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第11話(仮)

 混乱で思考が働かない僕。それでも、足は止められない。


 それより! 森を抜けたはいいけど川遊びしてる子どもとか、本当にどうしよう!


「そ、そうだ! 陽光の下ならまだ……」


 木々を薙ぎ倒す音や、液体が零れ落ちる音などを立てて、背後の気配がはっきり伝わってくる。


 ほとんど涙目で今にも破裂しそうな心臓を一瞬押さえて、恐る恐る確認する。

 ……良かった! 川には誰もいないぞ!

 どうやら先ほどの子どもたち、川遊びに飽きてくれたみたい。まだ事態は終わってもないのに、思わず安堵のため息が零れる。


「よ、よかったぁ! お? おおっ!」


 さらに、町の入り口付近で警備兵たちが勢ぞろいしてる、という嬉しい状況が僕を待っていた。

 彼らの先頭には、顔を引きつらせたフリギアと、お腹を抱えて爆笑するドゥール、相変わらずの無表情で調整した杖を構えるミノアの三人が立っている。


「助かったぁ!」


 おお、これこそ神の采配っ!

 遠慮なく助力を乞おうじゃないか!

 ということで、息を吸い込み、叫ぶ。


「おおい! 皆、コイツ倒して!」

「なにっ?」

「ド、ドラゴンゾンビっ?」


 そう。腐食の精霊さんの異常は、コレが原因。

 一瞬、僕の背後を見た警備兵たちの隊列が乱れる。けど、誰も引こうとはしない。さっすが!


「フリギア、僕のあげた剣じゃ駄目だからね! ドゥール、関節を狙って! ミノア、頼むよ!」

「ドラゴンゾンビだと? シアム! お前何をしてきた!」


 僕の叫びに、目を吊り上げつつも剣を抜くフリギア。


「キャハハハハハ! シアム面白い! 面白すぎて腹イタイ!」


 涙目でお腹を押さえて大笑いするドゥール。


「大丈夫、焼け死んで」


 なぜか悪寒が走る、ミノアの静かな声。


「ちょっ?」


 なんだかんだで、三人は戦闘体制に入る。すぐさま、数日前より威力、速度共に増した火の球が僕を狙って……僕っ?


「なななっ? あ、危ないでしょっ?」


 慌てて避けてると、複数の火の球が背後にいるはずのドラゴンゾンビに命中。

 振り返って確認すると、ドラゴンゾンビの体表が破裂したように、ごっこりと大地に散らばってるんですけど。

 そのですね、僕が避けなければあの、その……


「惜しい」

「惜しい、じゃないよっ?」


 残念そうなミノアへ抗議しつつも、僕はフリギアたちと入れ替わるように通り抜けて、ようやく腐食の精霊石から手を離す。

 気にしないようにしていたけど、手がかなりマズイ状態だ。

 拳を握れない手をぶら下げて、今まで死の追いかけっこをしていた気配とご対面。


「うわぁ…」


 腐食して捲られた皮膚が、肉が、陽光を受けて地面へ落下する。眼窩には何も嵌まらず、青い体液が零れてます。

 牙も所々抜け落ち、それでも威嚇するように口は大きく開かれ、腐臭が漂う。折れた翼からは骨がはみ出してて、痛そう。

 自慢だったろう尻尾は途中で千切れている。それでも、叩きつけられたソレは地面を揺らし、体液を飛び散らせる。


 まあその、ドラゴンのゾンビです。すいませんねえ。


「完成する前に引っ張り出してみたよ♪」

「馬鹿者っ! この考えなしがっ!」

「すいませんっ! ホント、反省してますっ!」


 フリギアに本気で怒られ、本気で反省してます今日この頃。

 それでもドラゴンゾンビへの視線は外さず、体勢を立て直すフリギア。即座に警備兵たちへ指示を飛ばしてくれます。


「半数は町まで後退! 残りは俺とともに前に出ろ! 槍を使え!」

『はいっ!』


 集団の統率までこなしちゃうなんて、フリギアって一体何者なんだろう?

