められない。受け付けない」
彼女の特殊な魔法ですら、意識を失ってすら吐き出される血を止められない。
すでに辺りは血の海となっており、彼が危険な状態にあることが分かる。しかし、彼を助ける手段は見事に塞がれている。
これではぶん殴る前に、青年の命が尽きる。
蒼白な青年の顔を見下ろし、フリギアは思考する。が、そもそも、原因が分からない。
何故、血を吐くような状態となったのか? 何故、回復魔法が効かないのか?
「シアム、しっかり! こんな時に、意味分からないことしないでよ!」
「シアム、駄目」
二人して、青年の名前を叫ぶ。
滅多に感情の揺らぎを見せないミノアにここまで言わせるとは、彼に相当な思い入れをもっている証拠であり。
フリギア個人としても何とかして眼前の青年を助けたい、が……
「む? ドゥール、ミノア、待て」
「なに?」
ドゥールの手とは別に、青年の腰辺りが淡く光り出す。気付いたエルフは魔法を止めてじっと見つめる。
何だと見やれば、シアムが飾りと断言した短剣が静かに、青く輝きだしていた。
それに目を取られていると、視界の端でも同様の光が。
「これは……?」
確認するまでもなく、ドラゴンゾンビに止めを刺した大剣が輝いていた。
彼が作りあげた二つの剣が共鳴するように輝く。
そのまま光は虚空を漂い、静かに青年の身体を包み込んでいく。
途端、青年が咳き込むのを止め、力尽きたようにぐったりと地面に体を横たえる。
動きを止めたシアムの体は、小さく上下しており、死んではいないことが分かる。
「あ、れ……? 止まった? 止まった!」
「止まった」
良かった良かった、と嬉しそうに耳を動かすエルフの少年と、持っていた杖で容赦なく重体である青年の額を叩く少女。
短剣も大剣も、役目を終えた様子で静かに沈黙している。
「まさか…この剣が、主を助けたのか?」
急激な状況変化に、理解が追いつかない。
けれども、眼前で起きたことはそうとしか思えない。
異常な現象が止まったとは言え精霊石の効果か、ところどころ焼け爛れた青年を見下ろす。
その顔は血の気が引き、死人一歩手前。
「ドゥール、安心するには早い。シアムを連れて帰るぞ」
「うんっ! ああ良かったぁ! ミノア、行こ!」
「うん」
ドゥールがミノアを立ち上がらせる。杖をしまい、ミノアはフリギアが抱え上げた青年に視線を向ける。
続いて、血の海を指差す。
「大出血」
「大丈夫大丈夫。出血が止まったなら大丈夫だよ。兵舎に専門の魔法医がいるし!」
「ああ、そうだな。急ぐぞ。ドゥール、悪いがあの剣を回収してくれ」
「了解…って軽っ! 何コレ! すんごく軽いんだけど!」
その深刻な表情が一転して驚きに見張られ……そしてはしゃぎ出す。
大剣を棒切れのように振り回して喜ぶドゥール。
「帰るの」
「まあまあ、分かってるって……あれ?」
ミノアの言葉に頷きつつも、ドゥールは持ち上げた大剣を地面へ突き刺そうとする。
しかし、その先端が食い込むことはなく、地面に生えていた草すら切れない。
先を進むフリギアを無視してミノアと二人、その様子を凝視する。
「帰るの」
「そ、そうだけど、違うんだって! ホント、刺さらないんだよ!」
「そうなの?」
「本当だよ! なら、ミノアも試してみてよ!」
そう言われて押し付けられた大剣を、小柄なミノアも軽々と持ち上げて、彼と同じように勢い良く突き立ててみせる。
だが、ドゥールと同じ結果を繰り返すのみ。
「刺さらない」
「でっしょう? でも、シアムは確かにドラゴンゾンビを切った、んだけどなあ…」
「切れない」
ミノアは大剣を丁寧に地面へ置き、適当な草を引き抜きぬいてその漆黒の刃に当てる。が、切れる様子はない。
さすがに不審に思ったドゥールは、自分が普段使用している矢を矢筒から取り出す。
その銀の矢尻に草を当てれば、綺麗に切断される。
「オレの矢ですら切れるんだけど」
「切れない」
「切れないね」
二人は揃って首を傾げる。漆黒の輝きを見せる大剣は、ドラゴンゾンビを灰燼にした効果すら発動しない。
ミノアは無表情で草を放り投げ、ドゥールへ感情の読めない目を向ける。
「どういうこと?」
対して、大剣を担いだエルフの少年は満面の笑みを浮かべ。
「全っ然わかんない!」