 僕には関係ないことだし……とはさすがに言えない。

 怒鳴りつつも町を気にする彼へ、僕は積まれた精霊石を指して叫ぶ。


「フリギア! コイツの狙いはこの精霊石だから町は大丈夫!」

「くそっ! お前はまたそうやって厄介ごとを背負ってくる!」

「は、反省してるって!」

「しとらんっ!」

「ご、ごめんなさいぃっ!」

「だからあの時死ねばよかったの」


 追い討ち酷いです、ミノアさん。


「楽しいからいいじゃん! ほらほら! 面白いほどサクサク刺さる!」


 楽しそうなドゥールだけが僕の味方です。

 途端、怒れるフリギアが青筋を立てる。


「楽しむな! 言われた通り狙え!」

「フリギアに怒られたぁ」


 それでもドゥールはめげることなく楽しそうに、しっかり狙って矢を放ち続ける。


「焼死、いいと思う」


 大小十以上の火炎を、ドラゴンゾンビに向けて放つミノア。

 彼女も何だかんだ言いながら、結構楽しそうに火炎を撃ってるように見えるけど…


 幸い、魔物の王とも言われる通常のドラゴンと違って、ドラゴンゾンビの方は長い年月をかけて完成しなければ動きもとろいし、雑魚だったりする。

 今も、ミノアが放った魔法を避けずに食らっているのが、その証拠。


 ただ、当然、訓練された兵士たちにとっては雑魚、という話で。

 なにせ動きは鈍くても陽光下以外では再生するし、ドラゴンの筋力は残ってるから強いし、巨体だから一撃が重いし。

 普通の人にとっては、相対したら死を覚悟するしかない魔物です、ハイ。


 僕に殺意の視線を向けるフリギアは、そんなドラゴンゾンビの懐を掻い潜って背後へ回る。


「シアム! もう厄介ごとはないだろうな!」

「な、ないっ! ないです!」

「こんのっ! 馬鹿者めがっ!」


 怒りをバネにした、フリギアの一撃がゾンビの尾っぽを完全に断ち切る。地面に転がる尻尾が、僕自身の末路のようで怖い。

 確認すると、他の警備兵たちも質が良いみたいで、フリギア指示通りに剣ではなく槍で突いては下がる戦法を取っている。ちなみに、剣で攻撃すると腐食した体表に武器が食い込み、抜けなくなる可能性があったりします。


 そんな彼らの活躍に加えて、陽光下という状況。徐々に体積を減らしていくドラゴンゾンビさん。

 自身の身体を補完する手段もなく、どうにもならない身を怒りに任せて暴れるだけ。


「さて、と」


 もうあの様子ならドラゴンゾンビは虫の息だろう。あとは、ここに積まれた精霊石の処理だけだ。

 さてさて、どうしようかな。


「と言っても、決めちゃったけどね」


 陽光を受けて黒く輝く精霊石に両手を当てる。

 純粋な精霊石の力でちりちりと皮膚が焼け、捲くられていく。


「……圧縮せよ、圧縮せよ、圧縮せよ……形成せよ、形成せよ、形成せよ……」


 皮膚が裂けて、血が滴り落ちる。その血も精霊石に当てられ腐敗していく。僕の周囲に、ドラゴンゾンビとは違う腐臭が漂い始める。

 腐食の精霊石が圧縮されて、力の結晶となって、形を変えていく。


「抜けたっ?」

「シアムっ! 下がれっ!」


 ほんの数分で形を得た、精霊石だったモノを、掴み上げる。

 漆黒に輝く大剣。それを掴み、天に掲げる。

 まだ色々調整しないといけないけど、取り合えず形になって良かったあ。


「うんうん。想像通り!」


 手や腕が腐食にやられて物凄い痛いけど、それを上回る感動が全身を巡る。

 それに、僕がこうして形成すれば、腐食の力も漏れないから安全。

 滑らかな表面に負傷した手を滑らせて、何度も何度もその感触を確かめる。痛いけど、冷たい感触がソレを紛らわせてくれる。。


「うん、いい子だ。良い人に会えるといいね」

「シアム! 前っ! 前見てっ!」

「へっ?」


 うっとりしていたら、なにやらドゥールの焦った声が聞こえてきた。

 折角出来上がったのに、と不満そうに言い返そうとする前に、視界が急に暗くなる。

 あれ? と思って見回すと、地面に巨大な影が…?

 ……影?


「あ」

「シアムっ?」


 そうだよね、精霊石の力を圧縮して大剣を作ったんだよ。そりゃあ、反応もするよね。

 一般人の僕じゃあ、動きを止めて腐臭漂うドラゴンゾンビを見上げることしか出来ないワケで。


「その剣で刺せっ!」

「無茶言わないっ! 無理っ!」

「無理と言うな!」

「違うんだって!」


 とフリギアに言い返しても、分かるはずもない。

 けれど、現実にドラゴンゾンビは僕を食らおうと口を開いて、口腔内の牙だけでなく腐敗した舌もくっきり視認できて。


「シアム!」

「ごめん! 本当に無理なんだよ!」


 本当なら、大剣を地面に突き刺して、逃げれば良かった。

 けど、その時はとてもそんな冷静に反応できる状況じゃなくて。


 結果、僕が持っていた大剣にドラゴンゾンビが飛び込む、という形に。


「あれ…」



 けど、それでも、腐食の力を持った大剣は、十二分に威力を発揮しちゃうわけで。


「待った待ったっ?」


 僕の制止なんて意味はない。ドラゴンゾンビの腐食を上回る腐食効果が発動。

 威力を調整されていない純粋な一撃が、突き刺さったドラゴンゾンビの巨体を腐食の先、骨すら残さない灰へ瞬時に変えていく。

 一気に崩れ、灰へと変化していく巨体を呆然と確認して。


「あ……まずい…」


 全身を駆け巡る不快感に、眉が寄る。大剣から手を離して口元に持っていく。

 軽い音を立てて漆黒の大剣が地面へ落下。


「おい、シアム! どうしたっ?」


 そしてゴボリ、と体内から嫌な音がして……血が逆流する。

 地面に赤が混じる。息をする間もなく、吐血が続く。

 耐え切れずしゃがみこむも、目の前が暗くなろうとも、呼吸することよりも、身体は血を出そうと躍起になる。


「ゲホッ……ゴホッ……」


 フリギアたちの声も、どこか遠い。

 やっちゃったなあ、と後悔したところで。


 意識が途切れた。

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